*
期待はしない方が良かった。
さっくんの好きな人は、俺じゃなかったから。
期待していたなんてダサすぎて今更言えない。
頑張る姿に俺のおかげかもと、心の奥底で優越感を感じてしまっていたのかもしれないと思い返す。
そのクセ、読み聞かせをやらないと言われたときか、読み聞かせに戻してほしいと言ったときか、“さっくんは変わり始めていた”と気がついたときにはもう遅かった。
俺の方が置いて行かれているみたいで、どうしたら、また読んでくれるか友達のいない俺にとって方法が分からなかった。
半ば無理矢理だった。
さっくんが嫌なのを分かっていながらも教室まで絵本を持って行って、結局いい結果にはなれなかった。
さっくんに自分自身を否定させ、俺自身との関わりも否定させた。
——俺には絵本しかないから。という言い訳が俺の中で巡って苦しかった。
発表の当日に壇上の袖で、さっくんが俺の方を見ずにまっすぐと壇上を見通した瞬間、頼っていたのは俺の方だと真実を突きつけられた。それゆえに、さっくんには最低な俺じゃない方がいいかもと思ってしまった。
——思いたくもないけど……一度でも頭をよぎると思考がその場で停止してしまい、次第に俺じゃなくてもいいんだと浸透していく。
絵本は好き。この世界で一番と言ってしまうほどに好き。
さっくんは、隣にいてほしい。
——本当は俺じゃないと嫌だ。
教室でさっくんはずっと俺に話しかけようとしてくれている。
さっくん以外の人とは話せるのに、さっくんに話しかけられたら顔も合わせられない。
——本当に俺で良いの……?
足が速くてよかったと、こんなところで実感しても嬉しくない。
部室には癖で行ってしまう。家に帰っても一人だからか、誰かが同じ空間にいる瞬間を一秒でも伸ばしたい。
——誰かが来る確証もないのに、本当は心のどこかでさっくんが俺のことを好きだと信じすぎているのかもしれない。
「部室に一人でいるのって……なんでこんな虚しく感じるんだよ」
半年は一人だったのに、突如感じる虚無感と期待感が否めなくて、気づいたときには、さっくんの居そうな場所を巡っていた。
まだ学校に残っていると思っていなくて、見つけたときは嬉しかった。
——もしかしたら、部室に来てくれるかもしれない。
そう思ったのも束の間。
さっくんが放った好きの言葉に胸が鳴る。
向けられた俺ではなくて、クラスメイト。
肩まで組んで距離が近くて……
——俺じゃなかった。ただの部員から動けなかったんだ。
もっと避けてしまいたくなった。
——誰かにこの“好き”を否定されたい。
そうすれば楽になれる。
そのはずなのに、諦めたくないと思う自分がうざったい。
『桃田、何考えてるの?』
——俺、何考えてんだろうな。
俺の好きなモノだったはずなのに、いつの間にかさっくんがいないと突然崩れ始めてしまうモノになっていた。
——こんな感情は初めてで、解決の糸口が見当たらない。
さっくんはまっすぐな俺が好きなんだと思ってた。
でも今の俺は、さっくんがいないとダメダメでどこかで俺の“まっすぐ”が折れている気がする。
もしかしたら、さっくんにはバレていたのかもしれない。
だから、俺ではない人に告白していたのか。
——どうすればいい? こんなときに嫌われたくないって思うなんて虫が良すぎる。
目線も合わせずに言葉を放つ。
「何も、考えてない」
「……え?」
自分で言っておいて矛盾と嘘ばかりで、苦しい。
「そんなわけないだろ?」
目の前の席でさっくんが笑う。
——なんで?
笑う要素なんてひとつもない。
——もしかして揶揄われた?
「あ、笑って悪かった。桃田は意味もなく避けるとかやらないだろ……わかりやすい嘘つくな」
なんか前にも同じことをしてしまっていると思い出す。
——そうだ。中学のこと話したときだ。
その時とは状況が違うけど、やっぱりさっくんにはバレてしまうんだ。
——だって、さっくんは俺と向き合ってくれていたから。
バレるなんて当然だ。
それでも嘘をついたのは、常にこっちを見てくれているさっくんにもっと……もう一回、見て欲しいと思ってしまったからか?
