日食が終わるまで、あと××時間

一度目のインターホンでは「また邪魔が入った」と思った。それでもすぐに「けど、もうどうだって良い。今度こそは、じゃないか」って言う否定が宥めてくれたから良かったものを。



 二度目のインターホンが鳴ってしまったから、「けど」って言う否定も何もなくなってしまった自分がいた。



 これは宅配とか郵便の簡易書留とかかもしれない。本当は無視を決め込みたい所だが、そうなると誰かの迷惑を引きずったまま終わる事になってしまう。



 今際の際くらい、迷惑をかけないままにしておきたいじゃないか。

 だから取りあえず出ておこう。大丈夫、きっとまた「怖くなった」なんて言う心に戻らないはずだ。



 俺は「息も意識もあるうちに飛び込んで来てしまったのだから仕方ない」と宥めつつ、カッターの刃をキチキチと緩やかに戻してから、玄関へ向かってしまった。



 どうにも、俺の判断が間違っていたとしか思えない。扉を開けなかったら、こんなにもすさまじい後悔に襲われる事はなかったはずだ。

 ……こんなにも眩しいと感じる光を受ける事は、なかったはずだ。



 扉を開けると、本当に眩しかった。比喩でも何でもなく、本当に太陽がそこにあると思ったくらいに。



 だからこそ現れた彼女が、本当に「天からの邪魔」に感じた。



「嗚呼、また無へと帰ろうとする心を削がれるだろうな。じわりと蝕んでくる恐怖心をまた折らなきゃいけなくなるんだろうな」

 嫌な予感ながらも、どこか心の奥が震える予感がビリビリと走っていた。



 意気揚々と話をしてくる彼女を前にすると、やはりどんどんと削がれていくのを感じた。

 あんなに大きく膨らんでいたのに。足場だってガチガチに組んで、内側にある決意を護っていたはずなのに。



 どこまで壊されてしまうんだ。もう良い、これ以上は壊さないでくれ! 俺の心をかき乱さないでくれ!



 俺は、目の前に現れた太陽を遮断しようとした。

 けれど太陽は覆いかかる雲を払いのけ、煌々とした光を容赦なく放ち続ける。

 眼前で煌々と光るだけなら、まだ良かった。眩しいと感じて、目を閉ざしていれば良いのだから。でも

「これは、運命だから」

 なんと、俺の心の一部に光がまっすぐ貫いてきたのだ。じわじわっと、鏃から溶け出す毒の如く光が滲んでくる。



 周りが暗色ばかりだからこそ、ひときわソレは目立っていた。

 気がついてしまう……粉々にし、どこ吹く風に乗せて、サーッと消し去ったはずの本音に。



「俺、まだ死にたくねぇよ」

 暖かな光に包み込まれた心おれが、ぶわりと泣き始めた。

 黙れよと殴りかかりに行くも、目の前の太陽が邪魔をしてくる。



 嗚呼、無理だ。

 これは、無理だ。

 自分の強さにまるで気がつかない太陽には、勝てない。

 ただでさえ、弱い俺なのだ。そんな奴が、大いなる太陽に勝つ事なんて不可能だろう。



 だから「一ヶ月を託す」なんて、馬鹿げた言葉を吐いてしまった。



 後悔は沸いた、最悪だと喚く自分も間違いなくいた。

 でも「良かった」と綻ぶ自分も、間違いなくいる。



 どうなるかは分からない。

 二ヶ月。たった二ヶ月だが、二ヶ月もあれば事態なんて容赦なく変わるのを俺は痛感している。



 そうして俺が変わった二ヶ月を噛みしめていると、「もう良い」と投げやりになっ

た自分が現れた。



 嗚呼、そうか。今更だ。もう、どう転んでも良いんだ。

 受け入れるだけにしよう、そうしよう。彼女が俺に与える二ヶ月で生きようとする意思が芽生えても受け入れるし、心変わらずと言う結果になってもそれで良い。



 もしかすると、彼女なら本当に……そんな、ヒヤリとした恐ろしさも抱いてしまうが。この空虚を埋める方法が不可能にあると理解しているからこそ、きっと無理だろうに傾ける。闇に囚われたままの心になっているのだ。



 俺は「二ヶ月だもの、早速取りかからなくちゃ駄目よね」と、ぶつぶつと策を練り始めた彼女を見据える。



「俺に聞かないでくれよ」

 小さく肩を竦めて、久しぶりに出来た心の余裕をフッと零した。

「俺はただ、流れに身を任せるだけだ。逆らう事も抗う事もしない、やってきた流れに身を任せて行く。ただそれだけに専念するから」

 彼女に、そして死に急ぎたがる自分に言い聞かせる様に強く宣誓する。



 すると彼女は、むっと小さく不満を浮かべた。

「やりたい事とかないんですか?」

「ない」

 俺はピシャリと一蹴する様に答えた。

 ようやく、太陽に厚い雲がもわりとかかる。



「んんん、難しい」

 一体、何をしたら良いの? 言葉にしなくとも、彼女の顔からその文がありありと伝わる。



 俺は「別に何もしないで二ヶ月放っておくと言うのも手だけど」と、淡々と突っ込んだ。

 刹那、ゆらんっと恐ろしく光る二つの眼が俺をビシビシッと射抜く。

「私が、そうすると思います?」



 ……驚いた。物々しい脅しも出来る女性なのか。



 俺は「そ」と端的に頷いてから、唇を結んだ。内側で生まれた驚きが、少しでも零れない様に。



 それから数分待っていると、難しく歪められていた彼女の唇が突然パッと開かれた。

「じゃあ、まずは……」

 彼女からの提案を聞いた瞬間、俺は再び凄まじい後悔に襲われる。

 自分の数分前の発言を。いや、心の余裕をこれほどまで憎く思った事はなかった。