大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「お願いします」

 朔也が外套を佐和に手渡す。澄乃からも帽子を受け取って、佐和はきびきびと下がった。朔也は澄乃に向かって軽く会釈した。

「では、着替えて参ります」

「はい」

 二階へ上がっていく朔也を澄乃は階段下から見送った。いつもここで一旦それぞれの部屋に引き取り、夕食でふたたび顔を合わせる流れだが、なんとなく作業部屋に戻るのがためらわれた。

 玄関を振り返ると、朔也が差して来た大きな黒い傘が隅に立てかけられている。澄乃はそれを三和土(たたき)に広げ、やはり様子を見てこようと階段を上った。

 主寝室の扉は、中途半端に開いていた。うまく閉まらなかったのだろう。扉に手をかけ、遠慮がちに声をかけてみる。

「あの……。入ってもよろしいですか」

「どうぞ」

 やや意外そうな返事があった。室内に入って後ろ手に扉を閉める。朔也は脱いだ上着を椅子の背に仮置きしてシャツの襟元をゆるめていた。

「どうかしましたか」

「いえ、あの……お着替えを、お手伝いしようかと思って」

 いぶかしげに問われ、急に気恥ずかしくなる。

(余計なことだったかしら……)

 一瞬、間を置いて、朔也は頷いた。

「ありがとう。では、着物を出してもらえますか。そこに、乱れ箱が入っていますから」

 頷いて洋箪笥を開ける。紺色の御召がきちんとたたまれて置かれていた。

 襦袢姿になった朔也に、後ろから御召を着せかける。

 そのとき、彼のうなじに細い紐がかかっているのが見えた。たぶんお守りの紐だろう。どこのお守りかしら……と澄乃は考えた。朔也は栃木の生まれだから、地元の神社だろうか。

 角帯を手に取り、腰に巻きつける。父の着替えを手伝ったことがあるから、男物の着付けはこれで間違ってはいないはずだ。

 前に回って襟元を整えると、朔也は微笑んだ。

「どうもありがとう」

「いえ……」

 かすかに頬が熱い。伏し目がちに乱れ箱を片づけ、椅子の背にかけられた上着に手を伸ばそうとすると、ふいに背後から抱き寄せられた。