——子供っぽ……
俺の中で感情と感情がぶつかり合って悲鳴を上げる。
——どうすればいいのか、わからない。
俺がまた黙り込むと、さっくんは首を少し傾け顔を覗き込まれた。
「おねがい。話して欲しい」
俺の言葉……
——言ってもいいってことだよな。
さっくんには敵わないと胸の内を声で話すことにした。
思っていたこと、すべてを曝け出す。
さっくんに迷惑をかけてしまっていたこと。
さっくんが頑張るのが、俺が頑張っていたからかと思っていたこと。
正直、めっちゃダサいと思う。それでも、さっくんは相槌を打って聞いてくれていた。
一通り話したところで、さっくんが俺の目をまっすぐと見透かすように見る。
「桃田は、俺に嫌われるのが怖い?」
「……うん」
いつの間にか、俺の中にいないといけない人ができてしまったこと、それがなくなるかもしれないというのが一番不安だ。
感情がぐちゃぐちゃになる。
「それに……俺の“好き”がさっくん一人の行動で簡単に崩れてしまうくらいで……自分の絵本への覚悟がその程度だったと、気付かされて……」
必死に下手くそな言葉を繋ぎ合わせる。
俺の前でまた、さっくんがにんまりと笑う。
今回は、笑いを溢れるのを抑えようとしている感じ取ったが、顔にしっかりと出ていた。
「俺のこと大好きってことじゃん?」
——大好きだよ。
でも、それが引っかかりになってる。
……
引っかかりになって、何もできなくなって……俺は…………
ぷつりと糸が切れる音がした。
棚に置いておいた絵本をすべて取り出す。
「桃田?」
さっくんが好きなのはやめることはできない。じゃあ、付随する不安も恐怖もなくして仕舞えば……
好きなモノがなくなればいいんだ。
ベルトもピアスも外していく。
——嫌だ……。好きなモノを否定している。でも……
呼吸が浅くなって奥歯を噛み締める。
もうブレーキはかけられなかった。
「こんなの知らない……! 絵本なんて! さっくんなんて……」
「桃田‼︎」
手首を掴まれ、振り上げた腕を阻止される。
すぐにその手を離され、俺の勢いは失速し腕の力が抜けた。
さっくんが、俺の手をギュッと握る。その手を握り返すことはできなかったけど、嬉しさが溢れジワリと耳の後ろが熱い。
「桃田、前に聞いたこともう一回聞くぞ」
「なんだ、よ……」
——どれのこと?
「どうして教室であんな感じなの?」
——勝手に避けられるから。
でも、きっかけを作ったのは俺。
絵本が好きであると、言えないのが情けなかった中学生は図書室で籠って読み漁って、誰にも邪魔されなくて安心できた。
好きを貫けるなら殻にこもってでもする。
「桃田。考えてるんでしょ? 全部話してよ」
「無理やり話せって?」
言った言葉に後悔した。
「聞きたいよ。無理矢理にでも」
少し震えた声に、傷つけたと、一層苦しい。
それでも、さっくんは俺のことをジッと見つめて来る。
高校に入ってもそれは変わらなくて、しばらく経った頃に、自分の髪の毛を染めて、好きなブランドのベルトとアクセサリーを身につけた。派手になったおかげで、周りから話しかけられることはなく絵本も読める。一石二鳥とまで思った。
——それなのに……そうはいかなくなった。
「避けられれば、人目を気にしなくてもいいから。笑われるくらいなら、嫌われる方がマシだ」
「そっか」
「でももういらないんだ。好きだと思っていても、すぐに折れてしまう心の弱い奴だから」
「そんなことない。好きなモノをこだわれるすごい人だよ。俺が見てたんだから保証する」
——……あ。
コトンと胸の奥で落ちる音がする。
近くにあることほど気付けないのはなぜだろうか。
俺もそうだったのに。さっくんのこと一番近くで見てたんだ。だから読み聞かせをやりたいと思っていることが分かった。
それはもう当たり前に、疑いもしなかったけど、きっと、さっくんもあの時不安や恐怖と戦っていたのかもしれない。
——好きだからこそ。
さっくんが肩で大きく息を吐く。
こんなダサいこと言って、もしかして……
——嫌われた?
