大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 その夜から、主寝室の扉を敲(たた)いて湯殿が空いたと告げる習慣は終わりを告げた。

 どういうわけか最初の時よりも変に緊張してしまったが、心地よい営みを続けるうちに身も心もやわらかくほぐれ、いつのまにかぐっすりと寝入っていた。

 遅れてきた蜜月のように幾晩かが過ぎ、情熱を交わしてから休むことはむしろ当たり前のようになった。

 目覚めたときの気恥ずかしさはまだ消えないけれど……夜更けにふっと目覚めたとき背中に感じる体温や、規則正しい寝息には、早くも安堵を覚えるようになった。

 朝一番に挨拶を交わすと、それぞれに身支度を整え、階下の食堂でふたたび顔を合わせる。出仕する彼を玄関で見送り、帰宅を出迎えて着替えを手伝う。

 新しい習慣は、まだどこかくすぐったい。でも、こんなふうに穏やかな時を共有しながら、夫婦らしくなっていくものなのかもしれなかった。



 次の日曜は、朝からよい天気だった。

 昨日までぐずつきがちだった空もすっきりと晴れ上がり、澄んだ陽射しが窓から燦々と降り注いでいる。庭の枝垂れ梅もちらほらと開き始めた。

 朝食を終えた篤之が書斎へ引き取ると、食堂にはまたふたりだけになった。暖炉で薪がぱちりと爆ぜ、湯呑みから立ち上る湯気が光のなかでゆるゆると漂う。

「澄乃さん」

 少し改まったふうに呼ばれた。朔也は黒瞳をまっすぐ澄乃へ向けている。

「今日は何かご予定がありますか」

「いいえ、特には」

 今は注文の品も抱えておらず、趣味の刺繍絵をのんびり仕上げているところだ。

「よかったら、少し出かけませんか」

「どちらへ?」

「浅草……などいかがでしょう」

「何かご用がおありですの?」