大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「ん……ッ」

 強く、吸われる。自然と瞳が潤んだ。

 どちらからともなく、熱情に突き動かされるまま唇をむさぼり合っていると、突然、扉を敲(たた)く音が響きわたった。

 実際は、むしろ控え目な音だったはずだが、そのときの澄乃にはまるで間近な落雷のように響いた。

 はじかれたように身を離し、澄乃は急いで戸口に背を向けた。慌てて軍服を手に取り、手入れをしているふうを装う。

 いくぶん憮然とした態で朔也が応じると、湯呑みの載った盆を掲げて佐和が入ってきた。帰宅後にお茶を出すのはいつもの習慣だ。

「おや。お嬢様もこちらにおいででしたか」

「ええ。お着替えを手伝おうと思って」

「では、もうひとつお茶を持ってまいりましょう」

「い、いいわよ。わたしはお夕飯までもう少し刺繍を進めるつもりだから」

「さようでございますか」

 わかっているかいないのか、とぼけた顔つきで佐和は出ていった。澄乃は憤然と鼻息を洩らし、手にしていた軍服の上着を衣紋掛けへ掛けた。苦笑まじりに朔也が手を伸ばし、上着を取り上げる。

「あとは私がやりますから。澄乃さんは刺繍を続けてください」

「……はい」

 すっかり気を殺がれ、しぶしぶ頷く。澄乃を送り出しながら、朔也は上体をわずかに傾けて囁いた。

「約束ですよ?」

 澄乃は顔を赤くして、朔也を睨んだ。

「わかってます」

 ふふ、と朔也が笑う。急いで廊下に出て、階段を下りる瞬間振り向くと、彼はまだ扉に寄り掛かってこちらを見ていた。笑みを浮かべたままで。

 ぷいっと顔を逸らして階段を下りながら、澄乃は頬がゆるむのをどうしても抑えきれなかった。