嘘寝は猫にバレる



「泣いていいぞ?」
「……っ泣くかよ!」

 俺たちは校舎の裏で、腰を下ろした。
 桃田はお昼を食べる気で声をかけてきていたこともあり、お弁当があるが、俺は教室に置いてきてしまった。
 正直いろんなことが一気にあり、お腹は空いていない。

「はい」
「何?」
「卵焼き」
「うん。わかってるよ」

 箸でつままれた卵焼きは、若干焦げ目がついており、ふわりとごま油の香りがする。

「食え」
「いらない」

 お姫様抱っこを解かれたことで物理的な距離があるのが、なんとも寂しい。
 俺から”好き”と言わないことを宣言したのに、気持ちはすでに揺らいでいた。
 伝えたら、また抱きしめてくれないか……
——なんて、口が裂けても言えないな。
 思わず桃田の肩に体重を乗せた。
——ドキドキがうるさい。

「さっくん……ほんとに…………俺のこと試してる?」
「そんなわけないでしょ」

——そんなわけ、ある。
 桃田に卵焼きで、俺の口を塞がれる。

「俺の手作り卵焼き、いらないの?」

 優しい口調に甘えたくなる。
 桃田、料理できるんだ。はじめて知った事実が嬉しい。

「……ありがと」

 一口で頬張る。
——おいしい。
 家では出てこない、ちょっとしょっぱい卵焼き。
 好きだな。

「桃田とどこか行ってしまいたい」
「じゃ、午後サボるか」
「いやいや! だめだよ‼︎ 比喩表現!」
「猫かぶり」

 猫は被ってるけど、もうそれも無駄だと思う。
 クラスメイトは俺のことより、父のことばかりだろうから、どんなに冷たくしても愛想良くしても話しかけてくるだろう。
 それに、桃田のことだって、俺が否定したから多分もう大丈夫だ。
――もう皆の前でも話せるし、桃田が嫌煙されることもないんじゃないか?

「桃田と一緒にいれればいいから、教室だっていいんだよ!」

——嘘。ほんとは2人きりがいい。
 俺は、言葉に反してプクッと頬を膨らませた。

「あー! ほんと……我慢できねぇからやめてくれ」

 桃田に顔を覗かれる。

「2人になりたい」
「今そうじゃん」
「さっくん……いいんだ? へー。ふーん」

 じゃあ行くか、と立ち上がる桃田はいつの間にかお弁当を片していた。
 俺が狼狽えていると、さっさと教室へ戻って行ってしまう。
 その背中を追えず、ただ眺めることしかできない。
 寂しい。寂しいけどこれでいいんだ。
——”もっと”は、付き合ってから。
 この幸せが続けば、もちろん幸せ。今みたいなのが日常になれるのかな、とふわふわする気持ちが湧く。だけど、部活も頑張らないといけない。
——器用になれればいいのに。
 猫を被っても2年も続かないし……部活と恋をどっちかしか考えられないし……今日だってサボったら部活ができなってしまうんだ。俺のわがままに桃田を巻き込むわけにはいかない。
 自分の不器用さに呆れ、さっきまで桃田がいた方へ寝転がる。

「おい。何やってんだ」

 首だけ起こす。と、そこには桃田がいた。
 それも自分の荷物と、俺の荷物を手にしている。

「こっちの台詞だよ。何持ってきてんの?」
「行くって言っただろ」
「……なにそれ」

 最悪だ。せっかく決心をしたのに、そうやって俺のことを壊してくるところ、世界で一番嫌いで……一番好き。
——あぁ…… 甘えたくなる。
 俺は身体を起こし、スクールバッグを受け取った。

「どうせ、今日の部活できなくなったら桃田に迷惑かけるとか思ってたんだろ?」

——なんでバレてんの!

