大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 天井の高い広間に整然と椅子が並び、その多くはすでに埋まっている。

 半券の番号を確かめた朔也が席を見つけ、澄乃に示した。

 並んで腰を下ろす。椅子はかなり詰めて置かれており、朔也は堅苦しい格好で席に収まっている。自分に触れないよう気を遣っているのだ。澄乃は申し訳なさと自嘲と寂しさが入り交じった、なんとも言えない心持ちになった。

 落ち込みそうな気分を振り払うように、舞台に目を向ける。

 すでに何人かの奏者が席について音出しをしていた。大編成の楽団だ。澄乃は西洋楽器に詳しくない。わかるのはヴァイオリンにチェロ、フルート、オーボエ──。

 あの丸っこいラッパは……ホルンだったかしら。いくつも並んだ西洋太鼓は、名称を忘れてしまった。身の丈よりも大きな弦楽器は、確か……コントラバス。

 楽器を眺めているうちに、これから始まる演奏会への期待が次第にふくらんでいった。

 残りの奏者たちがそれぞれの楽器を抱えて入場してくる。ぱらぱらと拍手が起こった。全員が席に収まると、一本の管楽器が長く音を鳴らした。それに応えて弦や管の音が次々と重なってゆく。

 ばらばらだった響きが少しずつ同じ高さへ寄り添っていき、やがてひとつの流れになって会場に広がった。

 調律が済んで音がやむと、燕尾服の指揮者が登場した。一斉に拍手が起こる。指揮者は観客にお辞儀をし、楽団に向き直って指揮棒を振り上げた。

 最初の一音が放たれる。始まりは、小さく。それが次第に大きくなり、高らかにラッパが鳴り響いた。

 疾走する弦の奔流に、腹の底まで震わせるような太鼓の響きが重なる。

 澄乃は目を瞠って舞台を見つめた。

 和楽器とは異なる、何重にも重なった音の厚み。様々な音色が重なりながら変化し、ひとつの大きなうねりとなる。

 ただひたすら圧倒されて、第一楽章が終わった。

 短い静寂を挟み、第二楽章が始まる。

 低く静かな管の和音が重なった。やがてそれらが空中に吸い込まれるように消え、静けさの中からひとすじのやわらかな管楽器の音が立ち上がる。

 どこか遠い場所から風が運んできたような音色だった。哀しいような、懐かしいような……。閉ざされた追憶の扉が、ゆっくりと静かに開かれるような──。

 茫然と聞き入っていると、かすかに朔也が身じろぎする気配がした。

 横目で窺い、ハッとする。食い入るように、彼は舞台を見つめていた。引き結んだ唇がわずかに動き、聞こえるか聞こえないかのつぶやきを洩らした。

「……イズ・ノーヴァヴァ・スヴェータ……ドヴォルジャーク……」