学校1のモテ男が、隠れBLマニアな俺にひたすら告白してきます

「なぜそうなる」

「過去のゆうくんが好きで、今のゆうくんのことも好きになったら、問題、なくないか?」

「いや、問題しかないだろ……! そもそも俺は——」

 その先の言葉を、口にしかけてためらう。

『同性愛者じゃない!』
 その発言って、コンプラ的に大丈夫か……?

 性的指向が確定するのが、何歳くらいなのか、俺にはちょっとわからない。
 そもそも、三次元に関心がないから、この先、自分が恋愛というものをするのかどうかもわからない。

 同性と、現実の世界で性的なことをしたいとは思わない。
 だから、同性愛者ではないと思う。

 そう認識しているが、それを口に出して明言することで、この男は自分のセクシュアリティを否定されたような気持ちにならないだろうか。

 脳内に、いつも解けないプリントを前に、涙ぐんでいた小柄な少年の姿が蘇る。

 唇を噛み締め、ぎゅっとシャープペンシルを握りしめて、ひたすら、問題文に下線を引く少年。

 頭の中に文字を入れたいのに、うまく入らなくて、どうしていいのかわからず、苦しんでいるみたいだった。

「俺は?」

 言葉の続きをじっと待っていた市谷が、少し緊張した顔で、尋ねてきた。

 言えない。
 
『俺は、同性愛者じゃない』
 その言葉に、一ミリも否定や拒否の感情をのせずに、口にできる気がしない。

 あの悲しい顔をされたら——。
 そう思うだけで、ぎゅっと胸が苦しくなった。

 母の膨大な蔵書の中には、いにしえの名著もある。
 昨今は描くとしても、控えめにしか描かれない、同性愛者であることへの葛藤や苦悩。
 目の前の男が、実際には外見からは想像もつかないほど繊細で、うかつな言葉が、この男の心に深い爪痕を残してしまうかもしれない。

「すまない。俺は——」
 ゴクリ、と市谷が唾を飲むのがわかる。
 
 俺は意を決して、続きの言葉を口にした。

「二次元にしか興味のない限界オタクなんだ……!」

 そうだ。不用意に傷つけてしまうくらいなら。
 自分のほうが、より周囲に理解されにくい秘密を抱えていると明かして、この男がダメージを感じずにしてやるほうがいい。

 市谷は大きく目を見開き、ぽかんと口を開いた。

「それは……日曜日の朝にやってる、魔法少女ものの登場人物しか愛せないとか、そういう……?」

 違う。むしろ俺が好きなのは、ちょっとくたびれたおっさんキャラだ。
 スーツの似合うメガネのおっさんキャラが、年下わんこに懐かれる話が主な養分だ。
 
 できればオフィスものではなく、刑事ものとかがいい。
 世の中にあまり供給されないから、仕方なく脳内で健全作品を不健全なものに変換させてもらっている。

「お前の記憶のなかの『ゆうくん』像が、完全に崩れ落ちただろう」

 ほら。ここまで言えば、諦められるだろ。
 諦めろ。諦めてくれ。

「二次元しか無理ってことは……。もしかして、男とも女とも、誰とも付き合ったことない?」

 まっすぐ見つめたまま問われ、照れくささに視線をそらす。

「……あるわけないだろう。二次元と交際できるほど、俺は想像力が豊かじゃない」

「デートも、手繋ぎも、キスも、誰ともしてない?」
 ぐいっと一歩間合いを詰め、市谷は真剣な表情で問う。

「ない! 付き合ってもいない相手と、デートもキスもしないだろ、普通は」

 市谷の顔が、ぱあぁと明るくなった。
 瞳をキラキラ輝かせ、ただでさえ眩しい顔面を、さらに眩しくさせる。
 おい、やめろ。女子ならきっと、今頃心臓止まってる。
 これ以上イケメン度を上げてどうするつもりだ!?

