そのことに、ホッとすると同時に少しがっかりしていた。
澄乃は台所へ行って客のもてなしについて佐和に確認し、また座敷へ戻った。
それから父と朔也とともにおせちをいただいた。
しばらくすると、最初の客が訪れた。松原夫人という五十代の女性で、母の遠い親戚だ。生家が断絶してしまった綾子にとってほとんど唯一の親戚だったらしい。
折々訪ねてきては、母が刺繍を施した半襟や手巾などを大喜びでもらっていった。
母が亡くなると訪問は間遠になり、父の落馬事故の後は一度見舞いに来たきりだった。一条家が傾き始めると訪問はぱったりと途絶えた。
それが、どういう風の吹き回しか、正月の挨拶に伺うと連絡を寄越したのだ。
薄緑の色留袖に松葉模様を金糸で散らした帯を締めた夫人は、当主の篤之に懇ろな挨拶を済ませると、袱紗から御年賀を取り出した。
佐和が慇懃に受け取って朱塗りの盆に載せる。
夫人は澄乃たちに向き直って深々と頭を下げ、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。
「まぁまぁまぁ、澄乃様! このたびは本当におめでとう存じます。あまりに急でしたので、もうわたくし、びっくりしてしまって……。皆様も驚いていらして、とにもかくにもお祝いを申し上げねばと、こうしてまかり越した次第でございますの」
「ご丁寧にありがとうございます。……こちらが、このたび一条の家にお入りいただいた、朔也さんです」
澄乃の紹介に、朔也は頭を下げた。
「朔也と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「朔也様は軍人さんだそうですわね」
「はい。帝国陸軍少佐を拝命しております」
「まぁ! お若いのにすごいわぁ。おいくつでいらっしゃるの」
「数えで三十です」
澄乃はかすかに眉をひそめた。
間違ってはいない。
けれど、身上書の生年月日からすれば、満年齢では先月二十八になったばかりではないか。
若いと言われるのが、そんなに厭なのだろうか。
「素敵ねぇ。澄乃様、立派なお婿さんをおもらいになって本当によろしゅうございましたわ」
「ありがとうございます」
馴れ馴れしい夫人のお愛想に、澄乃は伏目がちに礼を述べた。
「朔也様のご実家……橘家、でしたわね? 銀行家だそうで。本当に、よいご縁を結ばれましたこと」
ホホホと松原夫人は軽やかな笑い声を上げたが、その目ははっきりと値踏みする目つきだった。
三十そこそこで少佐といったら、かなり早い昇進だと素人目にも察しがつく。
そのうえ誰から見ても異論は出ないであろう美丈夫で、身内は銀行家。一条家が婿を取ったというより、婿に来てもらったのだと、そう思われても無理はない。
実際はどちらも違うのだけれど。
まさか借金を肩代わりするから婿にしろと迫ったなんて、誰も想像できまい。
澄乃は「恐れ入ります」と答えて頭を下げた。蔑みと羨望の入り交じる目つきが不快でたまらなかった。
松原夫人が引き上げると、今度は一条家の分家筋にあたる老夫妻が現れた。こちらも、暮れも押し詰まってからいきなり届いた祝言の事後報告に好奇心を押さえかねたのだろう。
例年、松の内が終わる頃になっておしるし程度に顔を出すだけなのに、今年に限って新年早々やって来た。
松原夫人と同じような遣り取りがあり、老翁はにこやかに頷いた。
「一条家も、これでひと安心ですな」
親身な口調だったが、それが真意でないことはわかっていた。
澄乃は台所へ行って客のもてなしについて佐和に確認し、また座敷へ戻った。
それから父と朔也とともにおせちをいただいた。
しばらくすると、最初の客が訪れた。松原夫人という五十代の女性で、母の遠い親戚だ。生家が断絶してしまった綾子にとってほとんど唯一の親戚だったらしい。
折々訪ねてきては、母が刺繍を施した半襟や手巾などを大喜びでもらっていった。
母が亡くなると訪問は間遠になり、父の落馬事故の後は一度見舞いに来たきりだった。一条家が傾き始めると訪問はぱったりと途絶えた。
それが、どういう風の吹き回しか、正月の挨拶に伺うと連絡を寄越したのだ。
薄緑の色留袖に松葉模様を金糸で散らした帯を締めた夫人は、当主の篤之に懇ろな挨拶を済ませると、袱紗から御年賀を取り出した。
佐和が慇懃に受け取って朱塗りの盆に載せる。
夫人は澄乃たちに向き直って深々と頭を下げ、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。
「まぁまぁまぁ、澄乃様! このたびは本当におめでとう存じます。あまりに急でしたので、もうわたくし、びっくりしてしまって……。皆様も驚いていらして、とにもかくにもお祝いを申し上げねばと、こうしてまかり越した次第でございますの」
「ご丁寧にありがとうございます。……こちらが、このたび一条の家にお入りいただいた、朔也さんです」
澄乃の紹介に、朔也は頭を下げた。
「朔也と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「朔也様は軍人さんだそうですわね」
「はい。帝国陸軍少佐を拝命しております」
「まぁ! お若いのにすごいわぁ。おいくつでいらっしゃるの」
「数えで三十です」
澄乃はかすかに眉をひそめた。
間違ってはいない。
けれど、身上書の生年月日からすれば、満年齢では先月二十八になったばかりではないか。
若いと言われるのが、そんなに厭なのだろうか。
「素敵ねぇ。澄乃様、立派なお婿さんをおもらいになって本当によろしゅうございましたわ」
「ありがとうございます」
馴れ馴れしい夫人のお愛想に、澄乃は伏目がちに礼を述べた。
「朔也様のご実家……橘家、でしたわね? 銀行家だそうで。本当に、よいご縁を結ばれましたこと」
ホホホと松原夫人は軽やかな笑い声を上げたが、その目ははっきりと値踏みする目つきだった。
三十そこそこで少佐といったら、かなり早い昇進だと素人目にも察しがつく。
そのうえ誰から見ても異論は出ないであろう美丈夫で、身内は銀行家。一条家が婿を取ったというより、婿に来てもらったのだと、そう思われても無理はない。
実際はどちらも違うのだけれど。
まさか借金を肩代わりするから婿にしろと迫ったなんて、誰も想像できまい。
澄乃は「恐れ入ります」と答えて頭を下げた。蔑みと羨望の入り交じる目つきが不快でたまらなかった。
松原夫人が引き上げると、今度は一条家の分家筋にあたる老夫妻が現れた。こちらも、暮れも押し詰まってからいきなり届いた祝言の事後報告に好奇心を押さえかねたのだろう。
例年、松の内が終わる頃になっておしるし程度に顔を出すだけなのに、今年に限って新年早々やって来た。
松原夫人と同じような遣り取りがあり、老翁はにこやかに頷いた。
「一条家も、これでひと安心ですな」
親身な口調だったが、それが真意でないことはわかっていた。
