有能すぎる押しかけ婿様に完全包囲されました

 翌日からにわかに忙しくなった。

 ただでさえ年末は気分的にも慌ただしいのに、橘少佐は年内の届出だけはどうしても譲らないのだ。

 二十四日と二十五日の二日で、菩提寺の住職に立会人としての出席を頼み、祝膳の仕出しを手配した。

 母が輿入れで用いた打掛の手入れ、盃台やら屏風やらの確認なども大急ぎで済ませる。

 父から五十円を手渡されて、澄乃は驚いた。

 祝言の支度金だと橘少佐が包んできたのだと言う。

 遠慮しても仕方がないのでありがたく使わせてもらい、祝膳をひとつ格上のものに変更した。

 一条家の窮乏を知られたくないというよりも、媒酌人として出席する橘少佐の上司夫妻に、婿入り先がこんな家かと失望されたくなかった。

 二十六日の朝、澄乃は離れの雨戸をふたたび開け放った。

 冷えきった畳に冬の光が薄く差し込み、床の間の隅に積もった埃が白く浮かび上がる。

「冬でようございましたね。庭も、落ち葉を掃けばどうにかなります」

 佐和が励ますように言って、袖をたすきでくくる。

 澄乃もそれに倣った。

 ふたりとも木綿の着物に前掛けをつけ、手拭いで髪を覆っている。

「……どうにかしないと、ね」

 独りごちるように呟いて、澄乃は箒を手に取った。

 自分の祝言のために自分で離れの埃を払っているかと思うと、なんだか可笑しくもあり、ちょっと情けない気もした。

 それでも床の間を拭いているうちに母の優しい横顔が思い浮かぶと、ほんのりと胸が温かくなった。

 畳と床の間を綺麗に拭き清め、水屋も隅々まで掃除した。

 長らく使われなかった火鉢の灰はすっかり固まっている。

 これもきれいにしないと。客を招くからには暖かくしなければ。

 障子の張り替えも行ない、どうにか終わったのは日が暮れる頃だった。

 その翌日、祝言の前日は荒れ放題の庭をできる限り整えた。

 冬枯れの時季なので庭木の剪定をしなくて済んで助かった。

 父は落ち葉掃きくらいすると言い張って、慣れない手つきで竹箒を動かしている。

 転んだら大変だと澄乃が止めようとしていると、案内なしに橘少佐が庭に現れた。

 見知らぬ男をひとり伴っている。

「まぁまぁ、気付きませんで。ご無礼いたしました」

 恐縮する佐和に軽く頷き、少佐は後ろに控えている男を手招いた。

「以前、私の当番を務めていた村瀬という者です。今は退役して、市ヶ谷の住まいを見てもらっています」

 地味な紺の着物に羽織姿の、三十過ぎとおぼしき男性が進み出て一礼した。

 いかにも元兵士らしい堅苦しい所作だ。

 背筋がまっすぐ伸び、日に焼けた顔には古い傷痕があった。

「村瀬と申します。力仕事など、何なりとお申しつけください」

 ややかすれた低声で村瀬が挨拶すると、箒を手にした篤之は安堵をにじませて頷いた。

「それは助かる」

 佐和もホッとした顔になる。

 ちょうど重い火鉢に難儀していたところだったのだ。

「私は軍務があるので、これで失礼します」

 橘少佐はそれだけ言い置くと、きびきびした足どりで去っていった。

 男手が一人あるだけで、庭の掃除も離れの支度もどんどん進んだ。

 昼になり、佐和が作ったおにぎりを食べた後も村瀬は黙々と働き続けた。

 夕暮れになると村瀬は「明日(みょうにち)また参ります」とお辞儀をし、市ヶ谷へ帰っていった。