大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 朔也は相変わらず寡黙だが、篤之に話しかけられれば礼儀正しく受け答えする。強引で一方的な婿入りに憮然としていた父も、礼節を保った朔也の言動を間近で見ているうちに、気に入り始めたらしい。

 むしろ、妻となった澄乃のほうが、まだぎくしゃくしている。自分のことをどのように見做しているのか確信が持てなくて、どう接するべきか未だにわからない。

 彼にとって澄乃は『妻』なのか、単に『一条家の娘』にすぎないのか。

 祝言の夜、一度は突き放されたように感じた。だが、その後の風呂の順番では、気づかわれたように思えて、ますますわからなくなった。

 黙々と力仕事をこなす彼を見ると、婿に入ったばかりの人にさせてよいものかと気後れしてしまい、ぎこちなく礼を述べた。

 彼は「必要なことをしているだけです」と淡々と答えただけで、その後も手際よく雑事を片づけていった。

 その姿を眺めているうちに、彼がここにいることがさほど気にならなくなっていた。

「着物、よく似合っているぞ」

 上機嫌に言われて澄乃はかすかに頬を染めた。

「ありがとうございます。──お父様、本当に座敷でよろしいの?」

「年賀の挨拶は、やはり座敷で受けないとな。大丈夫、さっき薬も飲んだ」

 ホッとして澄乃は頷いた。

 かかりつけの医院が正月休みに入る前に薬をもらえてよかった。

 これも朔也の手配りのおかげだ。彼が一条家の人間をけっして粗略に扱わないことについては、すでに信用している。

「無理はなさらないでくださいね」

「心配するな」

 苦笑する父のかたわらには火鉢があり、小さな鉄瓶の口から湯気がたちのぼっていた。部屋は充分暖まっている。炭や薪の残りを気にしないで済むのは本当にありがたい。

「台所を見てまいります」

 頭を下げ、澄乃は立ち上がった。

 玄関ホールを横切っていくと、ちょうど階段を下りてきた朔也と行き会った。細縞の御召に袴、黒羽織というきちんとした装いだ。

 彼は澄乃をじっと見つめたかと思うと、穏やかに尋ねた。

「年賀の客が来ると聞きました」

「はい。ほんの二組ですけれど」

 それすら去年までは絶えていたことを思えば、彼らが何を目当てにやって来るのかおのずと知れよう。朔也とてそれは承知しているだろうに、そんなことはまるでおくびにも出さない。

「私は義父上(ちちうえ)のお側に控えていましょう」

 そう言うと、朔也は目礼して座敷へ向かった。

 羽織の背には一条家の丸に三つ柏紋が入っている。きっと父の言いつけで佐和が用意したのだろう。

 澄乃は枝橘文を刺繍した半襟をそっと撫でた。

 やっぱり気付かれなかった……。