体育祭を目前に控え、放課後はリレーの練習に連れ出された。その事実は教室にいた桃田も知っているだろう。
つまり部活に行くことができなくなっていた。しかし全く行けないなんてことはない。一緒に練習している人は皆、運動部でそれぞれ部活があるので本当は週に何回か。
バレー部にテニス部、サッカー部、そして文芸部の俺。男女で2人ずつだ。こんな中に混じるのは異質だし、自分で言うのもおかしいかもしれなが、運動部よりも運動神経がいいと自負している。それを運動部の奴らも知っていた。
——だからって、他の運動部を差し置いて俺が選出されるのは、ちょっと気まずい。
「今年は勝つぞ‼︎」
「ハレ様がいるんだから安泰だよ〜」
「ははは……」
去年は帰宅部だと思われている俺が、運動部をごぼう抜きにしたことで、この季節にはハレ様と呼ばれる。正直あまり好きではない。
乾いた笑いを気にする素振りも見せず、メンバーは準備運動を始める。俺の視線は校庭ではなく、文芸部のある部屋だ。
——言いたいことってなんだろう。もうやめてくれ? とか……そういえば、ちゃんと話す前は手が触れただけで顔を赤くして怒ってたっけ……。
――今同じ反応されたらもっと凹むだろうな。
ギリギリ校庭の見える位置にある文芸部の部室から見ていてくれないだろうか。
なんで見てもらいたいのか。好きだから意識してもらいたいだけではない胸の奥底に眠る何かを考えることはなかった。
「見てないか」
ポツリと溢した言葉は、即座に反応される。
「誰に?!」と、言われ「なんでもない」と返しても話は広がっていく。
「なんでもなくないだろ〜〜」
「違う。昨日おもしろいテレビあったけど、見てないだろうなーって思っただけ」
疑い深いメンバーたちを思いつきの嘘で軽くあしらう。「なんだよ」と、つまらなさそうにされた。
――嘘だなんて思わないのか。
本当の意味は言えるわけなかった。
その桃田に見てほしい反面、今は会えない。まだ会えない。俺を読み聞かせに戻してもらえるよう説得する材料を集めているのだ。
――赤根さんは悪くないけど、桃田が別の人と組むことを想像しただけで苦しかった。
――桃田の隣は俺がいい。
リレー練習のない日は、読み聞かせのコソ練。桃田がどんな絵本を描いているのか検討もつかないため、どんな絵本でも対応できるように今度は伝えたい人に楽しんでもらえるように。
1週間が経って体育祭当日を迎えた。
蒸し蒸しとした気温は俺を萎えさせるには十分だ。
複数競技があり、100m走を終えた俺は借り物競走までに時間があった。話しておきたい人がいて、変な波を立てないように居場所を聞いて回る。
それは赤根さんだ。変な波というのは、俺が探しているというのがバレると付き合ってるなどとからかわれるのが目に見えているからだ。
騒がなさそうで赤根さんのことを知っていそうな人に目星をつけて聞いて回る。
しかし、誰も居場所を知らず、途方に暮れていたところに俺の幼馴染が視界にうつる。裏表のない正直な奴だ。人に“良い顔”をする前から知っていて、取り繕っていることを知っている。
「秋檎、赤根さん知らない?」
「聞く人間違えてるでしょ……」
