君に捧げる特製スイーツ~初恋はレシピ通りにはいかないけど~




 そんなある日。
 明日はひんやり冷たくて甘いぷるるんゼリーを作ることになって、ウキウキしながら、廊下を歩いていた時。
 廊下に翔斗がいて、女子に話しかけられているところを通った。

「翔斗くん、お菓子が好きなんだよね? 私、お菓子作り得意なんだよ。よかったら作ってきてあげるよ!」

 なんてセリフが聞こえてしまった。

「いや、悪いし。いいよ」
 そんな風に翔斗が答えている声がする。

「悪くないよ~。何が好き? あ、じゃあ明日さ。私部活休みだから、一回家に帰って冷たいデザート持ってきてあげるよ!」

 そこまで聞いてしまって。
 通り過ぎてしまって、それ以上は聞けなかった。

 ――オレは、つい数十秒前とはうってかわって、しょんぼり。
 ……明日は届けに行かないほうがいいかなあ。

 あんな感じだと断らないよね……。
 冷たいデザート……。同じになっちゃうし。

 その日も一緒に帰ったけど、そのことは聞けなかった。
 だって。デザート作ってきてもらうことになったんだ、とか聞いたら、ショックで、倒れちゃうかもしれないし。

 一日、悶々と考え続けた結果。
 悶々としながら作ったスイーツは、翔斗のところには持っていかなかった。

 翔斗には、用事があるから今日は先に帰るね、と入れて、帰って来た。

 いつもはすごく綺麗な夕焼けが。
 今日はなぜか、少し冷たくね切なく、遠くにぼんやりと映っている。

 おいしそうなひんやりデザートを持って帰って、夕飯後、家でしょんぼりと食べてるうちに。

 ぐす。と鼻水の音。

 びっくりして、目をしぱしぱさせる。

 ――あれ。
 オレ泣いてる? なんで?

 もぐもぐもぐ。
 なんか、全然おいしくない。おかしい。昨日味見した時、皆、めっちゃおいしいって、言ってたのに。

 ――もう、完全にしょんぼりで、オレは、抱き枕を抱えて、ベッドに横たわった。

 しばらくそうしていて、でも、がばっと起き上がる。
 オレは、ぐっと唇をかみしめて、立ち上がると、台所に降りた。



 ◆◇◆

 翌、土曜の午後。
 昨日、あまり眠れなかったから、ねむい。

 うとうとしていると、母さんの声が聞こえた。

「澪―! 翔斗くんが来たわよー」
「えっ」

 急にどうしたの、と焦ったその時には、翔斗が軽やかな足音で、二階に上がってきていた。

「翔斗、部活、は?」
「今日は午前で終わった。雨、強いから」

 黒のTシャツにジーンズ。……それだけなのに、かっこよ。

「そうなんだ。……急に、どうしたの?」

 そう聞きながら、ベッドに腰かけ、抱き枕を、心の安定のために抱き締めると。
 部屋に入ってきた翔斗は、オレから少し離れたフローリングに腰を下ろした。

「昨日待っててくれなかったから。スイーツ部の日だったじゃん?」
「――あ。うん。ごめんね」
「スイーツ部は出たんだろ? 部員の人たちが帰るとこで会って、言ってた」
「……うん。そうなんだけど」
「――どうかした?」

 じっと見つめられて、オレが、翔斗に嘘をつけるはずがない。

「……翔斗、一昨日、女の子と話してて」
「女の子? 誰?」
「――廊下で……冷たいスイーツ作るって」
 
   そこで、それ以上言えずに、押し黙るオレ。
  翔斗は一瞬きょとんとしてから、それから、ふっと、ニヤニヤ笑い出した。
 
「あー……だから来なかったの?」
「……だって、女子が作ってきてるのに邪魔したら悪いなーと思って……」
「断ったよ。オレ、お前が作ったやつしか食いたくないし」

  ぽん、と大きな手が頭に乗る。

「他の奴のなんて、いらないし」
「…………」

 ちょっと頭を振って、その手を離させてしまう。
  だって ――そんなの、もう、勘違いしちゃうじゃん。優しい手に触れていたくなかった。
 

「しかも昨日は、冷たいスイーツだったんだろ? 暑かったし、食べたかったなあ。それ、持って帰ってきてないの?」
「……昨日の夜、一人で食べちゃった」

 そう言ったら、翔斗は「えー?」と口を膨らませる。

「……でもなんか、全然おいしくなかった」

 そう言うと、翔斗は苦笑を浮かべた。

「一人で食べたから?」
「……翔斗、あの女子と、付き合ったりとかするのかなあって思ったり……」
「は? 付き合わないし」

 翔斗は眉を寄せてそう言ったきり、なんだかじっと見つめられて、居心地が悪い。

「……ちょっとだけ待ってて?」
「ん?」
「すぐ来るから」

 オレは、ダーッと階下におりて冷蔵庫を開ける。
 昨日、夜にもう一度、せっせと作った昨日のスイーツ。

 それとスプーンを持って、部屋に戻る。
 ローテーブルに置くと、翔斗はなんだかすごく嬉しそうに笑った。

「澪、一人で食べたんじゃなかったの?」
「これ……昨日あんまりにおいしくなかったからもう一度作ってみてたの……食べる?」
「食うに決まってる」

 翔斗は嬉しそう。オレも嬉しくなって、ぱく。とたべると。
 ひんやりしてて、ぷるぷるしてて、甘くて、口の中で溶けた。冷たいゼリーの喉越しに、気持ちがふわ、と浮いた。