俺はキュッと小さく握り返す。
「なぁ桃田、俺らしい読み聞かせすればいいって言ってくれただろ?」
「お、おう」
「好きなものが同じでも違ってもいいって、桃田が言ったんだぞ? 好きなモノをどういう形にしても好きでいられるんだったら、いいじゃん。好きなモノを笑われるのも怖かったし『違う』って言われるのも怖かった。けど、俺は桃田に言われて自分らしい“好き”でいることができた。それに、桃田もそうでしょ? ていうか、そうだから言ったんでしょ?」
「わからねぇ、なんか口から出てたから」
「桃田らしいね」
すると、絵本を一冊机に置かれた。
俺が描いた絵本だ。
「たさきももを意識しているようで、まったくの別物だった。絵柄とかはもちろん使ってる画材が違うのはある」
「うん」
「だけど、たさきももさんのは、色がジワッと滲んでるみたいな描き方が暖かくて。桃田のは輪郭がくっきりと形どられて力強くて背中を押されてる感覚があった」
「うん」
「好きなものは同じだけど、こだわりが違うってこういうことじゃないのか? 実際の絵柄とか言い出したらキリがないけど、伝えたい思いが違うからこだわりがある。それは俺がいてもいなくても桃田は見つけ出していたはずだよ」
「うん。うん……」
「だから、もう否定しないで」
俺は自分で言った言葉を噛み締めるように繰り返し頷いた。
——さっくんに言われただけで言葉の意味がスッと入ってくる。
自分の近くにあるモノは見落としがちで、それを拾ってくれる人がいるってどんなに幸せなことなのだろうか。
口にしたらひとつひとつが砕かれて心が軽くなる。
しかし未だに解消しきれない。
俺が好きでいることを諦められなくても、さっくんの好きな人は俺ではない。
——否定するなと言われても、諦めるには方法がない。部員としてさっくんといるにはあと一年もないから、その後も一緒にいれることはできない?
俺はさっくんの指に自分の指を絡ませる。
今はいいけど、この先は……
俺はまた何も言えなくなって、たださっくんの手を握り続けた。
期待はしない方が良かった。
さっくんの好きな人は、俺じゃなかったから。
期待していたなんてダサすぎて今更言えない。
頑張る姿に俺のおかげかもと、心の奥底で優越感を感じてしまっていたのかもしれないと思い返す。
そのクセ、読み聞かせをやらないと言われたときか、読み聞かせに戻してほしいと言ったときか、“さっくんは変わり始めていた”と気がついたときにはもう遅かった。
俺の方が置いて行かれているみたいで、どうしたら、また読んでくれるか友達のいない俺にとって方法が分からなかった。
半ば無理矢理だった。
さっくんが嫌なのを分かっていながらも教室まで絵本を持って行って、結局いい結果にはなれなかった。
さっくんに自分自身を否定させ、俺自身との関わりも否定させた。
——俺には絵本しかないから。という言い訳が俺の中で巡って苦しかった。
発表の当日に壇上の袖で、さっくんが俺の方を見ずにまっすぐと壇上を見通した瞬間、頼っていたのは俺の方だと真実を突きつけられた。それゆえに、さっくんには最低な俺じゃない方がいいかもと思ってしまった。
——思いたくもないけど……一度でも頭をよぎると思考がその場で停止してしまい、次第に俺じゃなくてもいいんだと浸透していく。
絵本は好き。この世界で一番と言ってしまうほどに好き。
さっくんは、隣にいてほしい。
——本当は俺じゃないと嫌だ。
教室でさっくんはずっと俺に話しかけようとしてくれている。
さっくん以外の人とは話せるのに、さっくんに話しかけられたら顔も合わせられない。
——本当に俺で良いの……?