赤根さんと面識がないと、わかった上で聞きいた。聞く当てがないからことと、もし赤根さんが読み聞かせに前向きだったらと思うと不安で少しばかり助けてほしいと思った。そんな俺の微量な変化を見抜かれる。
「ハレ、大丈夫?」
「うん!」
気づいてくれたということだけで気分を良くし、元気に返事した。
「愛しの渡邊さんによろしくー!」
「ちょっ!」
ちなみに渡邊さんは最近付き合いだした秋檎の彼女だ。
校庭を何周しても見つからずお手上げかと思ったとき、おずおずと話しかける女子2人に反応する。
「あ、あの!」
「赤根ちゃんなら図書室にいると思う、ます」
「まじ? ありがとう!」
後ろから、「た、多分! 多分だから!」と不確定要素を足していたが、誰に聞いても「知らない」と言われていた俺にとって藁にもすがりたい思いだ。
図書室は3階。昇降口で靴を脱ぎ捨て1段飛ばしで駆け上がる。靴下がひんやりと冷たい。
図書室の入口から姿勢良く本を読む赤根さんの姿が見えた。すかさず声をかける。
「赤根さん!」
「何?」
「桃田の絵本読むんですか?」
「……なぜ?」
「えっ。だって、桃田が言っていたから」
あの場に居合わせたから知っているはずだ。疑問に思う理由が分からない。
桃田は読むと言っていたから、あとは赤根さん次第だと考えた。俺には赤根さんが読み聞かせについてどう思ってるか、聞きたくてこんなに探していたのだ。
「確かに桃田くん言ってたわね」
淡々と答える赤根さんが何を考えているのか、さっぱり分からず俺の言いたいことをそのまま伝える。
「赤根さん、断ってくれませんか……多分嫌われたし、もうダメかもしれないけど……桃田の絵本は俺が読みたいから」
「どうして? 嫌われてるかもって思ってるのになんで読みたいと思うの?」
「それは……」
頑張ってる姿を知っているのは俺だから。努力が怖くて、失望されるんじゃないかって思った。でもそれは、俺が桃田を信頼してないことだと気付かされて。桃田はそんなこと言わないのに。もう一度チャンスが欲しい。
そして、何よりも好きだから。隣にいたいんだ。
長い沈黙に、目を細められ小さく口角を上げた赤根さんが口を開く。
「ま、いいわ。わかってるみたいだし。でもハレくんて嫌われることを怖がる人だったのね」
「え?」
「失礼だけど、あなたの表情って誰と話していても碌に変わらないから。いろんな人にいい顔してる印象しかないわ」
はっきりと言葉にする赤根さんに苦笑する。怒りなどは不思議と湧かなかった。むしろ、少し嬉しささえ感じた。
「初めて話したけど、俺のこと見てたんだな」
「なっ! 勘違いしないでよね? あなたはついでよ!」
「ほぉ。じゃあ、誰を見てるんだか」
周りのいる人の名前を指を折り曲げて挙げていく。「白瀬さん?」と、言ったときにピクリと反応を示した赤根さんにニンマリとした。
白瀬さんは、秋檎の彼女、渡邊さんの幼馴染だ。横つながりで話したことはあった。高嶺の花という第1印象だったが、話してみると人前では明るいけど多分無理してると分かってしまった。それからは性格が俺と似ているという印象だ。
――なるほど、白瀬さんねぇ。
徐々に口角を上げる俺に赤根さんは声を張り上げる。
「やめなさいっ‼︎」
「あっはは! 分かりやすくていいね」
「なっ! どっちがよ‼︎」
――どっちが?