「めっちゃうま!!」
「自分で作ったんだろ」

 オレの言葉に、翔斗が笑いながらツッコんで、「でもうまい」と微笑む。

「だって昨日はおいしくなくて」

 ……おいしくなくて、泣いちゃったくらいだし。
 同じ作り方したのに。不思議。思いながら、もぐもぐ食べていると、翔斗がふと、手を伸ばしてきた。
 
「なあ、なんかお前、くまできてる」

 頬に、そっと、触れられる。
 どっ、と心臓が大きな音を立てた。

「ちょ、と、寝不足なだけだから」
「なんで寝不足?」

 短い言葉で問われて、覗き込まれる。

「それは……だって」
「だって、なに?」

 答えられずに翔斗を見ていると、すり、と目の下をなぞられる。

「オレが、あの子と付き合うとか、思った?」
「――」

 びっくりして、翔斗を見つめてしまう。
 あってるけど。でもそれに頷いたら、そんなことで眠れなくなるって、おかしいわけで。
 ……ていうか、そもそも翔斗のこの質問も、おかしいんじゃ……。

 答えられずに、固まっていたオレに、ずっと見つめてあっていた翔斗は、ふ、と目を細めた。
 そのとき。

 やわらかく、唇に、なにかが、触れた。

「は……?」

 触れてしまいそうな近くで見つめ合って数秒。顔から火が出たみたいに熱くなった。

「え……っ」

 ていうか、いま、唇……。
 どっどっどっ。すごい心臓の音がしてる中。抱き締められた。

「澪――」
「……っ?」

「澪、オレ、好きだよ。お前のことが。ずっと好き」

 衝撃すぎて、翔斗の腕のなかで固まるしかできない。そんなオレを、もう一度、ぎゅ、と力を入れて、抱き締める。

「なあ。――なんでオレが付きあうって考えると、眠れないの? 何で昨日これがおいしくなかったの。なんでそんな、今、真っ赤なの」
「……っっ」
「オレのこと、そういう意味で、好きって思って、もういい?」

 少し離されて、至近距離で見つめられる。眉をすこし寄せて、ちょっと躊躇うように、翔斗は続けた。

「そうかなとは思ってたけど、お前いっつも、予防線引いてくるし。オレの想いに気づかれてて、密かに断られてるのかと思うところもあって――」

 そんな言葉に、数々の予防線を、思い浮かべる。
 彼女作れば、とか、あれこれ、さんざん、言ってきた。そんな風に、思われて、いたなんて、もう驚きすぎて。

 目の前の、いつもとは違う、真剣なまなざしに、心が締め付けられる。

「でも、違うよな。――澪、オレのことが好きだろ?」

 じっと見つめてくる瞳を、何も言わずに見つめ返していると、翔斗は、ふ、と笑った。

「何も言えないなら、頷いてくれたらいいよ」
「――」

「オレのこと、好き……だよな?」

 優しい声に、心臓を射抜かれた。
 もう、余計な言葉は、出なかった。

 オレが、小さく、頷くと、翔斗はオレを抱き締めた。


「やった――じゃあさ、澪。ずっとオレの側にいて、オレのために、一生、おいしいもの、作ってくれる?」

 問いかけながら顔を見つめてくる翔斗。

「……ほんとに、ずっと、作っていいの……?」

 長い沈黙のあと、そう言ったオレは。
 感極まって、翔斗の返事が来る前に、ぼろ、と涙が溢れ落ちてしまった。

 翔斗は、一瞬驚いたように目を見開いてから。
 ふ、と嬉しそうに、笑った。

「そういうとこがたまんなく、可愛いんだよ、澪。――でも、もう、泣くなって」

 涙をその指でぐし、とふき取ってくれながら、翔斗はオレを見つめて、瞳を緩めた。

 く、と笑った翔斗に上向かされて。ちゅ、とキスされた。
 ゼリーで冷えた口の中に、熱い舌が、そっと入ってきて。
 びくう!! と震えたら。

 翔斗がくす、と笑って、そっと離れた。そして、ぎゅ、と抱き締められた。

「悪い。……ずーーーっと、我慢してたから……すげえ、超特急で手、出しそう……」
「だ・・・・だめだめ、母さん、下にいるし……っ」

 それに心の準備がまったくできてないし!
 焦ってるオレに、翔斗は、んー、と首を傾げながら、にやにや笑う。

「分かってるけど。……んー。どうしよ。口さみしくない?」

 言われたオレは、慌てて翔斗から離れると、ゼリーをすくって、翔斗の口に入れる。

「これでひやして……!」
 
 咄嗟にスプーンをくわえた翔斗は、焦ってるオレにくすくす笑いながら、スプーンを口から出すと。
 翔斗はまたオレを引き寄せて、オレの唇を塞いだ。

 甘い冷たいゼリーの味。と。――熱いキス。


「ん……っ」

 声が出てしまったオレに、翔斗はぴくっと動きを止めて――キスを外して、オレを抱き締めた。
 いつもいつも優しかった翔斗が。

 なんだか今はすごく強引で、余裕がなくて。
 もう、ドキドキして、死にそう。

「やーば。……マジ、可愛い」

 ……めっちゃ笑顔で言う翔斗に。
 オレは、見惚れるしかなかった。


 ――あっという間に食べられちゃいそう、オレ。
 なんて思いながら。



 オレも、スイーツも。
 翔斗に食べられるならいっか……なんて、思ってしまう。


 おいしく食べてね、なんて思ったけど、
 恥ずかしすぎて、それは言えなかった。


 その代わり。
 翔斗の背中に回した手で、翔斗の服を、ぎゅ、と握りしめた。







Fin