魔力ゼロの無能剣士、擬人化した聖剣少女に懐かれて魔法最強の世界を斬り開く

「あら、イクスさん」

 翌日……ダンジョンギルドを訪ねると、サナリーが笑顔を向けてくれた。
 気のせいか、笑顔が昨日よりも柔らかい気がした。

「おまちしていました。こちらをどうぞ」

 サナリーから小さなカードを受け取る。
 ダンジョンに入るための許可証だ。

「コレがあればダンジョンに入ることができるのですか?」

 ヒカリが隣から許可証を覗き込んできた。

「小さなカードですね。どこにでもありそうな紙で作られているように思えますね」
「ギルドの人の前でよくそんなことが言えるな」
「あっ……すみません」
「いえいえ、気にしていませんよ」

 サナリーは笑顔を返す。
 本当に気にしていないみたいだ。

「確かに、一見すると、なんてことのない普通のカードですからね。そう思われるのも仕方ないかと。ですが、本当はすごいカードなんですよ?」
「そうなのですか?」
「ダンジョンの入口は強固な門で閉ざされていますが、このカードをかざすだけで扉が開きます。いわゆる、オートロック機能ですね。さらに、偽造防止のための魔法も使われており、複製は不可能となっています。指紋で持ち主を認識することができるので、他人が持つことはできません」
「なるほど、とても優秀なのですね」

 ヒカリが感心すると、サナリーはちょっと得意そうにしていた。

「イクスさんはこれからダンジョンへ?」
「そのつもりだ」
「なにか聞きたいことがあれば説明しますが……あと、色々な情報も売っていますよ?」
「いや、大丈夫だ。今日は一層だけのつもりだからな。一通りの知識はあるし、足りない部分は実戦で学ぶことにする。深い階層へ行く時は世話になる」
「そうでしたか。余計な心配でしたね。では気をつけてくだ……」
「いたっ。見つけたぞ!」

 サナリーの言葉をかきけすように、大きな声が響いた。
 見ると、俺と同じくらいの若い男がいた。

 俺を睨みつけていて……
 一直線に歩いてくる。

「なんだ、おまえは?」
「俺はシャルアクの兄貴の弟子だ!」
「シャルアク? ……ああ、この前のキザな男のことか。それで?」
「てめえのせいで、兄貴は一ヶ月も入院することになったんだ。そのツケ、払ってもらうぞ」

 男は暗い表情を浮かべて、懐からナイフを取り出した。
 サナリーを始め、周囲の人々が小さな悲鳴をあげる。

「兄貴が負けるわけねえ……兄貴は最強の魔法使いなんだ! 魔力ゼロの剣士なんていう無能に負けるわけがない!」
「あれは、審判がいる正当な勝負だ。それなのに、俺の勝利にケチをつけるというのか?」
「黙れ! きっと、なにか卑怯な手を使ったに違いない! でなきゃ、兄貴が負けるわけがない! 許せねえ……俺が天誅を下してやる」
「聞く耳持たずか」

 慌てる必要はない。
 サナリーなり他の職員が魔法を使い、すぐに男を取り押さえてくれるだろう。

 ……なんて思っていたのだけど。

「どうして、サナリーは避難しているんだ?」

 サナリーはカウンターの奥に隠れてしまう。
 声だけが返ってくる。

「建物内は、冒険者同士のトラブル対策のために、魔法が使えない結界が展開されていまして……武器を持ち出されると、私たち一般職員はどうすることもできないんですよ。今時、まさか武器を持ち歩いている人がいるなんて……ははは……憲兵なら対処できると思うので、到着を待つしか……」

 なるほど、と納得した。
 それで、男はわざわざナイフなんて取り出して脅しているのか。
 普通に考えて、脅すなら魔法を使うはずだからな。

「仕方ないか」

 俺に責任がないとは言い切れない。
 ここは俺がなんとかすることにしよう。

「ヒカリ」
「はい」

 俺の意図を察して、ヒカリが剣に変化した。

「な、なんだ? 女の子が剣に……?」
「さて……やるか?」

 剣の切っ先を男に突きつけた。
 リーチは遥かにこちらが上。
 こうして脅せば、バカな真似はしないだろうと思っていたのだけど……

「くっ……イカサマ野郎に屈してたまるかよ! 俺はシャルアクの兄貴の仇をとるんだ!」

 男は激高してナイフで斬りかかってきた。

「ちっ」

 面倒な展開になった。

 正当防衛は成立するかもしれないが、殺してしまうと過剰防衛になりそうだ。
 武器を奪うことにしよう。

 剣の腹でナイフを叩き落とそうとするが……

「あっ、バカ!?」

 男が急に動きを変えたせいで、剣の軌道が変わってしまう。
 刃が一閃されて……

「は?」

 はたして、唖然とした声は男のものか。
 あるいは俺のものか。

 剣はナイフの刃を斬り飛ばした。
 ほとんど抵抗がない。
 まるで、バターを斬るみたいだった。

 普通に考えてありえない。
 いくら鋭い切れ味を持っていたとしても、鉄でできているナイフの刃を斬り飛ばすなんて……
 聖剣の名前は伊達じゃない、っていうことか?