わかってるってそういうことか? と、思考して思わず顔を上げる。
「……あんたたちバカね。私は桃田くんの絵本を読む気はないわ」
困り顔をしながら言う赤根さんにバカと言われたことは気にも留めず、ただホッとした。
――読む気がないだけで、桃田が無理やり頼むかもしれないけど。
不安な感情が顔に出ていたのだろうか。俺がそんなヘマをするわけがないのに、まるでわかったかのように言われる。
「桃田くんはハレくんがやってくれるって信じてるわよ。……桃田くんから聞いたことあるかは知らないけど、中学同じよ」
「赤根さんと桃田が? 聞いたけど?」
「あーあ。気づいてないのね」
気づいてない? 知ってるのに知らない話のようで素直に問う。
「どういうこと?」
「わたしと桃田くんもそうだけど……やっぱやめた。他人に首突っ込むのめんどくさいわ」
「そこまで言っといてそれはないよ!」
「ここまでヒント言って気付けないほうが悪いのよ」
「なんだよ、それ」
唇を尖らせても、それ以上は言ってくれない。
「楽しみにしてる。桃田くんの絵本も、あなたの読み聞かせも」
「……ありがと」
ふいと視線をやると、今日は皆が体操着ているというのに赤根さんは涼しい顔して制服を着ているのだ。
「ところで……体操着忘れたの?」
「あら。真面目ね」
なるほど、元より参加する気がなかったのか。とその時初めて気がついた。
そういえばリレーの予行練習があり、そのとき別のクラスのリレーメンバーに白瀬さんがいるのを思い出す。
「……白瀬さん、リレーメンバーだよ」
「そういうのは早くいいなさいよ」
不機嫌になる赤根さんに「本人に聞かないのが悪いんだ」と、微笑しながら言い残して図書室を後にした。
借り物競走が始まる前、桃田の姿がクラスの待機テントの後ろにいる姿は目に入った。
——桃田に話したいことあるけど、あんな目立ち方されたら無理だなぁ。
クラスに馴染めていない桃田をチラチラと合法的に見れる良いチャンスなのだろう。
——まぁ、あの身長の高さに加えてイケメンだもんな。
授業中、寝てることが多い桃田の顔がよく見えて嬉しそうな女子たち。
——そんなに見るくらいなら話しかけに行けば良いのに。
心の底がモヤっとする。
なんだ? 俺、今桃田が女子たちに話しかけられることを想像したのか? それを嫌だと思った。
――好きってめんどくさ〜〜!
桃田がクラスメイトと話すことは悪いことじゃないのに、話せてるだけで優越感を感じるほどに焦ってるということか。
出番が近くなる。俺の頭の中には、どうやったら桃田と話せるかということしかなく、競技につおては思考の1割も割いていなかった。
借り物競走という、いかにも盛り上がりそうな競技だが、うちの学校では1番つまらないで有名だ。お題がいつも面白くないと言われ続けていた。単純に学校側が許可できないお題が多いから変われない。好きな人とか、かわいい人とか……。その類のお題が全くない。
だらけた空気は、観覧席にまで伝わって応援する人などほとんどいない。
「よーい、どん!」
本気で走る気もない俺は、だらだらとお題の書かれた紙の前まで行き1枚適当に取った。
——うわぁ……まじか。
思わずため息をつく。紙に書かれている文、それは《一発芸をして、連れてきた人を笑わせる》ということだ。
どうしたものかと、コースの真ん中で悩んでいると、あることを思いついた。
俺が自然と笑みを浮かべているのがバレ、桃田は顔を引き攣らせる。
「桃田きて」
「……嫌すぎる」
テントの下で休んでいたクラスメイトがザワザワと話し出す。「桃田とハレくん?」「なんでなんで」「お題、自分より背が長い人とかじゃない?」思い思いに言われたそれらを無視する。
――なんか息がしやすいな。
いつもは気にする視線も言葉も無関心になれた。
そして俺は無理やり桃田の手を掴んで引っ張り出す。
「おい……!」
抵抗する桃田をよそに早歩きでコースに戻る。嫌がりながらもついてきてくれる。
――ちゃんと抵抗しないとダメだよ。
引っ張り前を向きながら、桃田に話しかけた。
「桃田サトルは絵本が好きか?」
「……なんでフルネーム」
「絵本は好き?」
「好き」
「俺の読み聞かせは?」
「……好き」
こんなに好きと言われても俺のことではないと、わかってる。でも、好きな人が好きなモノを肯定していることが嬉しくて、ずっと聞いていたい。
——良かった。教室での出来事で嫌いになるなんてことなくて。
後ろで「何の話だよ!」と騒がれても、なんだか心の中のジメジメが減っていく感覚がある。
――なんだろうな。恋も部活も頑張りたいなんて思う日って来るんだな。
俺の“頑張る”イコール恋や部活と桃田が合わさることでようやく成立する方程式は、頑張る先の解がある気がする。
手を繋いだまま、ゴールをすると桃田は繫いでない方の手で顔を隠していた。その隙間から赤らんだ頬と耳が覗く。
――なんで……?
