嘘寝は猫にバレる

 放課後の文芸部は静かな時間が減った。桃田がよくしゃべるようになったというのが大きい。
 絵本を描くことは続行中だ。
 最近は、絵を描いたり文章を考えたりしているらしいが、順調とは言い難いほどに唸り声が聞こえることもある。
 言葉にされない以上何に困っているのかは分からないし、俺からも聞かない。
 ただ絵を描くことは苦手ではないらしい。
 俺は、放置された桃田が絵を描いた紙を集めるフリして横目に見る。多分、隠れるような見方をしなくても桃田は何も言わないのは分かっている。
 だが、以前よりもそっけない態度をとってしまうのだ。そのくせに、気になってしまう自分に、もはや器用ささえも感じ始めていた。

「絵本って、どうやって作るんだよ……」
「さぁ? 調べれば?」

 勧めた張本人である俺は、突き放すような返事しかしない。桃田以外の人にはこんな冷たくしないどころか愛想良く振る舞えるのに……。胸がムズムズする。
——ダメじゃないはずなのに、なんか……やだ。
 右も左も分からない桃田は取り合えず、スマホで調べているようだ。桃田の座る目の前の席でスマホゲームを開く。
——廃部にしたくなかったのは、ここが心地よかったからだよな……なのに、全然心地よさを感じない。
 桃田とずっと同じ空間に心が落ち着かない。
 まぁ、廃部にしないためにあそこまでした自分を理解できないでいるが、俺自身の行動力に驚かされただけで、いつかこの落ち着きのなさも収まるはずだ。一旦はそう思うことにすることで、なんとか落ち着きを取り戻す。
 ふいとゲーム画面に戻るも『クリティカルヒット』と書かれた文字と共に俺の操作していたキャラは弓で貫かれていた。
 俺を射抜いた対戦相手は、涼しい顔してる。
 上の空で片手間にやっていたゲームだったものの、負けは負けで面白くなくなりスマホを閉じた。
 暇になり肘を机についてボーッと、桃田の様子を眺める。
 切れ長の二重に、スッとした鼻筋は女子が黙っていないくらい美形な顔立ちだ。それでも、態度と口調の悪さが人の寄りつかせず、根拠のない噂がそれに拍車をかけている。皆は、かっこいいより怖いという感情が先に来てしまうらしいから話しかけない。
——もったいない。
 こんなにかっこいいのに、と思う自分と俺だけが知っている桃田に浮かれている自分がせめぎ合う。
——知られたって別にいいだろ。
 クラスの皆が知らない桃田の別の顔を俺だけが知っているという優越感など、なくていいものを持ってしまったのかもしれない。

「……目標を決めてみるか」

 桃田のつぶやく声に耳を傾けながら、手持ち無沙汰になった俺が次に開いたのはSNS。特にこれと言って目的はなく適当に眺める中に時々長れてくる漫画の広告は何気に読んでしまう。
 流し目でスワイプしていたその中の一コマに目に留まった。
 高校生同士の恋愛の漫画だ。普段は読んでもバトル漫画ばかりで広告も同じ系統が表示される。しかし今日は違った。制服を着た男子が壁に手をついて、男子と主人公と思われる女子を壁の間で挟んで向かい合っている。
——これ、桃田にされたやつだ。
 廊下での出来事を思い返してしまい、ドキッとする。指が勝手にスワイプした次のページは、俺を戸惑わせた。
 女子の方が『ドキドキする』と、心の声を表している一コマはまるで俺が感じたものと同じだったのだ。俺を戸惑わせたのはこれだけではない。女子が恋を自覚したことを口にするシーンが大きく映し出される。
——恋?
 ありえない。確かに似たような状況にはなったし、ドキドキもしたけど、まともに話したことなどない桃田に対して好きだとか思うはずがない。
 振り切るように首を振ると、胸がズキリと痛みを感じた。
——ん……? なんだ? まぁいいか。
 すると、桃田の独り言の声量が上がる。

「絵本のコンテスト……!」

——まぁ、そうなるよな。
 正直コンテストか文化祭くらいしかないと思っていたからだ。運動部でよくある総体のような大会がないだろうという予想もしていた。調べずとも頭には浮かぶ案を言わなかったのは、自分がどうしたいのか理解できないから。
 でも、あの言い方は良くなかったと反省する。幸い桃田は気にしていなかったようだったと、安堵した。
——いや、だから、桃田にはどう思われてもいいんだって……たとえ嫌われたって……
 俺が絵本とは全く別のことで思考を巡らせていると、桃田は思わぬとこに目をつけていた。

「よし。決めた。部活動の活動発表会にしよー」

 ひと言も口にしていなかったそれは、年度の最後にある各部活動が全校集会で一年の活動記録を発表するというものだった。今まで文芸部の発表は一分もしていなかった記憶を思い返す。大方、活動発表会で「絵本を作りました」という事実が欲しいとかそんなところだろう。
 