「別に、思って……なくはない」
「真面目」
「うるさい」

 「ま、どっか行こーぜ」と、正門へ向かい始めた桃田の後を追った。



 電車に揺られて到着した場所は、とある絵本のコラボカフェだった。

「来たかったんだよな。たまたまキャンセル取れてよかった」
「コラボカフェなんて初めて来た」

 桃田が最近は色んな作品がやっていると、教えてくれた。
 店内の装飾も絵本の世界が散りばめてある。カフェメニューも絵本の中に出てくるものを模して作られたものばかりだ。
 コラボしている絵本自体は、何度か目を通したことがあったため理解するのは早かった。
 メニューが運ばれてくるなり、スマホに写真を収める桃田に、本当に絵本が好きなんだなと思う。

「この作品、いいよね」

 俺がこぼした言葉に、カメラを止める。

「うん。一番好きな絵本なんだ」

 一番好きなんて、俺に対しては好きとも言ってないのにと絵本に、嫉妬しそうになる。
 すると無意識に膨れた頬を笑われた。

「あはは! 何? 嫉妬?」
「……そう、だよ」

 なんか感情が全部表に出ている自分の感情に追いつけない。
——嫉妬しても、嫌がられないから。つい。

「俺も知ってる作品だし、好きな絵本だし……嫉妬しても桃田の絵本好きには叶わないのはわかってるから別にいいけどね」
「ありがと」
「なんで桃田がお礼言うの……」

 桃田は、長めに瞬きをしてから少し口角を上げた。

「……母さんの作品だからね」
「え?」

 だって、この作品の作者は『たさきもも』さん。確か数年前に病気になられたと、ニュースになっていた。

「名前、並び替えれば俺の苗字にもなるだろ?」
「ももたさき……」
「そ。母さんのこと知ってる?」
「昔に、その……ニュースで見たから」

 その後のことは、わからない。
 聞けない俺を察して、桃田がご飯を食べ進める間に話す。

「まだ入院してるんだ」
「そうなんだ」
「俺さ、家帰ってもひとりで、学校でもひとりだった。だからさっくんが来てくれたとき本当に嬉しかった」

——そんなの初耳だ。
 俺は静かに頷く。

「最初は人がいるだけで嬉しかったんだけど、それだけじゃない感情があることに気づいた。さっくんのことは中学のときから知っていたから勘違いだと思ったよ。教室では無理してるのに、俺の前だけ素を見せてくれてるみたいで。かわいいって考えるようになった。でも俺が話せるのなんて絵本のことしかなくって……」

 だから、突然絵本が好きかと聞いてきたのか。

「まさか絵本の質問に答えてくれるとは思わなかったよ」
「何も言わない方が変だろ」
「さっくんらしいね」

 桃田は、眉を八の字にしながら「さっくんの人たらし」と続けた。
 それに対し俺はそっぽを向き、唇を尖らせ「こういう性格だ」と言い返す。
 視界には、コラボカフェで楽しむファンの人たちが笑顔になっていた。好きなモノに囲まれる人たちが楽しそうにしている姿が、なんだか俺まで楽しさをもらっている気にさせる。

「なんか、いいな」
「よかった。初デートに失敗したら俺立ち直れない」

——もし失敗したとしても、俺のこと無理やり連れ回すつもりだっただろ!
 いや、全くそんなことなさそうに言った桃田は、俺の機嫌が治るのがわかっていたのかもしれない。

「さっくんまだ嫉妬してる?」
「まさか」

 お母さんの作品に嫉妬しても、勝てっこない。
 それなのに、”一番好き”という言葉を取られて、なんとなく心の奥はざわついていた。
 桃田は口元を抑えて「かわいい」と言う。

「もう、さっくんしか考えられないくらい好きだよ」

 ふわっと笑う桃田に胸がキュッとなった。
——気を抜いたら、抱きついて”好き”と言ってしまいそうだ。
 好きだ。大好きだ。
 口元を歪め、桃田に言ったら困るのをわかっている上で話す。

「待っててなんて言ったの俺なのに、言ってしまいたくなる。けど、桃田にちゃんと応えたいから、だから……」
「大丈夫。さっくんのそういう真面目で不器用なところも含めて好きだから」

 目を細め、歯を見せて笑われる。

——好きになった人が桃田で、俺は幸せ者だ。
 その夜、家の棚を漁り探したのは桃田のお母さん、『たさきもも』の絵本だ。

「あった」

 コラボしていたタイトルではなかったが、見つけた絵本を、俺は何周も何周も読んで眠りについた。