そこで触れるのを嫌がるほど俺を嫌いだったことを思い出させた。
――忘れてた。
桃田は部員として俺を気にかけていただけで、俺自身は好きじゃないんだよな。
――自惚れるな……。
マイクを持った学生にお題を手渡す。ゴール後にお題を達成できたか否かも重要で、達成できなかったらもう一周だ。
「さぁ、お題を達成できるのでしょうか!」
俺が今するべきことは、読み聞かせを俺にやらせてもらうこと。それに注力するんだ。
小さく震えながら息を吐く。そして桃田に向かい合って“おおかみさん”を憑依させた。
「『がおー!!』」
感嘆符の後にほんの少しの間を置いて、イラストで表現されている狼の表情から読み取れるように感情を込め過ぎないようにした。
これが絵本の一部であることは俺と桃田しか分からないだろう。
そんな中、目を丸くして驚く桃田。そんな桃田にしてやったりなんて思った。
「……ふっ……」
桃田が初めは堪えるように笑い、次第に声を上げて爆笑する。
「あっははは!!」
校庭にいた全員が桃田に目を奪われたことだろう。顔の整ったいつもはクールな桃田が、笑った貴重な場面に。
審判の学生も自分の役割を忘れたのかただ呆然としていたが、俺が視線を送ると「これは、大成功ですね」と力の抜けた声で言った。
「良くなったか?」
笑う桃田に近づく。「あぁ……めっちゃいい」と、笑いを堪えながら言われる。
桃田の笑いは、からかいとかではない。驚きからこみ上げた笑いだろう。
でも、もっと褒められたいし喜んでほしいな。
「俺、もっと頑張るから読み聞かせ、やらせて?」
「いいのか?」
「俺がやるって言ったんだ。桃田が気にすることか?」
全部疑問で終わった会話に口角を片方だけ上げて目を細くした。意地悪な顔をして見せた俺に、桃田は口を開けて声を出して笑う。
「ははっ!」
「何だよ!」
「いや? さっくんに頼んで良かったなって」
頼んで良かったという言葉が、コソ練や悩んだ時間の何よりの救いだった。
「俺もう、好きなものも……好きな人も諦めたくないんだ」
桃田の動きが止まる。
「ど、どうした?」
「いや……俺もそう思うよ」
――俺も? どっちのことだ?
好きなものについてか? それに関しては桃田は諦める様子なかっただろ。
じゃあ、好きな人?
心がザワザワする。
――刺さるなぁ……。
俺は話題をそらしたくて、赤根さんの話を持ち出す。
「そういえば、赤根さん図書室いたよ」
「探してたらしいな」
桃田はふいと視線をそらされ、唇をツンと突き出す。
桃田の耳にも入ってたのか。まぁいい、と無視をすると1段と不機嫌そうに、ため息ひとつされる。
「部室に行けばよかった」
「テントにずっといるから意外だったよ」
「見てみようと思って」
「なんで?」
「さっくんの……なんでもない」
「今日そんなのばっかだ……」
言いかけた言葉を止める桃田に深入りするのはやめた。多分言ってくれない。ダメ元で、紙に書いてあった内容も聞いてみることにする。
——桃田のことだから、もう教えてくれないんだろうな。
「桃田ー、部室に行ったら教えてくれるってのはー?」
「教えるわけねーだろ。部室きた時、言われてないねーし。もう期限切れ」
「ですよねー……」
天を仰ぐと、雲1つない晴れの空が降り注いだ。