「いいんじゃない?」

 そっけなく返事すると、返って来た言葉が俺を取り乱させられる。

「他人事じゃないよ。俺が絵本作って、さっくんが読み聞かせするんだから」

 あたかも当然のような口ぶりをされ、口調が強くなる。

「は? 自分で読めばいいだろ?」
「俺は自分で作った絵本を自分以外に読み聞かせてもらいてーんだよ」
「はぁ?」
「……母さんが読んでくれたんだ。それがすげー好きだった。それと同時に自分で作った絵本を読んでもらうってすごい幸せなんじゃね? って思ったんだ」

 幸せそうに語る桃田は見た目ほど、やさぐれていないのかと考える。

「じゃあ母さんに読んでもらえ」
「……俺はさっくんがいいんだよ」

——意味、わかんない。
 俺にこだわる理由とわざわざ読み聞かせまでする意味がわからない。

「俺が関わるとしても裏方専門で……」
「嫌だ?」
「嫌……というか……」

 言葉を詰まらせる。
 「センスがある」と言った桃田の期待から外れるのではないかと考えたその結果、今の精一杯の答えをため息混じりに放つ。

「考えさせてくれ」

 部活の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。この教室の鍵を握る桃田が鍵を閉め終わるのを待つのが自然と思えるほど、一緒にいるのが嫌ではない。
——だけど、なんでさっきは息苦しかったのだろうか。
 首を傾け悩みながら、ふと桃田に対する色んな疑問が浮かんできた一つを口にする。

「桃田ってどうして教室であんな感じなの?」

 鍵を閉め終えた桃田が振り返り、答える。

「知らね。勝手に避けられてるだけだわ。てか俺のことさっくんって呼ぶんじゃねーのか?」

 無理やり話の流れの舵を切られた気がした。

「バカ。本当に言えるわけないだろ」
「残念。仲の良さ見せつけられるのにな」
「はっ⁉︎ 冗談はやめろよ」
「冗談だと思ってろ」


 桃田と学校の最寄駅からも同じ方向らしい。俺は桃田にスマホの画面が見えないようにしながら、乗り込んだ電車内で指は勝手に『読み聞かせ やり方』と調べていた。
——感情をあまり込めない?
 それなら俺にもできる。
 センスがあるとかセンスがないとか、努力してもどうせ変わらないと言われてしまうのはもうごめんだ。

 そう思ったのが落とし穴だった。
 感情を込めないと言えど、ただ感情を全く込めないわけにもいかないと気付かされることになる。



 目標を立てた日を皮切りにすでに描きたい題材は決まっているらしい桃田は二時間ある部活の時間、全て部室にいるわけではなくなった。
 外に出て資料を撮影してくると教室を留守にする。元々この教室が以前は存在していた写真部の部室だったここには、カメラもいくつか残っていたので、それを持って行っているようだ。部室を空けている時間は日によって異なり、早くて三十分、長くて半分以上の時間を留守にしていた。
 その間が読み聞かせの練習ができる唯一の時間だ。
——別にやるとは言っていない。ただの気まぐれだ。
 俺は桃田が教室から抜けた隙を狙って、声に出して読んでみることにした。『おおかみくん と おはなさん』という題名の絵本を手に取る。
 全てひらがなで書かれていることから対象年齢はかなり低めだと推測できる。少し悩んだ後、読み聞かせをするみたいに誰もいない教室に絵本を向ける。そして、硬い表紙を捲り、感情を込めないということを意識して読む。

『おはなさん は きいろいです。』
『きらきら さいています。』
『すると おおかみくん は いいました。』
『「ぼく が たべちゃうぞ」』
『「がおー!」』
『おはなさん は あおに なりました。』

 まだ先にページはあったが、捲る手を止める。
 感情的な言い方をせず、おおかみの台詞を読むとなんだか、ただ棒読みしていると強く感じ違和感を覚える。
——うーん。
 わざと桃田のいない隙を狙って「やる」と返事していない読み聞かせをしたのは人前でするのが恥ずかしいからだ。それに、絵本は嫌いじゃないけど読み聞かせなんて初めてだ。聞いてもらってアドバイスをもらうべきかと頭によぎったが、それはダメだと、反射的に身体が拒否する。
——もし読み聞かせが楽しいと思って好きになったとして、また否定することになったら耐えられないから。
 もう好きなものは作りたくないのに、何やってんだ……。
 手に持っていた絵本を元の位置に戻す。
 また以前のようにスマホをいじるが、すぐに飽きて辞めてしまう。

 教室を見渡しても俺しかいない。桃田がいないここは広く感じ、なんだか落ち着かない。
——早く帰ってこないかな……
 ……
 ん?
 ……
 俺今なんて思った⁇

「いや、まさかな……」

 ここ数日、桃田が話しすぎていたせいで静かなのが久々なだけ。
 ただそれだけだ。