大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 朔也は目を瞬き、仄かな微笑を浮かべた。

「もちろんです。どうぞ」

 扉が大きく開かれる。澄乃は会釈して室内に足を踏み入れた。暖炉で揺れる小さな炎。机の上に広げられた洋書が、洋燈の灯に照らされている。

 扉を閉めた朔也が、「すみません、寒いですね」と言って暖炉に薪を放り込み、火掻き棒で炎を燃え立たせる。

 以前来たときと同じ光景に、一瞬、時間が巻き戻ったかのような錯覚を覚えて立ちすくんでいると、朔也は暖炉の前に置かれていた椅子を勧めた。

「どうぞ、掛けてください」

 澄乃は会釈して椅子に腰を下ろした。

 以前は暖炉の前に椅子はなかった。部屋の奥から椅子を持ち出してきて澄乃に勧め、彼自身は机の椅子を持ってきて座ったのだ。今は、暖炉の前に椅子がふたつ斜めに向き合うように置かれている。

 もしかして、あのときから彼は暖炉の前に椅子を置いていたのだろうか。ふと想像すると、澄乃は胸が詰まるような心地になった。

 もうひとつの椅子に、朔也が静かに腰掛ける。

 膝の上できゅっと手を握り、息を吸うと、澄乃は一気呵成に口にした。

「ごめんなさい」

 朔也が訝しげに澄乃を見る。

「謝られるようなことが、何かあったでしょうか」

「手を打ち払ってしまいました。先日……、ただ、袖についた糸くずを取ろうとしただけなのに」

 朔也は苦笑した。

「あなたが謝ることではありません。驚かした私が悪いのです。なれなれしく──」

「違います」

 強い口調で遮る。朔也を睨むように見つめたのも束の間、目を見開いた朔也と視線が合ったとたんに心が挫けそうになって目を逸らしてしまった。

「……違うんです。驚いたわけではないし、いやだったわけでもありません」

 朔也は何か言いかけ、思い直したように口を閉じて澄乃をじっと見つめた。

「何かあったのですね。錦華屋百貨店で」

 穏やかな声音に、ぐっと詰まる。図星だ。勘の鋭い朔也は、とうに気付いていたのだ。

「瀬田に何か厭なことでも言われましたか」