読み聞かせはよかった。けど、恋は難しい。なんというか、部活と恋が両立する気がしない。どちらかに重心が傾けばどちらかが転ぶ感じがしてたまらないんだ。
その理由は、俺の“好き”の原動力がすべて桃田だからだろう。
ここからどうしていくべきか、途方に暮れるのだった。
つまり部活に行くことができなくなっていた。しかし全く行けないなんてことはない。一緒に練習している人は皆、運動部でそれぞれ部活があるので本当は週に何回か。
バレー部にテニス部、サッカー部、そして文芸部の俺。男女で2人ずつだ。こんな中に混じるのは異質だし、自分で言うのもおかしいかもしれなが、運動部よりも運動神経がいいと自負している。それを運動部の奴らも知っていた。
——だからって、他の運動部を差し置いて俺が選出されるのは、ちょっと気まずい。
「今年は勝つぞ‼︎」
「ハレ様がいるんだから安泰だよ〜」
「ははは……」
去年は帰宅部だと思われている俺が、運動部をごぼう抜きにしたことで、この季節にはハレ様と呼ばれる。正直あまり好きではない。
乾いた笑いを気にする素振りも見せず、メンバーは準備運動を始める。俺の視線は校庭ではなく、文芸部のある部屋だ。
——言いたいことってなんだろう。もうやめてくれ? とか……そういえば、ちゃんと話す前は手が触れただけで顔を赤くして怒ってたっけ……。
――今同じ反応されたらもっと凹むだろうな。
ギリギリ校庭の見える位置にある文芸部の部室から見ていてくれないだろうか。
なんで見てもらいたいのか。好きだから意識してもらいたいだけではない胸の奥底に眠る何かを考えることはなかった。
「見てないか」
ポツリと溢した言葉は、即座に反応される。
「誰に?!」と、言われ「なんでもない」と返しても話は広がっていく。
「なんでもなくないだろ〜〜」
「違う。昨日おもしろいテレビあったけど、見てないだろうなーって思っただけ」
疑い深いメンバーたちを思いつきの嘘で軽くあしらう。「なんだよ」と、つまらなさそうにされた。
――嘘だなんて思わないのか。
本当の意味は言えるわけなかった。
その桃田に見てほしい反面、今は会えない。まだ会えない。俺を読み聞かせに戻してもらえるよう説得する材料を集めているのだ。
――赤根さんは悪くないけど、桃田が別の人と組むことを想像しただけで苦しかった。
――桃田の隣は俺がいい。
リレー練習のない日は、読み聞かせのコソ練。桃田がどんな絵本を描いているのか検討もつかないため、どんな絵本でも対応できるように今度は伝えたい人に楽しんでもらえるように。
1週間が経って体育祭当日を迎えた。
蒸し蒸しとした気温は俺を萎えさせるには十分だ。
複数競技があり、100m走を終えた俺は借り物競走までに時間があった。話しておきたい人がいて、変な波を立てないように居場所を聞いて回る。
それは赤根さんだ。変な波というのは、俺が探しているというのがバレると付き合ってるなどとからかわれるのが目に見えているからだ。
騒がなさそうで赤根さんのことを知っていそうな人に目星をつけて聞いて回る。
しかし、誰も居場所を知らず、途方に暮れていたところに俺の幼馴染が視界にうつる。裏表のない正直な奴だ。人に“良い顔”をする前から知っていて、取り繕っていることを知っている。
「秋檎、赤根さん知らない?」
「聞く人間違えてるでしょ……」
