嘘寝は猫にバレる

 どうしようか悩んでも、今は部活という口実で、桃田の特等席に居座ることで精一杯だ。恋だの言っている暇はなく、読み聞かせの上達を心がけていたことで重心はまんまと部活だ。
——また、誰かに取られたらたまったもんじゃない。
 つまり、体育祭の1件から、俺たちはまた“普通”に戻った。嘘。そんなことないかもしれない。桃田がよそよそしくなった。
 資料用の写真は撮り終わったと、部室にいるのだが、集中してる様子がないのだ。視線を感じると思えば、ジッと桃田が見ていたり、難しそうな顔をしたり。
――体育祭のことめっちゃ怒ってる?
 落ち着かない桃田を見ていると、こっちまで落ち着きがなくなり勢い任せに聞く。

「体育祭のこと怒ってんのか?」
「怒らねぇよ」

 1ターンで終わった会話。でも、体育祭のことなのは確か、だろうな。
 俺は体育祭での出来事を思い返して、どこかにヒントがないか必死に思考を巡らす。
——あるとしたら……俺が諦めたくないと言った好きなモノと好きな人の話か。
 あのとき、俺は自然と出た言葉に意図せず好きな人がいることを明かした。それ自体はいい……というか意識して欲しいまである。どちらかというと、桃田も好きな人がいるというところだ。確か、俺が桃田を好きだと自覚したとき、落ち着かなくてふわふわした気持ちになったと、思い出す。
 正直、好きな人の好きな人を聞くのは傷つく可能性が高すぎて嫌だが、逆に今しかない気もした。

「桃田、恋愛系で悩んでる?」
「……今は関係ないだろ」

 答えてくれやしない。やはり引っかかるとしたらそのことだ。実際一瞬で、この話を辞めたいという雰囲気を桃田から感じる。
——あぁ。踏み込みたくないのに。

「落ち着かないみたいだから、“部員”として心配してるんだけど?」

 桃田は頬杖をつき、唇を尖らせる。ムスッとした表情で言い放たれた言葉は、俺がカウンターを食らうことになる。

「俺は、さっくんの好きな人が気になる」
「俺?! えー、うーん、んー……」

 そう、と言って桃田は、身体を脱力させ頬を机につけそっぽを剥いたと思ったら、向かいにいる俺に腕を伸ばし、机に乗せていた手に指先を絡められる。
――何?! 何?!?!
 ぶわっと全身が熱くなる。腕を引こうとしても、びくともしない。
――あれ? 触れるのが嫌がらない……?
 そういえば、俺が読み聞かせをやりたいと顔に出てるって言ったとか、桃田から触られることはこれが初めてではない。
――じゃあ、なんで赤くなってた?

「さっくん?」
「あ、うん」

 「言いたくないよな、嫌いな人に」とボソッと呟かれた言葉は逃さなかった。

「えっ? 嫌い? 誰が?」
「さっくん以外に誰がいるんだ?」 

 揚げ足を取られる。
――いつまで根に持つんだ。
 初めて話したときに自分がした意地悪を思い出させられた。桃田が小さな子どもに見え、苦笑する。

「俺が桃田を嫌いだったら、この教室来てない」
「そっか、確かに。うん」

 噛み締めるように言いながら、手の甲まで手を伸ばされ全体を包まれる。

「ねぇ、手離してよ」
「んー。もうしばらくこうさせて」
「な、に言ってるんだよ……」

 俺は好きな人……桃田に触れられると赤くなる。俺の気持ちがバレてしまいそうだ。今だって、桃田の熱を感じて嬉しいけど恥ずかしさもあって顔が熱を持っている。
 桃田は? パッと顔を上げる。
——あ。耳、ちょっと赤い。
 頬から耳にかけてほんのり染まっていることを見逃さなかった。
——もしかして……
 という言葉は飲み込んだ。このままの均衡を崩したくない。



「なんか違くない?」

 読み聞かせの練習で、ふいに声に出る。それに対して桃田は「俺は聞き慣れちゃったのもあるかも」と、小さく反応した。

「明日、人連れてきていい?」
「……俺はいいけどさっくんは、このことバレてもいいのか?」
「うん。他人の”好き”を笑わない人だから大丈夫」
「”好き”を笑わないか…安心した」
「な、に笑ってんだよ」
「いや?」

