大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 真っ白な手袋。軍刀の鞘が黒々と艶光りしている。

 澄乃は静かに一礼した。

「いらっしゃいませ」

「本日は、お時間を取っていただきありがとうございます」

 非の打ち所のない所作で橘少佐が礼を返す。

「座りなさい」

 二脚並んだひとり掛けのソファにかけていた父が隣を示す。澄乃が座ると、向かいに座るよう父は少佐に勧めた。

 彼は横長のソファの真ん中に腰を下ろし、改めて一礼した。

「本日は、お返事をいただきたく参上しました」

「はい」

 緊張のせいか、少し声がかすれてしまった。なんだか悔しくなる。

 そこへ、扉の向こうから『失礼します』と佐和の声がした。茶托に乗せた蓋付き茶碗を三つ、それぞれの前に出すと、佐和は深々と一礼して退出した。

 橘少佐は篤之に勧められて一口茶を飲み、静かに茶碗を戻すと姿勢を正した。

「お返事を伺ってもよろしいでしょうか」

 澄乃は唇の裏をきゅっと噛むと、伏せていた顔を上げた。

 目が合った。

 感情の読めない黒瞳が、まっすぐに澄乃に向けられている。

「──橘様のお申し出、お受けいたします」

 篤之は軽く目を瞠り、小さく息を洩らした。安堵とも悔恨ともつかぬ吐息だった。

「感謝します」

 橘朔也は澄乃をじっと見つめ、一礼した。

 顔を上げるまで、少し間があった。ふたたび澄乃を見つめたとき、彼の瞳は相変わらず冷静沈着そのものだったが、石のような冷たい無機質さがいくぶんかやわらいだように見えた。

 何故だかうろたえそうになって、指を握り込む。爪が掌に食い込む痛みで自分を奮い立たせるようにして、澄乃は毅然と言葉を継いだ。

「ただし、ひとつだけ条件がございます」