赤根さんと面識がないと、わかった上で聞きいた。聞く当てがないからことと、もし赤根さんが読み聞かせに前向きだったらと思うと不安で少しばかり助けてほしいと思った。そんな俺の微量な変化を見抜かれる。
「ハレ、大丈夫?」
「うん!」
気づいてくれたということだけで気分を良くし、元気に返事した。
「愛しの渡邊さんによろしくー!」
「ちょっ!」
ちなみに渡邊さんは最近付き合いだした秋檎の彼女だ。
校庭を何周しても見つからずお手上げかと思ったとき、おずおずと話しかける女子2人に反応する。
「あ、あの!」
「赤根ちゃんなら図書室にいると思う、ます」
「まじ? ありがとう!」
後ろから、「た、多分! 多分だから!」と不確定要素を足していたが、誰に聞いても「知らない」と言われていた俺にとって藁にもすがりたい思いだ。
図書室は3階。昇降口で靴を脱ぎ捨て1段飛ばしで駆け上がる。靴下がひんやりと冷たい。
図書室の入口から姿勢良く本を読む赤根さんの姿が見えた。すかさず声をかける。
「赤根さん!」
「何?」
「桃田の絵本読むんですか?」
「……なぜ?」
「えっ。だって、桃田が言っていたから」
あの場に居合わせたから知っているはずだ。疑問に思う理由が分からない。
桃田は読むと言っていたから、あとは赤根さん次第だと考えた。俺には赤根さんが読み聞かせについてどう思ってるか、聞きたくてこんなに探していたのだ。
「確かに桃田くん言ってたわね」
淡々と答える赤根さんが何を考えているのか、さっぱり分からず俺の言いたいことをそのまま伝える。
「赤根さん、断ってくれませんか……多分嫌われたし、もうダメかもしれないけど……桃田の絵本は俺が読みたいから」
「どうして? 嫌われてるかもって思ってるのになんで読みたいと思うの?」
「それは……」
頑張ってる姿を知っているのは俺だから。努力が怖くて、失望されるんじゃないかって思った。でもそれは、俺が桃田を信頼してないことだと気付かされて。桃田はそんなこと言わないのに。もう一度チャンスが欲しい。
そして、何よりも好きだから。隣にいたいんだ。
長い沈黙に、目を細められ小さく口角を上げた赤根さんが口を開く。
「ま、いいわ。わかってるみたいだし。でもハレくんて嫌われることを怖がる人だったのね」
「え?」
「失礼だけど、あなたの表情って誰と話していても碌に変わらないから。いろんな人にいい顔してる印象しかないわ」
はっきりと言葉にする赤根さんに苦笑する。怒りなどは不思議と湧かなかった。むしろ、少し嬉しささえ感じた。
「初めて話したけど、俺のこと見てたんだな」
「なっ! 勘違いしないでよね? あなたはついでよ!」
「ほぉ。じゃあ、誰を見てるんだか」
周りのいる人の名前を指を折り曲げて挙げていく。「白瀬さん?」と、言ったときにピクリと反応を示した赤根さんにニンマリとした。
白瀬さんは、秋檎の彼女、渡邊さんの幼馴染だ。横つながりで話したことはあった。高嶺の花という第1印象だったが、話してみると人前では明るいけど多分無理してると分かってしまった。それからは性格が俺と似ているという印象だ。
――なるほど、白瀬さんねぇ。
徐々に口角を上げる俺に赤根さんは声を張り上げる。
「やめなさいっ‼︎」
「あっはは! 分かりやすくていいね」
「なっ! どっちがよ‼︎」
――どっちが?