「俺、ゆうくんの初めての三次元の恋人に立候補する……!」

 ぐいっと前のめりになりながら、市谷が叫ぶ。

「はぁ!? お前、俺の話聞いてたか!? 言っただろ。三次元に興味ないって!」

 きょうび、同性に興味ない、と主張するのはアウトだろうが、三次元に興味がない、と主張するのは、きっとセーフだ。
 そう思いながら告げたのに、市谷にはまったく通じていないようだった。

「決めた。俺、ゆうくんに好きになってもらえるように、頑張るから」

「いや、ちょっと待て。好きになるとかないし。それにまずその呼び方。おかしいだろ、『ゆうくん』って。俺は二年。一年先輩だぞ」

 ガキの頃のよしみだ。

 敬語を使え、とまでは言わない。
 だけど、『ゆうくん』なんて。長いことそんな呼ばれ方は、親にだってされていない。
 呼ばれるたびに、ぞわぞわと鳥肌が立ってしまいそうだ。

「じゃあ、なんて呼べばいい? 名前、知らないし……」

「澁谷優吾だ。澁谷先輩、と呼べば——」

「優吾。優吾にする!」

「いや、だから俺のが年上だってさっき言っただろう」

 一年生が二年生を下の名前呼び捨てにしていたら、さすがにちょっとおかしくないか……?
 そんなやつは、今まで見たことがない。

「せっかく名前わかったし、もう一度、告白のやり直ししていい?」

「必要ない!」

「大事だろ、こういうのは。——優吾。好きだ。俺と結婚前提で付き合ってくれ」

「いや、ここ日本! 結婚とか無理だから!」

 真剣な表情で、とんでもないことを言うのをやめてほしい。
 どこから突っ込んでいいのか、もはやわからない。

「俺らが大人になる頃には、できるって。同性婚」

「無理だろ! ゴリゴリ保守じゃないか。今の潮流」

「ちょーりゅー? よくわかないけど。もしどうにもダメなら、俺、総理大臣になって法律変えるし」

 ちょっと購買にパン買いに行ってくる、くらい軽い調子で、市谷は言ってのけた。

 恐ろしすぎる。
 お礼を言うためだけに、サッカー強豪校の特待生になり、福岡から神奈川まで追いかけてくる男だ。

『総理大臣になる!』
 と言うトンデモな目標も、軽々と叶えてしまうのかもしれない。

「ていうわけで。優吾、告白の返事は?」

「できるわけないだろ! 一体、どう返事をしろと!?」

 普段、ほとんど大きな声なんて出さないから。
 喉が痛くなってきた。

 むせそうになった俺に、市谷はさっと乳酸菌飲料を差し出した。

「ゆうくん、これ、大好きだったから。買ってきた」

 市谷が差し出したそれは、今となっては関西地域でしか売られていない、レアな乳酸菌飲料だった。

「お前……どこでこれを!?」

「関東では飲めなくなったって、なんかで見かけて。ゆうくんに会ったら渡そうと思って、こっちに引っ越してくる時、途中下車して買ってきたんだ」

 手渡されたそれは、冷えてはいなかった。

「まさか……入学式の日から、ずっと持ち歩いてた、とか……?」
 
 恐る恐る、確かめてみる。

「毎日持ち歩いてたから、ちょっとラベル剥がれちゃった。ごめんな」

 市谷はそう言って、無邪気に笑う。
 その笑顔が、かすかに記憶に残っているちっちゃな少年の笑顔と、重なって感じられた。

「ゆうくん、俺のことちょっと好きになった?」

「なるか、ばか! てか、呼び方、戻ってるし!」

「ああ、ごめん。優吾。俺、優吾に好きになってもらえるように、いい男になれるよう全力で頑張るよ」

 今までの軽い調子とは違う、低くて甘い声で、市谷は囁く。
 やめろよ、そういうことするの。
 顔だけじゃなくて声まで至高とか。どう考えてもズルすぎるだろ。

 女子ならきっと、一瞬で悶え死んでいたと思う。
 三次元にまったく興味のない俺でさえも、今のは少しくらっと来てしまった。

 ぱんっと自分の頬を叩き、正気を保つ。

「そんなことより、お前、こんなところにいていいのか。部活の練習はどうした?」

「ん? ああ、今日、入団会見があるから、部活は出なくていいって。あ、そろそろ行かないと!」
 
 市谷は床に置きっぱなしになっていた高校名が刺繍されたスポーツバッグを肩に下げた。

「入団会見……?」

「ネットで生中継されるみたいだし。スポーツニュースとかでもやると思うから。よかったら観てよ」

 戸口に立った市谷が、こちらを振り返る。

「んじゃ、ゆうくん、返事待ってるから」

 にっこりと極上の笑顔を浮かべた後、市谷は教室を出て行った。