大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 食事が済み、篤之が席を立つ。

 見送ったふたりは、なんとなく食卓で向かい合っていた。

 何か話しかけるべき、いや、話しかけたいと思うのだが、やはり(いとぐち)が見つからない。

 気を利かせたのか、佐和が茶を出してきた。

 普通の湯飲みで、ほうじ茶だった。

 片づけの手伝いをしようと思いついて顔を上げると、佐和にじっと見つめられた。

 その目は『手伝い無用』ときっぱり告げていた。

 結局、ふたりは無言でほうじ茶を飲み、連れ立って食堂を出た。

「部屋まで送りましょう」

 朔也の声音がぶっきらぼうに聞こえて、澄乃は少しばかり萎縮した。

 やはり何か言うべきだった。

 そう……礼を述べるべきだったかもしれない。

 彼のおかげで窮状を脱したことは間違いないのだから。

「あ──」

「澄乃さん」

 口を開いたのは完全に同時だった。

 朔也が眉をひそめる。

 澄乃は慌てて尋ねた。

「なんでしょうか」

「……祝言を急かしたことは、悪かったと思っています」

 やや憮然とした態で朔也は言った。

「はい」

「ですので、これ以上急かすつもりはありません」

「……はい」

 澄乃は曖昧な相槌を打った。

 そのとたん、彼が何を言いたいのかを理解して澄乃は目を瞬いた。

 心が一瞬波立ち、すぐに凪いだ。

 そういう、こと。

 やはりこの人にとって、わたしは名目上の妻にすぎないのだ。

 気遣いは、あるだろう。

 おそらくはそれなりの敬意だって。

 でもそれは、一条家の婿養子となることで目的が達せられたから──。

「あなたが望まないことは、決してしません」

 黙っている澄乃に対し、朔也はややむきになったような口調で付け加えた。

「──わかりました」

 澄乃は静かに頭を垂れた。

「おやすみなさいませ」

 返事を聞く前に、澄乃は自室に滑り込んで扉を閉ざした。

 扉にもたれかかって息を凝らしていると、扉越しに囁くような彼の声が聞こえた。

「おやすみなさい、澄乃さん」

 妙に規則正しいスリッパの足音が廊下を遠ざかっていく。

 その音が聞こえなくなって、ようやく澄乃は詰めていた息を解いた。

『澄乃さん』

 丁重で、距離のある呼びかけ。

 ふと、疑問が頭をかすめた。