足が速くてよかったと、こんなところで実感しても嬉しくない。
部室には癖で行ってしまう。家に帰っても一人だからか、誰かが同じ空間にいる瞬間を一秒でも伸ばしたい。
——誰かが来る確証もないのに、本当は心のどこかでさっくんが俺のことを好きだと信じすぎているのかもしれない。
「部室に一人でいるのって……なんでこんな虚しく感じるんだよ」
半年は一人だったのに、突如感じる虚無感と期待感が否めなくて、気づいたときには、さっくんの居そうな場所を巡っていた。
まだ学校に残っていると思っていなくて、見つけたときは嬉しかった。
——もしかしたら、部室に来てくれるかもしれない。
そう思ったのも束の間。
さっくんが放った好きの言葉に胸が鳴る。
向けられた俺ではなくて、クラスメイト。
肩まで組んで距離が近くて……
——俺じゃなかった。ただの部員から動けなかったんだ。
もっと避けてしまいたくなった。
——誰かにこの“好き”を否定されたい。
そうすれば楽になれる。
そのはずなのに、諦めたくないと思う自分がうざったい。
『桃田、何考えてるの?』
——俺、何考えてんだろうな。
俺の好きなモノだったはずなのに、いつの間にかさっくんがいないと突然崩れ始めてしまうモノになっていた。
——こんな感情は初めてで、解決の糸口が見当たらない。
さっくんはまっすぐな俺が好きなんだと思ってた。
でも今の俺は、さっくんがいないとダメダメでどこかで俺の“まっすぐ”が折れている気がする。
もしかしたら、さっくんにはバレていたのかもしれない。
だから、俺ではない人に告白していたのか。
——どうすればいい? こんなときに嫌われたくないって思うなんて虫が良すぎる。
目線も合わせずに言葉を放つ。
「何も、考えてない」
「……え?」
自分で言っておいて矛盾と嘘ばかりで、苦しい。
「そんなわけないだろ?」
目の前の席でさっくんが笑う。
——なんで?
笑う要素なんてひとつもない。
——もしかして揶揄われた?
「あ、笑って悪かった。桃田は意味もなく避けるとかやらないだろ……わかりやすい嘘つくな」
なんか前にも同じことをしてしまっていると思い出す。
——そうだ。中学のこと話したときだ。
その時とは状況が違うけど、やっぱりさっくんにはバレてしまうんだ。
——だって、さっくんは俺と向き合ってくれていたから。
バレるなんて当然だ。
それでも嘘をついたのは、常にこっちを見てくれているさっくんにもっと……もう一回、見て欲しいと思ってしまったからか?
——子供っぽ……
俺の中で感情と感情がぶつかり合って悲鳴を上げる。
——どうすればいいのか、わからない。
俺がまた黙り込むと、さっくんは首を少し傾け顔を覗き込まれた。
「おねがい。話して欲しい」
俺の言葉……
——言ってもいいってことだよな。
さっくんには敵わないと胸の内を声で話すことにした。
思っていたこと、すべてを曝け出す。
さっくんに迷惑をかけてしまっていたこと。
さっくんが頑張るのが、俺が頑張っていたからかと思っていたこと。
正直、めっちゃダサいと思う。それでも、さっくんは相槌を打って聞いてくれていた。
一通り話したところで、さっくんが俺の目をまっすぐと見透かすように見る。
「桃田は、俺に嫌われるのが怖い?」
「……うん」
いつの間にか、俺の中にいないといけない人ができてしまったこと、それがなくなるかもしれないというのが一番不安だ。
感情がぐちゃぐちゃになる。
「それに……俺の“好き”がさっくん一人の行動で簡単に崩れてしまうくらいで……自分の絵本への覚悟がその程度だったと、気付かされて……」
必死に下手くそな言葉を繋ぎ合わせる。
俺の前でまた、さっくんがにんまりと笑う。
今回は、笑いを溢れるのを抑えようとしている感じ取ったが、顔にしっかりと出ていた。
「俺のこと大好きってことじゃん?」
——大好きだよ。
でも、それが引っかかりになってる。
……
引っかかりになって、何もできなくなって……俺は…………
ぷつりと糸が切れる音がした。
棚に置いておいた絵本をすべて取り出す。
「桃田?」
さっくんが好きなのはやめることはできない。じゃあ、付随する不安も恐怖もなくして仕舞えば……
好きなモノがなくなればいいんだ。
ベルトもピアスも外していく。
——嫌だ……。好きなモノを否定している。でも……
呼吸が浅くなって奥歯を噛み締める。
もうブレーキはかけられなかった。
「こんなの知らない……! 絵本なんて! さっくんなんて……」
「桃田‼︎」
手首を掴まれ、振り上げた腕を阻止される。
すぐにその手を離され、俺の勢いは失速し腕の力が抜けた。
さっくんが、俺の手をギュッと握る。その手を握り返すことはできなかったけど、嬉しさが溢れジワリと耳の後ろが熱い。
「桃田、前に聞いたこともう一回聞くぞ」
「なんだ、よ……」
——どれのこと?
