魔力ゼロの無能剣士、擬人化した聖剣少女に懐かれて魔法最強の世界を斬り開く

 ダンジョンの入り口となっていた塔は、ドラゴンの出現で崩壊していた。
 瓦礫の山でダンジョンの入口が埋まってしまっている。

 それでも、よくよく注意してみれば、人一人分の通り道は残されていた。
 スリムな体型で、体を横にして歩かないといけないという制限がつくものの……
 時間をかければダンジョンに入ることができる。

 俺は一人、ダンジョンに入った。

 目的の人物はすぐに見つかる。
 一層に降りて、少し歩いたところに……アトリーがいた。

「あれ? イクス?」

 こちらに気がついて、アトリーは首を傾げた。

「どうしたんだい、こんなところで?」
「それは俺のセリフだ。ダンジョンは今、立ち入り禁止になっているんだぞ」
「すまない。どうしても調べておきたいことがあって……悪いが、見逃してくれないかな?」
「調べておきたいというのは、コイツのことか?」

 俺は漆黒の魔石がはめこまれた剣を取り出した。

「それは……!?」

 アトリーの顔色が変わる。

「見覚えがあるみたいだな」
「いつの間にそれを……?」
「さてね」
「まいったな……よりにもよって、イクスに見つかるなんて……面倒なことになりそうだ。どうだろう? このことは黙っておいてもらえないかな?」
「どうして?」
「わかるだろう? 僕がその剣を利用していたことが知られると、とても面倒なことになる。だから……ファイアーデトネーション!」

 話の途中でアトリーが魔法を放つ。
 不意をついたつもりかもしれないが……
 魔力を練り上げているのがバレバレだ。

 横に跳んで避けて……
 すぐに駆けて、アトリーの懐に飛び込む。
 家から持ち出した鈍器のような剣を抜いて、首に突きつける。

「動くな」
「くっ……!?」
「刃はほとんど落ちているが……それでも、首を斬ることくらいはできる」
「貴様……!」

 アトリーはいつも浮かべている柔らかい表情を脱ぎ捨てて、鬼のような形相でこちらを睨みつけてきた。
 悪意、敵意、嫉妬……色々な負の感情が混ざり、気分が悪い。
 これがこの男の本性なのだろう。

「どうして……どうして、僕がスタンピードを引き起こしたとわかった?」
「確信はなかった。だが……違和感はあった。お前と最初に握手をした時……手に豆ができていただろう? あれは、慣れないものが剣を使った時にできるものだ。それと、わずかに魔力の残滓を感じた」
「まさか、たったそれだけで僕のことを……?」
「魔法使いなのに剣を使う……俺みたいなヤツもいるから、最初は大して気にしなかったんだけどな。でも、アトリーと一緒にいると、行く先々で魔物と遭遇して、モンスターハウスから魔物があふれるなど想定外のことが起きる。そんなことが続けば、少しは疑いを持つさ」

 アトリーに剣を突きつけながら、さきほどの宝石がはめこまれた剣を抜いた。

「コイツは、一見、剣の形をしているが……本当は、蠱毒の方を使うための魔道具だ。コイツを使って、スタンピードを誘発させていたんだろう? その階層にふさわしくないレベルの魔物を定期的に生み出して、魔物の生態系のバランスを崩す。すると、ダンジョンはバランスをとろうと魔物を次々と生み出して……結果、スタンピードが発生する」
「博識だね」
「これでも色々と勉強しているからな。魔法は使えないが、知識だけはあるんだ」
「どこで、僕の犯行だと確信を……?」
「たった今だよ」
「なんだと……?」
「こいつはお前が使っていた魔道具じゃない。弟子から借りてきたものだ」

 メアリーも蠱毒の法を使ったことがある。
 その時に使用した魔道具を、適当な理由を並べて借り受けただけだ。

「発生時期……速度……規模……今回のスタンピードは、どれも普通の基準から外れたおかしなものだ。なにかしら裏があると思ったよ。色々な可能性を考えた。その中の一つに、人為的に引き起こされた、という考えもあった」
「……」
「そこで犯人候補に挙がったのが……アトリー、お前だ。身近に怪しいヤツがいたら、疑わないわけにはいかないだろう? しばらく、お前のことを見張っていたんだが……封鎖されているはずのダンジョンに入るところを見た。たぶん、魔道具である剣を地面に突き刺すなどして、魔力が枯渇するまで使い続けるようにしたんだろうな。そうやってスタンピードを発生させて……後に、魔道具を回収する予定だった。そんなところか?」
「……」
「ここまでくればほぼ状況証拠は揃っているが、まあ、確証はない。だから、俺はコイツを借りてきて、お前に見せつけた。おもしろいくらいに慌ててくれて、自爆したな。ありがとう」
「……やれやれ、僕もヤキが回ったかな? こんな稚拙な罠に引っかかるなんて……ホント、どうかしてしまったのかもしれない」

