大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 これまで朔也と出かけるときには、いつも何かしら用向きがあった。誰かに会うとか、何かを見るとか。

 何気ない問いに、朔也は一瞬瞳を揺らした。

「……いいえ。ただ、あなたと出かけたいと思ったので」

 まっすぐな言葉に、じわじわと頬に熱が上がってくる。

 はい、と頷くと、緊張気味だった朔也の目許がやわらかくゆるんだ。



 二階の自室に戻り、箪笥(たんす)を開ける。

 正式なお出かけでもないし、小紋がいいだろう。

(鶯(うぐいす)色なんてどうかしら)

 淡い生成りの小花を散らした鶯色の小紋を身体に当てて頷く。これにしよう。

 着物は決まっても、合わせる帯に迷った。あれこれ手に取っては戻し、別のものを引っ張り出す。帯揚げの色も合わせたいし……。

 帯も決まらないのに、髪飾りにまで迷い始めてしまう。珊瑚の簪(かんざし)にしようかと手に取り、やっぱり鼈甲(べっこう)のほうがいいかしらと取り替えてみたり。

 何をしているのかと我に返って気まずく鏡を見れば、映る顔が妙に上気している。

 扉が軽く敲かれ、ハッとして応えると、しずしずと入ってきた佐和が一礼した。

「お嬢様、よろしければお手伝いいたしますが」

「あ……。そうね、お願い。帯を、どうしようかと思って……」

 佐和は広げられた帯をざっと見渡し、ひとつを手に取った。

「お召しの小紋には、こちらの帯がよろしいのでは」

 佐和が差し出したのは、梅鼠(うめねず)の地に銀糸で細かな菱文様を織り出した昼夜帯(ちゅうやおび)だった。品がよくて、しかも堅苦しくない。

 佐和にお太鼓に結んでもらうと、確かに良い取り合わせだ。帯揚げを整えてもらい、髪には珊瑚の簪を挿す。道行を羽織ると、澄乃はどきどきしながら玄関へ向かった。

 朔也は濃い鉄紺の三つ揃いに臙脂のネクタイ、中折帽という出で立ちで玄関に佇んでいた。黒い羅紗の外套を腕にかけ、もう一方の手に革手袋を持っている。

 私服での洋装姿を見るのは、こうして出かける時くらいだ。鼓動を一層高鳴らせながら澄乃は軽く会釈した。

「お待たせしました」

「いいえ」

 朔也はやわらかく微笑して外套を羽織り、玄関の扉を開けて澄乃を先に通した。

 外に出ると自動車の傍らに待機していた村瀬がドアーをさっと開けた。佐和と千夏のお辞儀に見送られて車が動き出す。

 晴れ渡った冬空の下、車窓から冬枯れの並木を眺めていた澄乃は、ふと思い出して尋ねてみた。

「あの。浅草には、よくいらっしゃいますの?」