日食が終わるまで、あと××時間

なんやかんや言いつつも、楽しめる事が出来るのが遊園地。



 だと思っていたけれど、雨澤さんの顔に「楽しい」が広がる瞬間はなかった。

 時計の針がもっと進めば、きっと。なんて言う期待も、時計の針が前に進む度に端からパラパラと虚しく散っていた。



 こんなに周りは、暖色ばかりで彩られたファンシーな世界なのに。暗い、なんて生まれない場所のはずなのに。



 私はキュッと唇を結んでから、「あの」と隣に立つ雨澤さんに言葉だけを投げかけた。



「そんなに楽しくない?」

 カラカラの喉をじくじくと焼きながら、内側から出て行く想い。

 内側にあるものを吐き出し終わると、バックグラウンドの明るい音楽がひどく鬱陶しい雑音に変わっていた。



「……いや」

 彼は、やっぱり、いつも通りの言葉を紡ぐ。

「いや、何?」

 彼の「いや」が接続詞だと理解しているからこそ、私は先を促した。

 けれど、その先はなかなか出てこない。



 私は堪えきれず顔の横顔に目を向け、ジッとその綺麗な顔を射抜いた。

 その視線に気がついているのか、いないのか。彼はこちらを一切見ずに、前の風景だけを見つめていた。



 私は間違っているのかもしれない。さっきの「いや」は接続詞ではなく、「嫌」と言う答えなのかもしれない。



 そうと気がつくと、私の目はストンと落ちた。

 綺麗な彼の横顔から、薄汚れた緑色の床が視界いっぱいに広がる。



「別に。楽しくない訳じゃない」

 フッと何気ない一言が、唐突に紡がれた。



 私の顔はバッと上がったばかりか、瞳の中にも彼だけがハッキリと映り込む。



 私は「楽しくない訳じゃない」と、彼の言葉を確認する様に繰り返した。

「じゃあ」

「けど、苦しいが勝つ」

 彼の本音が「楽しいって事?」と尋ねようとした私を遮ったばかりか、辺りをふわふわと漂っていた空気までもバッサリと切り裂く。



 疲れたとかそう言うんじゃなくて。「苦しい」なんて、なんで?



 苦しさを感じない場所なのに、暗い場所から引き離そうとして選んだ場所なのに。どうしてここで「苦しい」なんて思うの?



 私は訳が分からなかった。それを内側だけに留める事が出来ずに、どんどんと表に溢れ出る狼狽になっていく。



「そうだよな、明るい世界で生きる人間には分からないよな。こんな楽しい世界でもしんどさを抱え続ける人間がいるって事が、理解出来ないよな」

 私の双眸が捉える彼の左側が、フッと歪んだ。

「どこに居たって、何をしたって苦しさが纏わり付いてくるんだ。頭の中でもずっと、なんで俺はこんな所で笑おうとしてんだ、楽しい思いをしようとしてんだって響いてる。どうしてお前はここにいるんだって、責め立てられてもいる」

 だからこの明るさが余計にしんどいんだよ。



 彼はハッキリと告げてくる。君には分からないだろ、と。



 私は閉口してしまった。



 自嘲気味に紡がれたのが、自分を責め立てる言葉だったからだけじゃない。当たっていたからだ。



 私には、やっぱり分からないから。

 何故そうも自分をこき下ろすのかも、こんなにも楽しい世界にいるのにちっとも明るくなれない事も。



 色々と分からなかった。けれど、一つだけ分かった事があった。



 私の作戦は大失敗していた。

 この場所で幸せにならない人は居ない。そう信じてならなかった想いが安直すぎた。いや、傲慢すぎたのだ。



 彼の傷の為にと広げた毛布がひどく穴だらけで、傷を化膿させる菌が傷に触れる裏側に沢山付けられていた事に気がつく。

 これなら温められると意気込んでかけた数時間後の今になって、ようやく。



 ……目の前だったのに、目の前が何も見えていなかったんだ。

 少し伸びた爪が、掌の柔らかな肉をずぶずぶと抉っていく。



「もう帰る」

 質問でもなく、提案でもなく、有無を言わせぬ決定をぶつけた。

 そうしてキッパリと結ぶと、ぎゅうっと唇を噛みしめる。

 掌と唇が「痛いよ、辞めてよ」とばかりに、ズキズキッと痛みを訴え始めた。

 そのうえ「ごめん」と、横から小さな謝罪が零れると。心までが「本当に、もう辞めて!」と、くの字に折り曲がりながら暴れだした。



「それは、私の方じゃないの?」

 無理やり口角をぐいっと引き上げながら言ってから、エントランスへ歩をドンドン進める。



「いや」

 雨澤さんから小さな否定が飛ばされた。

 でも、私の耳には届かない。



「安直すぎたわ」

 色々と。と、虚空にボソッと本音が溶けた。



 自分の単純さに嫌気がさした、そして彼が抱える闇にも嫌気がさした。そんな嫌な思いを抱いた自分にもまた、嫌気がこみ上げてきた。



 電車に乗ってからも、同じ色の扉がそれぞれ同時にバタンと閉まってからも、その嫌気が消える事はなかった。



 私はひどく間違っていた、そう思えてならなかったから。