わかってるってそういうことか? と、思考して思わず顔を上げる。
「……あんたたちバカね。私は桃田くんの絵本を読む気はないわ」
困り顔をしながら言う赤根さんにバカと言われたことは気にも留めず、ただホッとした。
――読む気がないだけで、桃田が無理やり頼むかもしれないけど。
不安な感情が顔に出ていたのだろうか。俺がそんなヘマをするわけがないのに、まるでわかったかのように言われる。
「桃田くんはハレくんがやってくれるって信じてるわよ。……桃田くんから聞いたことあるかは知らないけど、中学同じよ」
「赤根さんと桃田が? 聞いたけど?」
「あーあ。気づいてないのね」
気づいてない? 知ってるのに知らない話のようで素直に問う。
「どういうこと?」
「わたしと桃田くんもそうだけど……やっぱやめた。他人に首突っ込むのめんどくさいわ」
「そこまで言っといてそれはないよ!」
「ここまでヒント言って気付けないほうが悪いのよ」
「なんだよ、それ」
唇を尖らせても、それ以上は言ってくれない。
「楽しみにしてる。桃田くんの絵本も、あなたの読み聞かせも」
「……ありがと」
ふいと視線をやると、今日は皆が体操着ているというのに赤根さんは涼しい顔して制服を着ているのだ。
「ところで……体操着忘れたの?」
「あら。真面目ね」
なるほど、元より参加する気がなかったのか。とその時初めて気がついた。
そういえばリレーの予行練習があり、そのとき別のクラスのリレーメンバーに白瀬さんがいるのを思い出す。
「……白瀬さん、リレーメンバーだよ」
「そういうのは早くいいなさいよ」
不機嫌になる赤根さんに「本人に聞かないのが悪いんだ」と、微笑しながら言い残して図書室を後にした。
借り物競走が始まる前、桃田の姿がクラスの待機テントの後ろにいる姿は目に入った。
——桃田に話したいことあるけど、あんな目立ち方されたら無理だなぁ。
クラスに馴染めていない桃田をチラチラと合法的に見れる良いチャンスなのだろう。
——まぁ、あの身長の高さに加えてイケメンだもんな。
授業中、寝てることが多い桃田の顔がよく見えて嬉しそうな女子たち。
——そんなに見るくらいなら話しかけに行けば良いのに。
心の底がモヤっとする。
なんだ? 俺、今桃田が女子たちに話しかけられることを想像したのか? それを嫌だと思った。
――好きってめんどくさ〜〜!
桃田がクラスメイトと話すことは悪いことじゃないのに、話せてるだけで優越感を感じるほどに焦ってるということか。
出番が近くなる。俺の頭の中には、どうやったら桃田と話せるかということしかなく、競技につおては思考の1割も割いていなかった。
借り物競走という、いかにも盛り上がりそうな競技だが、うちの学校では1番つまらないで有名だ。お題がいつも面白くないと言われ続けていた。単純に学校側が許可できないお題が多いから変われない。好きな人とか、かわいい人とか……。その類のお題が全くない。
だらけた空気は、観覧席にまで伝わって応援する人などほとんどいない。
「よーい、どん!」
本気で走る気もない俺は、だらだらとお題の書かれた紙の前まで行き1枚適当に取った。
——うわぁ……まじか。
思わずため息をつく。紙に書かれている文、それは《一発芸をして、連れてきた人を笑わせる》ということだ。
どうしたものかと、コースの真ん中で悩んでいると、あることを思いついた。
俺が自然と笑みを浮かべているのがバレ、桃田は顔を引き攣らせる。
「桃田きて」
「……嫌すぎる」
テントの下で休んでいたクラスメイトがザワザワと話し出す。「桃田とハレくん?」「なんでなんで」「お題、自分より背が長い人とかじゃない?」思い思いに言われたそれらを無視する。
――なんか息がしやすいな。
いつもは気にする視線も言葉も無関心になれた。
そして俺は無理やり桃田の手を掴んで引っ張り出す。
「おい……!」
抵抗する桃田をよそに早歩きでコースに戻る。嫌がりながらもついてきてくれる。
――ちゃんと抵抗しないとダメだよ。
引っ張り前を向きながら、桃田に話しかけた。
「桃田サトルは絵本が好きか?」
「……なんでフルネーム」
「絵本は好き?」
「好き」
「俺の読み聞かせは?」
「……好き」
こんなに好きと言われても俺のことではないと、わかってる。でも、好きな人が好きなモノを肯定していることが嬉しくて、ずっと聞いていたい。
——良かった。教室での出来事で嫌いになるなんてことなくて。
後ろで「何の話だよ!」と騒がれても、なんだか心の中のジメジメが減っていく感覚がある。
――なんだろうな。恋も部活も頑張りたいなんて思う日って来るんだな。
俺の“頑張る”イコール恋や部活と桃田が合わさることでようやく成立する方程式は、頑張る先の解がある気がする。
手を繋いだまま、ゴールをすると桃田は繫いでない方の手で顔を隠していた。その隙間から赤らんだ頬と耳が覗く。
――なんで……?
