日食が終わるまで、あと××時間

運命の次にドサッと降りかかってきたのは、突然の超難問だった。



 彼の闇を二ヶ月の間に消し去らなきゃいけない。彼を追い詰める物が何か分からない状態で、だ。



 言い出しっぺながらも、実際にぶつかってきた難問に私は「んん」と閉口してしまった。



 一番良くて、手早い解決になりそうな手は、きっと「何が原因として、彼の心を蝕んでいるのか」を私が理解する事だろう。

 けれど出会って間もないし、容姿からでさえ繊細を感じさせる彼の前で「何が原因なのか」なんて正直に突っ込むのはどうなのか。



 私の唇が、更にむうっと内側に丸まった。

 原因を知る事が出来ないなら、生きたくないと言う意思を曲げる事が一番よね。多分。



 そうしたらつまり、彼に「まだこの世界で生きる、生きたい」「この世界を捨てたくない」と思い直させる方法を取らなきゃ駄目。



 彼の傷を治す薬になるんじゃなく、彼の世界を覆い温める毛布にならなくちゃ。と、私の頭があれやこれやと「自分は生きても良いと思い直せる方法」考え始める。



 そうしてハッと、私の中で光が迸った。



 誰かの笑顔を作るに、誰かの幸せを築き上げるに最適な場所を私はよく知っているじゃない!



 そうかと気がついたら、私は「そうよ」と突っ走っていた。

 奮然とした突っ走りを前に、彼がとても嫌に顔を歪めたけれども……軌道を修正する事なく、そのまま翌日に至った。



 つまり今、私達は遊園地に来ている。

 遊園地、幸せと明るさがあちこちで弾ける夢の場所だ。私の勤め先でもあるから、ちょっとしたお得が色々と効くので初めからラッキーのはず。



 私は「まずは何に乗る? 何か乗りたいのとかある?」と、隣に立っている雨澤さんに顔を向けた。

 雨澤さんは「特にない」と素っ気なく答える。素っ気なさも増しているけれど、入園してから更に苦渋も増している。



 これはきっと、今日の上半身を覆っている黒パーカーのせいで不機嫌に見える訳じゃないわよね。

 雨澤さんは本当に嫌なのだ。



 私は「遊園地でこんな風になる人、初めて見るわ」と、もはや感嘆の域に入ってしまう。



 まぁでも、人の多さに嫌気が差すとか、待ち時間が嫌になるとかは想定内じゃない? 今までも、そうやってぶちぶちと言う男性を何人も見てきたもの。

 私は「それでも結局は、皆、笑顔で帰って行くでしょ。あ~、楽しかったって!」と長年の経験で鼓舞し、「まだまだここから!」と挫けかける自分を押し上げる。



「じゃあ、私のおすすめコースね!」

 夢の国と言う二つ名がつけられている場所の力を信じて、私は猛然と雨澤さんを連れ立った。



 ここで働いているからこその自信がドバッと溢れるおすすめを回っていく。

 意匠の凝ったキューラインのアトラクションや、短いながらも「わあっ!」と歓声をあげてしまう楽しさがあるアトラクション。

 男性の多くがゲーム好きだから雨澤さんも好きだろうと思って、シューティングゲーム形式のアトラクションも行った。思った通り、雨澤さんは「初めて乗る」とか言いながらも上手くて、私は二万点以上の差をつけられて負けてしまった。



 負けたのに、なんか清々しいと言うか微笑ましい気持ちになったのだけれど。「もう一回乗る?」と聞くと、雨澤さんは「いや、もう良い」と首を振ったので、その気持ちが繰り返される事はなかった。勿論、長く続く事だって。



 そんな時はすぐに「切り替え、切り替え!」と、消沈を乱暴に吹き消してから次に移った。



 キャラクターがかなり手の込んだフロートに乗って、私達に楽しさを届けるパレードを見てから、アトラクションに乗り、レストランに向かって昼食を取る。



 昼時を少し過ぎた事とパレード後すぐではない事も相まって、割と席に余裕があった。



 私は「パレード後、アトラクションを一つ挟むのがちょっとしたミソなの」と、目の前にあるハンバーガーの包装紙をぺらぺらっとめくりながら言う。

「どれでも良いんだけれど、私的にはあのアトラクションがおすすめ。そうしたらお腹も席も、良い具合にすくんだから」

 フフッと微笑が零れてしまった。

 自分の小粋なジョークに、そして包装紙がめくられた事により現れるハンバーガーに。



 紙越しではなく、ダイレクトに鼻腔を貫くハンバーガーの匂いがたまらない。パティとして挟まれた肉が良い具合に焦げ付いているからこそ、香ばしさが格段にアップされているのだ。

 食べやすい様にギュッと握りしめると、じゅわっと肉汁とトマトソースが溢れ、一番下に敷かれたレタスからとろりと流れ出る。ゆっくり滴り落ちる美味が、レタスのみずみずしさと溶け合っている様に見えた。



 すっかりと空腹になった腹部にまで届く「おいしそう」が、ほらほらと一口目をせき立ててくる。



 私はぐうぐうと唸る腹に「分かったから」と宥めて、大きく口を開き、ハンバーガーを口元に運んだ。

 すると、全体を柔らかく包み込む様な小麦の匂いが鼻腔をくすぐってくる。バンズもほのかに焼きあげられているからこその香ばしさだ。



 ハンバーガーによる最高の仕立てに耐えきれず、私はがぶっと勢いよく一口目に飛び込む。

 じゅわぁっと、口いっぱいに広がる旨味のハーモニー。噛めば噛むほどに、そのハーモニーは複雑さを増していく。けれど反発する事なく、上手い具合に溶け合って、あっと気がついた時には「おいしい」と言う一つに収束されているのだ。



 私の口から「んんっ、おいしいっ!」と飛ばされる。

 その一言だけじゃ足らないとばかりに、私は早速二口目に飛び込み、三口目、四口目と数を増やしていく。



 止まらないおいしさが、すっからかんになっていた胃にどんどんと満ちていった。



「君、旨そうに食うね」

 唐突に、目の前からポロリと感嘆が零れる。



 食べる手と口がピタッと止まった。

「えっ、そう?」

 どことなく嬉しさが溢れ出てしまう。多分、褒められたからだけじゃなく、今日初めて雨澤さんの方から声をかけてくれたからだ。



「うん」

 雨澤さんは淡々と頷く。そして「もう良い」とばかりに、下を向いて自分の分を食べ始めてしまった。



 会話終了。数分前に生まれた嬉しさが、迫り始める気まずさに潰されそうになる。



 私は「いや、待って」とばかりに、ギュッとハンバーガーを握りしめてから「どう?」と雨澤さんに尋ねた。

「このハンバーガー、おいしいでしょ?」

「うん」

 雨澤さんはそれだけ言うと、またもぐもぐと小さな口で食べ進める。

 私は「でしょ」と小さく微笑んでから、自分の分を食べ進め始めた。



 嗚呼、会話が続かないわ。何かを言っても、終了時間が早すぎる。

 アトラクションに待っていた時だって「うん」とか「いや」とかで終わっていたし、無言な時間が多かった。

 雨澤さんって、本当に……ううん、そこは「今」気にする事じゃないわよね。



 あれだけ美味しいと感じていたハンバーガーから、なんだか切ない味を感じたのだった。