「どうして教室であんな感じなの?」
——勝手に避けられるから。
でも、きっかけを作ったのは俺。
絵本が好きであると、言えないのが情けなかった中学生は図書室で籠って読み漁って、誰にも邪魔されなくて安心できた。
好きを貫けるなら殻にこもってでもする。
「桃田。考えてるんでしょ? 全部話してよ」
「無理やり話せって?」
言った言葉に後悔した。
「聞きたいよ。無理矢理にでも」
少し震えた声に、傷つけたと、一層苦しい。
それでも、さっくんは俺のことをジッと見つめて来る。
高校に入ってもそれは変わらなくて、しばらく経った頃に、自分の髪の毛を染めて、好きなブランドのベルトとアクセサリーを身につけた。派手になったおかげで、周りから話しかけられることはなく絵本も読める。一石二鳥とまで思った。
——それなのに……そうはいかなくなった。
「避けられれば、人目を気にしなくてもいいから。笑われるくらいなら、嫌われる方がマシだ」
「そっか」
「でももういらないんだ。好きだと思っていても、すぐに折れてしまう心の弱い奴だから」
「そんなことない。好きなモノをこだわれるすごい人だよ。俺が見てたんだから保証する」
——……あ。
コトンと胸の奥で落ちる音がする。
近くにあることほど気付けないのはなぜだろうか。
俺もそうだったのに。さっくんのこと一番近くで見てたんだ。だから読み聞かせをやりたいと思っていることが分かった。
それはもう当たり前に、疑いもしなかったけど、きっと、さっくんもあの時不安や恐怖と戦っていたのかもしれない。
——好きだからこそ。
さっくんが肩で大きく息を吐く。
こんなダサいこと言って、もしかして……
——嫌われた?
俺はキュッと小さく握り返す。
「なぁ桃田、俺らしい読み聞かせすればいいって言ってくれただろ?」
「お、おう」
「好きなものが同じでも違ってもいいって、桃田が言ったんだぞ? 好きなモノをどういう形にしても好きでいられるんだったら、いいじゃん。好きなモノを笑われるのも怖かったし『違う』って言われるのも怖かった。けど、俺は桃田に言われて自分らしい“好き”でいることができた。それに、桃田もそうでしょ? ていうか、そうだから言ったんでしょ?」
「わからねぇ、なんか口から出てたから」
「桃田らしいね」
すると、絵本を一冊机に置かれた。
俺が描いた絵本だ。
「たさきももを意識しているようで、まったくの別物だった。絵柄とかはもちろん使ってる画材が違うのはある」
「うん」
「だけど、たさきももさんのは、色がジワッと滲んでるみたいな描き方が暖かくて。桃田のは輪郭がくっきりと形どられて力強くて背中を押されてる感覚があった」
「うん」
「好きなものは同じだけど、こだわりが違うってこういうことじゃないのか? 実際の絵柄とか言い出したらキリがないけど、伝えたい思いが違うからこだわりがある。それは俺がいてもいなくても桃田は見つけ出していたはずだよ」
「うん。うん……」
「だから、もう否定しないで」
俺は自分で言った言葉を噛み締めるように繰り返し頷いた。
——さっくんに言われただけで言葉の意味がスッと入ってくる。
自分の近くにあるモノは見落としがちで、それを拾ってくれる人がいるってどんなに幸せなことなのだろうか。
口にしたらひとつひとつが砕かれて心が軽くなる。
しかし未だに解消しきれない。
俺が好きでいることを諦められなくても、さっくんの好きな人は俺ではない。
——否定するなと言われても、諦めるには方法がない。部員としてさっくんといるにはあと一年もないから、その後も一緒にいれることはできない?
俺はさっくんの指に自分の指を絡ませる。
今はいいけど、この先は……
俺はまた何も言えなくなって、たださっくんの手を握り続けた。