 この時、桃田が薄っすら嬉しそうに笑顔を見せた意味はわからなかった。

「……ということで、白瀬音歌さんに来てもらいましたー」
「音歌ちゃん参上です‼︎」

 高いツインテールに、大きな瞳に落ちる長いまつ毛。お人形さんのような顔とスタイル、それに加えて元気な性格は、校内外問わずの人気者だ。見た目だけは、まさに高嶺の花。
 頼んだときに白瀬さんはテニス部を抜けてまで、行くと言ってくれた。
 時間はあまりとれないのでとりあえず、読み聞かせをするから意見がほしいと簡単に説明した。
 最初は順調だったと思うけど、緊張で上手くページは捲れないし言い方が定まってない文は頭の中で考えながら話してしまい、あやふやになる。それでもなんとか終えることができた。初めの頃に比べたら、かなりスムーズに。

『……めでたし。めでたし』

 読み聞かせが終わると目を丸くしてしばらく驚いた後に、「すごい!」と、パチパチと手を叩いて喜んでくれた。それに俺はほんの少しホッとする。

「意見ある?」
「なんか、こう読み聞かせなのに狼さんが『がおー』って感じの感じになってる」
「わっかんね」

 眉を顰めると、桃田が納得した声を出す。

「なるほど……」
「はい?」

 何か通じ合う2人に疑問に思う。すると、白瀬さんは言葉を言い換えてくれた。

「んーとね、なんかもっと『がおー』って感じの感じにしてもおもしろそうって思ったよ!」

 再現する白瀬さんの抑揚を聞き取る。もう少し元気にしてみてもいいってところか。
 自分の課題はわかっていた。指摘されたところ以外はまだ聞いていられるくらいなはずだ。しかし、セリフの表現をすることが苦手だった。一発芸と表してやった狼の言い方は、緊張をするとできなくなっていた。多分、あのときのが俺の中で一番良い。
——本番である全校生徒の前は絶対緊張するから、できるとは思えないんだ。現に、白瀬さんの前でさえもできなかった。
 誰にも言われなければそのままにするつもりだった。しかし、核心をつかれたことにより目を背けられなくなった。
 ふと、逃げ道のように思い出す。

「読み聞かせって感情あまり込めない方がいいって書いてあったんだよ」
「そうなんだぁ」

 物足りなさそうなのか残念そうなのか、「調べたのはそう言っていたのかもしれないけど……」何か言いたそうにしている白瀬さんはもうひとつ俺が懸念していたことを突いてきた。

「あと、少し硬いかな」

 棒読みと直接言わない白瀬さんに、ついカッとなってしまう。

「棒読みだよな。わかってる」
「そこまで言ってないよ……。ただ、もうちょっとゆっくり読んでみたら?」
「ゆっくり……そうか」

 俺は裏紙を引っ張り出し、《ゆっくり読む!》とメモをとる。

「同じ好きを持つ同士でもこだわりがあれば、その好きは別物だよ。感情を込めないで読むって発信した人も、さっくんも好きだけど、伝えたい方向が違うだけだ。さっくんはさっくんらしい読み聞かせ、すればいいと思う」
「桃田……」

 白瀬さんがポツリと口にする。

「さっくん」
「ち、違う! 桃田が勝手に呼んでるだけで俺は許可なんてしてない!」

 慌てて否定しても遅かった。

「それにしては呼ばれ慣れていたなぁ」
「ふはっ」

 俺の必死の否定に空気を含んだ笑いをされた。

「わたしもさっくんって呼ぼっかなぁ?」

 桃田のピタッと動きが止まる。そして、俺と桃田が同時に口を開いた。

「やめてくれ」
「いやだ」

 え?

「さっくんって呼ぶの俺だけでいい」

 ふんっと鼻を鳴らす。

「なんだそれ……」

 「何それぇ。ま、仲良しはいいこと! 失礼しまぁす」と、白瀬さんは自分の部活であるテニス部に帰っていった。颯爽と出ていってしまった白瀬さんの背中に向かって、「ありがとう!」と叫んだ。
 席につき、もらったアドバイスを整理しようとメモとノートを広げる。すると、「さっくんて他の人に呼ばせんなよ」と、唐突に念を押される。

「なんで?」
「……言っただろ。他と同じは嫌だって」

 そのひと言が、普通じゃなくて特別がいいと言われてるみたいで、胸がキュウとなる。できることなら桃田に抱きついて嬉しさを表現したいくらいだ。

「我慢てムズいな」
「ん?」

 何の話だ? と言う顔をする桃田に「なんでもないよ」と言う。
 あやうく「好き」と口にしかけた夏の暑さが残る9月のはじめだった。