大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 どきっとして反射的に言い訳してしまう。

「なんでもありません。暖炉に近寄りすぎたせいですわ、きっと」

「ああ、今朝は冷えたからな。春めいて来たからと言って薄着しすぎるなよ」

 過保護な父の言い様に、澄乃は苦笑して頷いた。

 味噌汁の椀を取り、ゆっくりと味わう。なんだか妙にホッとした。

 いつもどおりの朝。

 何も変わってはいない。ただ──実感が以前より増している。生活の、人生の。以前はどこかあやふやだった土台が、一段しっかりしたように感じる。

 だから、朝の光がいつもより透きとおっているように思えるのだろう。

 食事を終え、篤之が書斎へ引き上げる。ふたりきりになった食堂で、ゆっくりとお茶を飲んだ。

 暖炉で薪がぱちりと爆ぜた。ふたり同時に上げた視線が、自然と出会う。

 朔也がやわらかく微笑んだ。

 澄乃も微笑み返した。

 また、黙ってお茶を飲む。

 何も言わなくても、ここ数日のような気まずさはない。

 こうしてふたりきりの静けさを共有できることに、澄乃は今までにない幸福感を覚えていた。


 出仕する朔也を久しぶりに玄関に立って見送った。彼の表情に特段変わりはなかったが、心なしか嬉しそうにも見えた。

 今日は帰宅も必ず出迎えよう。

 妙に張り切った気分で作業部屋に入った澄乃は、ふと頬を赤らめた。まるで新婚のようではないか。

 ……いや、実際に新婚なのだ。本当の新婚になった。ようやく。

 それを嬉しく思っている自分に、少しだけ驚いていた。

 最初は形だけの夫婦と承知していたはずなのに、いつのまにかそれでは物足りなくなって。

 朔也の本当の妻になりたいと、いつから思い始めたのか定かではない。少しずつ、少しずつ、彼を信頼するにつれて、そんな気持ちが強まってきたのだ。

 そしてとうとう本当の夫婦になった。これからが、始まりなのだ。そう思えば張り切ってもおかしくない。自分でも、なんだかちょっと可笑しいけれど。

 しばらく滞っていた刺繍絵も、今日はかなり捗(はかど)った。午後になっても熱心に刺繍を続け、窓からの光が薄くなってようやく顔を上げた。