大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 万年筆で簡潔な履歴が綴られている。

 止めや払いがはっきりした、端正な字体だ。

 姓名、橘朔也。

 生年月日は明治二十七年十二月六日。

 ということは──二十八歳になったばかりだ。

 本籍地は栃木県雨岡市、現住所は東京市牛込区市谷台町となっている。

 学歴は高等小学校卒業後、陸軍地方幼年学校を経て中央幼年学校。

 のち、陸軍士官学校歩兵科を卒業。

 少尉任官。

 連隊付き小隊長として勤務開始。

 二年後、中尉に昇進し、連隊副官。

 大陸北方に派遣され、現地で大尉に昇進。

 三年後、帰国。

 少佐に昇進。

 現、陸軍省兵站(へいたん)局勤務。

「陸軍大学校は出とらんようだ。実務畑での叩き上げだな。それであの若さで少佐となると……大陸でよほどの働きをしたと見える」

 書状を置いた父が、顎を撫でて呟いた。

「……兵站局というのはどのような部署ですか?」

 澄乃の問いに、父は口ごもることもなく答えた。

「兵や食糧、被服、弾薬をどこへどう送るかを扱う、いわば軍を後ろから動かす部署だ。派手ではないが、ここが滞ればたちまち動けなくなる」

 父はそう言うと、納得したように頷いた。

「先の出兵は、補給でずいぶん苦労したと聞いている。……ふむ。彼はそちらで功績を上げ、出世したのだな」

 どうやら橘少佐の軍功は前線で華々しい武勲を上げたというよりも、軍全体を支える方面だったらしい。

 確かに地味だが重要な仕事だろう。

 弾薬や食料がなければ軍隊は動けない。

 それくらいは軍のことなど知らない澄乃でもわかる。

 澄乃はふと、父の手許に目を遣った。

「そちらのお手紙は?」

「ああ、詫び状だ。身上書と見合いの順序が逆になって申し訳なかったと」

 昨日の()()は見合いだったのかと、澄乃は腹立ち以上に呆れながら続きを読んだ。

 あとは親族についての簡単な記載だった。

 父・橘恒一(つねいち)一六八(いろは)銀行本店取締役。

 母・千鶴子(ちづこ)

 兄・修治郎(しゅうじろう)。一六八銀行東京支店次長。

 弟・道明(みちあき)。東都医学専門学校在学中。

 以上。

「……ご立派ですわね」

 思わず澄乃は呟いた。