夕餉の支度ができたと佐和が呼びに来て、澄乃は重い足どりで食堂へ向かった。
朔也と顔を合わせるのが、この十日、苦痛でたまらない。結婚直後ですら、気まずさはあってもつらいと感じたことなどなかったのに。
朔也はすでにゆったりした和装に着替えていた。墨色の御召に、藍鼠の羽織。軍服のときは撫でつけている髪も、手櫛でざっくりと崩している。
こういうくつろいだ姿だと、軍人とはまったく思えない。年齢も、いくらか若く見える。
ハッとして澄乃は目を逸らした。
殿方をじろじろ見るなんてはしたない。でも、朔也は自分の夫だ。見たっていい……はず。
だけどやっぱり──。
ますます混乱して、深くうつむいてしまう。そんな澄乃を黙然と見つめ、朔也は小さく眉根を寄せた。
佐和が味噌汁の椀を配り終えて下がり、『いただきます』と家族三人で唱和する。
食事を進めながら、気がつけば澄乃の視線は朔也の手に向いていた。
指の長い、大きな手。がっしりしているけれど、いかつくはない。澄乃がよろけそうになればすかさず支えてくれる、頼もしくて優しい手だ。
もう見慣れたはずのその手から、何故だか目が逸らせない。
冴子の声が、耳の奥でふいに蘇る。
『近頃は日本でもお揃いの指輪を嵌める御夫婦が増えているんですって。左の薬指に嵌めるのよ。一目で結婚していることがわかるわね』
もしも朔也の左手の薬指に、自分とお揃いの金の指輪があったら……?
そんな想像をしてしまい、思わず澄乃はぶるっとかぶりを振った。
「どうした、澄乃? 魚の骨でも刺さったか」
「えっ? いえ」
父に心配され、慌てて笑顔になると壁際に控えていた佐和が進み出た。
「お嬢様、骨をお取りいたしましょうか」
「いいわよ、そんな。子どもじゃあるまいし」
羞恥をごまかすように味噌汁を飲む。千切りの大根と油揚げの味噌汁は好物なのに、味わう余裕もなかった。
ふと思い出したふうに父が切り出した。
「新しい女中だが、なかなか気が利きそうな子じゃないか。朔也くんにも挨拶したかね」