そこで触れるのを嫌がるほど俺を嫌いだったことを思い出させた。
――忘れてた。
桃田は部員として俺を気にかけていただけで、俺自身は好きじゃないんだよな。
――自惚れるな……。
マイクを持った学生にお題を手渡す。ゴール後にお題を達成できたか否かも重要で、達成できなかったらもう一周だ。
「さぁ、お題を達成できるのでしょうか!」
俺が今するべきことは、読み聞かせを俺にやらせてもらうこと。それに注力するんだ。
小さく震えながら息を吐く。そして桃田に向かい合って“おおかみさん”を憑依させた。
「『がおー!!』」
感嘆符の後にほんの少しの間を置いて、イラストで表現されている狼の表情から読み取れるように感情を込め過ぎないようにした。
これが絵本の一部であることは俺と桃田しか分からないだろう。
そんな中、目を丸くして驚く桃田。そんな桃田にしてやったりなんて思った。
「……ふっ……」
桃田が初めは堪えるように笑い、次第に声を上げて爆笑する。
「あっははは!!」
校庭にいた全員が桃田に目を奪われたことだろう。顔の整ったいつもはクールな桃田が、笑った貴重な場面に。
審判の学生も自分の役割を忘れたのかただ呆然としていたが、俺が視線を送ると「これは、大成功ですね」と力の抜けた声で言った。
「良くなったか?」
笑う桃田に近づく。「あぁ……めっちゃいい」と、笑いを堪えながら言われる。
桃田の笑いは、からかいとかではない。驚きからこみ上げた笑いだろう。
でも、もっと褒められたいし喜んでほしいな。
「俺、もっと頑張るから読み聞かせ、やらせて?」
「いいのか?」
「俺がやるって言ったんだ。桃田が気にすることか?」
全部疑問で終わった会話に口角を片方だけ上げて目を細くした。意地悪な顔をして見せた俺に、桃田は口を開けて声を出して笑う。
「ははっ!」
「何だよ!」
「いや? さっくんに頼んで良かったなって」
頼んで良かったという言葉が、コソ練や悩んだ時間の何よりの救いだった。
「俺もう、好きなものも……好きな人も諦めたくないんだ」
桃田の動きが止まる。
「ど、どうした?」
「いや……俺もそう思うよ」
――俺も? どっちのことだ?
好きなものについてか? それに関しては桃田は諦める様子なかっただろ。
じゃあ、好きな人?
心がザワザワする。
――刺さるなぁ……。
俺は話題をそらしたくて、赤根さんの話を持ち出す。
「そういえば、赤根さん図書室いたよ」
「探してたらしいな」
桃田はふいと視線をそらされ、唇をツンと突き出す。
桃田の耳にも入ってたのか。まぁいい、と無視をすると1段と不機嫌そうに、ため息ひとつされる。
「部室に行けばよかった」
「テントにずっといるから意外だったよ」
「見てみようと思って」
「なんで?」
「さっくんの……なんでもない」
「今日そんなのばっかだ……」
言いかけた言葉を止める桃田に深入りするのはやめた。多分言ってくれない。ダメ元で、紙に書いてあった内容も聞いてみることにする。
——桃田のことだから、もう教えてくれないんだろうな。
「桃田ー、部室に行ったら教えてくれるってのはー?」
「教えるわけねーだろ。部室きた時、言われてないねーし。もう期限切れ」
「ですよねー……」
天を仰ぐと、雲1つない晴れの空が降り注いだ。
読み聞かせはよかった。けど、恋は難しい。なんというか、部活と恋が両立する気がしない。どちらかに重心が傾けばどちらかが転ぶ感じがしてたまらないんだ。
その理由は、俺の“好き”の原動力がすべて桃田だからだろう。
ここからどうしていくべきか、途方に暮れるのだった。