「お、俺のナイフが……なんだよ、そ、その剣は……?」

 ありえない出来事を目の当たりにして、男は怯えていた。
 気持ちはよくわかる。
 あまりの切れ味に、俺もちょっと引いていた。

「そ、そうか! その剣だな? その剣を使ってイカサマをしたんだな!? 魔法剣とか、そういうヤツだろう! そうに違いない!」
(イチャモンをつけないでほしいですね。私の性能が高いことは認めますが、勝負に勝ったのは、純粋にマスターが強いからですよ。私の自慢のマスターが、あの程度の男に負けるわけないでしょう)

 頭の中でヒカリが反論するが、当然、男には聞こえない。

 男は、柄だけになったナイフをこちらに投げつけてきた。
 さらに突進して、組み付いてきた。

「こいつ……!?」
「その剣をよこせ!!!」

 ちっ、油断した!
 男に剣を奪われてしまう。
 剣を取り返すために、俺はすぐに行動を……

「ぐわっ!!!?」

 突然、男が床に沈んだ。
 剣が重すぎるという様子で、剣の下に埋もれている。

「なんだ、あれは……?」
(一種の防衛機能ですよ)

 念話でヒカリが説明してくれる。

(神具は選ばれた人でないと使うことはできません。そうでない人が手にしようとしても、無理ですね。その重さは何十倍にもなり、まともに持ち運ぶことさえできません)
(最初、ヒカリは店に飾られていたが?)
(あの時はまだ覚醒していなかったので、防衛機能も働いていなかったんです。ですが、起きた今なら……)

 男を押しつぶす剣が、くるりと勝手に回転した。
 ふわりと浮き上がり、一人で勝手に俺の手に戻ってきた。

(勝手にマスターのところへ戻るという機能も備わっています)
(……盗難対策は万全だな)

 驚きすぎて、そんなコメントしかできない。

(さて……マスター。念のために、この男を処理しておきましょう)
(おいおい、まさか殺すのか? それは面倒なことになるぞ?)
(いえ、そんなことはしません。男の心を断ちます)
(心を……?)
(この男を突き動かしている復讐心を斬るんです)
(そんなことができるのか?)
(はい、可能ですよ。私たち神具は、全てを斬ることができます。魔法だけではなくて、感情も斬ることができます。もっとも、それが私の力の全てというわけではなくて、まだ一端にすぎませんが……まあ、その話はまた今度にでも。今はあの男を)
(わかった。やってみる)

 俺は剣を構えて、じっと男を見つめた。
 すると、黒いモヤのようなものが男にまとわりついているのが見えた。
 これが男を突き動かす復讐心なのだろうか?

 剣を一閃。

 男を傷つけることなく、黒いモヤを切り払う。
 風に散らされるように、黒いモヤは消えてなくなった。

「あ、あれ? 俺はいったい、なにを……」

 男は憑き物が落ちたような顔をして、呆然として……
 やがて、涙を流し始めた。

「な、なんてことを……逆恨みをして、あんなことをするなんて……うぅ、すまない、すまない……!」

 どうやら成功したらしい。
 男は改心した様子で懺悔を繰り返して……
 その後、駆けつけてきた憲兵に連れて行かれた。

「……すごいな」

 改めて、聖剣の力を思い知る。
 ある程度の自律行動をして、魔法を斬るだけではなくて、人の感情も断ち切る。
 しかも、他にもまだ隠し玉があるらしい。

 とんでもない、という感想しか出てこない。

「イクスさん!」

 サナリーが俺の手を握る。
 その目はキラキラと輝いていた。
 さながら、英雄に憧れる子供のようだ。

「ありがとうございました! イクスさんのおかげで、私たちは怪我することなく助かりました!」
「まあ……俺が蒔いた種みたいなものだからな。俺が対処するのが当たり前だろう」
「今時、そんな風に考えることができるなんて……イクスさんは、とてもすばらしい人なんですね。腕が立つだけではなくて、しっかりとした心も持っているなんて……聖人? 素敵です、憧れてしまいます」
「いや、その……」

 サナリーは俺をおだてるわけではなくて、本気でそう言っている。

 だから困る。
 純粋に好意を向けられることなんて、一度もなかったから……
 どうしていいかわからない。

 助けを求めて、擬人化したヒカリを見るのだけど……

「むう……マスターが褒められることはうれしいことなのですが、なぜでしょうか? もやもやとして、複雑な気分ですね……これはどういうことでしょうか? むう」

 ヒカリは不機嫌そうな顔をして助けてくれない。

 その後……
 しばらくしてサナリーから解放されて、俺たちはダンジョンギルドを後にした。
 ヒカリの機嫌が悪く、あれこれとなだめることになったけれど……それは別の話だ。