大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「できる限りのことはしたいと思っております。どうぞ、お気になさらず」

 朔也は出された料理をきれいに平らげ、「ごちそうさまでした」と合掌した。

 佐和はなんだか嬉しそうだ。

 これからは、父とふたりきりではなく朔也が食卓に加わるのだと、澄乃は改めて考えてみた。

 厭ではない、と思った。そう感じられたことに、まず安堵した。

 これから生活を共にする相手なのだ。食事の仕方が癇に触るようではとてもやっていけそうにない。

 椅子を引いてくれた動作もごく自然で、押しつけがましさはなかった。

 あれだけ強引に、一方的に婿入りしてきたというのに、節度のある態度をけっして崩さない。

 変に武張(ぶば)ったところもなく、泰然としている。

 ふとしたことに気付くたび、不思議な人だと思う。

 だがその『不思議』の意味は、少しずつ変化しているようだった。

 食事が済み、篤之が席を立つ。

 見送ったふたりは、なんとなく食卓で向かい合っていた。何か話しかけるべき、いや、話しかけたいと思うのだが、やはり(いとぐち)が見つからない。

 気を利かせたのか、佐和が茶を出してきた。普通の湯飲みで、ほうじ茶だった。

 片づけの手伝いをしようと思いついて顔を上げると、佐和にじっと見つめられた。その目は『手伝い無用』ときっぱり告げていた。

 結局、ふたりは無言でほうじ茶を飲み、連れ立って食堂を出た。

「部屋まで送りましょう」

 朔也の声音がぶっきらぼうに聞こえて、澄乃は少しばかり萎縮した。

 やはり何か言うべきだった。そう……礼を述べるべきだったかもしれない。彼のおかげで窮状を脱したことは間違いないのだから。

「あ──」

「澄乃さん」

 口を開いたのは完全に同時だった。

 朔也が眉をひそめる。

 澄乃は慌てて尋ねた。

「なんでしょうか」

「……祝言を急かしたことは、悪かったと思っています」

 やや憮然とした態で朔也は言った。

「はい」

「ですので、これ以上急かすつもりはありません」

「……はい」

 澄乃は曖昧な相槌を打った。

 そのとたん、彼が何を言いたいのかを理解して澄乃は目を瞬いた。

 心が一瞬波立ち、すぐに凪いだ。

 そういう、こと。

 やはりこの人にとって、わたしは名目上の妻にすぎないのだ。