 観念したのだろうか?
 アトリーは己の犯行であることを認めるようなセリフを口にした。

「なぜこんなことをした?」
「イクスに教える必要性は感じられないな。まあ、僕をここまで追い詰めたから、特別に教えてあげるよ。ヒント、国の利益」
「まあ、予想通りだな」

 一度、スタンピードが発生すれば街は滅びる。
 しかし、同時に大量の魔物も死ぬ。
 そして、その体は魔石となり……
 街が滅びる代わりに、大量の財を得ることができる。

 それを目的としたヤツが国にいたのだろう。
 アトリーを雇い、スタンピードを発生させるために、このレッドフォグへ派遣した。
 大体の筋書きはこんなところだろう。

 魔道具をしまい……
 片手でアトリーの背をトントンと押す。

「両手を後ろに。妙な真似はするな?」

 こういう時に備えて、メアリーから魔力錠も借りてきた。
 魔力錠は犯罪者などに使われる拘束具で、魔力を完全に遮断する機能がある。
 これをつけられた魔法使いは子供と変わらない力しか持たなくなる。

「断れば?」
「殺す」
「簡単に言うんだね。そんなことができるのかい?」
「できるさ」

 剣を握る手に力を込める。

「言っておくが……今回のことで、俺が怒っていないと思うなよ?」

 今回の事件で大きな被害が出た。
 街のあちこちが壊れた。

 建物はまだいい。
 いずれ直すことができる。

 しかし……失われた命は戻らない。

 多くの冒険者が傷ついた。
 多くの街の人が襲われた。
 そして……数人の命が失われた。

 スタンピードという凶悪な事件ということを考えると、犠牲はかなり少ないと言えるだろう。
 しかし、数の問題ではないのだ。
 失われていいはずのない命が失われた。
 そのことを嘆き、悲しむ人がいた。

 そんな人を見て……
 なにも感じないほど、俺は人間をやめたつもりはない。
 スタンピードを引き起こした犯人……アトリーに純粋な怒りを覚えていた。

「ふざけた真似をするのなら、ここで死んでもらう。そうすることで罪を償ってもらう。俺を甘く見るな」
「おー、怖い怖い。なんだかんだでイクスは甘いヤツだと思っていたけど、そうじゃないみたいだね。イクスは本気だ」
「そのことがわかるなら、おとなしく……」
「でも、ここで捕まるわけにはいかない」

 アトリーが身体を低く沈めるようにしながら、前のめりに駆け出した。

 なかなか俊敏な動きだけど……
 それで逃げられると思わないことだ。

 そして……容赦しないと言った以上、遠慮なしにいかせてもらう。

 俺は即座に一歩、前に踏み込む。
 大きく踏み込んだため、すぐにアトリーの背中に追いついた。
 その背中に剣を叩きつける。

「なっ!?」

 一撃を受けたアトリーが地面に倒れる……ということはなくて、その姿が幻のように消えた。
 魔法か?
 いつの間に……

 慌てて周囲を見ると、俺の背後……地上へ続く階段の手前にアトリーが見えた。

「イクスの剣の腕はとんでもないけれど……でも、そのことを知っていれば対策をとることができる」
「アトリー!」
「それじゃあ、またね。いや……イクスともう一度会うなんてごめんだな。これきりであることを祈るよ」

 アトリーがひらひらと手を振りながら階段を上る。
 急いで後を追いかけて、俺も地上に出た。

 アトリーの姿は……どこにも見えない。

「逃がしたか……」

 ただの三流魔法使いかと思えば……
 それはウソで、今のが本当の実力というわけか。

 斬撃よりも早く魔法を唱えることができて、一瞬で遠くへ移動できる。
 なかなかの腕前だ。

「次は逃がさないからな」