日食が終わるまで、あと××時間

「ただいまぁ」

 私はいつも通り、クリーム色の玄関を開けた。



「お帰り」

 すぐに蓮斗の柔らかな声が迎え入れてくれる。そればかりか、なんとも香しいジューシーな匂いも。



 疲れが一気に吹っ飛ぶ香りに胸を躍らせながら、私は蓮斗の待つリビングへと足を進めた。



「良い匂い~!」

 空気いっぱいに広がった匂いをるんるんと吸い込みながら言うと、キッチンから蓮斗がお皿を持ってやってくる。すっかりと様になったエプロン姿が格好いい、前までは「なんか可愛い」だったけれど。



 私の抱く感想が変わった事を知らない蓮斗は、「お帰り」ともう一度かけてくれてから、手にしている皿を静かに食卓に置いた。

 コレは、私の大好きな焼き鳥だ。道理で良い匂いをさせている訳よ。うんうん。



「遅かったけど、なんかあった?」

「そーなの。シフト上がる直前でね、安全システムがおかしくなっちゃってさ。並んでいるゲスト様に謝ったり、喧伝したりと色々だったのよ」

 大変だったわ。と、苦々しい笑みを浮かべて答える。



 蓮斗は「そっか」と優しく受け止めてから、ストンと席に座った。

 私は急いで手洗いうがいを済ませてから、蓮斗の前に座る。



「ごめんね、蓮斗も忙しいのに。全部作ってくれて」

「いや、別に。取り立てて忙しくもないから平気」

「嘘でしょ。知っているわよ、最終章に入ったでしょ? しかもアニメ化だって決まったみたいだし!」

 本当に凄いわ! と、興奮しながら言うと。蓮斗は「ありがと」と少し顔を綻ばせた。



「また結生君から聞いた?」

 一向に慣れがやってこない、その柔らかさに、私も「うん」と綻んでしまう。



「相変わらず、神がヤバいって凄い感激ぶり。あと、俺はやっぱり原作派だって言ってたわ」

 蓮斗は「そっか。ありがとうって伝えておいて」と端的に答えてから、手を合わせた。



 いつも通りに戻った蓮斗に、私の緩みも慌ててピンッと戻る。



 パチン、パチン。

「「いただきます」」

 食事の始まりを告げる二つの音が、同時に弾ける。



 私は早速大好物に箸を付けて、大きな口で迎え入れた。もぐもぐと咀嚼する度に、ジューシーに焼き上げられた鳥腿肉がじゅわりと旨味ある肉汁を溢れさせる。その旨味を引き立たせているのが、よく煮絡められた特性の甘タレだ。甘さもあるけれど、所々にピリッと引き締める辛みがある。蓮斗曰く、「多分、七味入れるのがミソっぽい」らしい。



 蓮斗が作ってくれる料理に、私は「美味し~!」と蕩けてから「明日は私が作るわ」と告げた。



「うん、それだと嬉しい」

「何が食べたい?」

「ビーフシチューかな」

「ビーフシチューね、分かったわ!」

 足りない材料、あったかな? と、冷蔵庫の中身を思い出しながら箸を進めていると。「結叶」と前から発せられる声で、ピタッと箸も想像も止まった。



「何?」

 ジッと見つめてくる瞳をまっすぐ受け止めて答える。



「俺は、こうして結叶と一緒にご飯を食べて話をしてって言う時間が日常だと思ってない。俺達は他人同士だし、この現実だって突然何が起きてもおかしくないから。本当に特別な幸せだと思ってる」

「……うん」

「だけど最近、コレを別の名前にしていきたいって思う様になったんだ」

「別の名前?」



 真剣そのもので告げられる問いかけに、私はイマイチ理解出来ずに首を傾げてしまう。



 別の名前に変えていくって、どういう事だろう? 



 自分の中で落ち着いて考えてみても、蓮斗の言いたい事が全く掴めない。



 けれど蓮斗は、一向に理解が走らない私に苛立つ事なく「うん」と優しい声音で続きを話してくれる。



「君が嫌じゃなかったら、当たり前の幸せとして捉えていきたい。つまり……家族って言う確かな枠組を付けて、君と生きていきたいんだ」



 ただでさえ理解の走らなかった頭が、一気にショートし、真っ白になる。



 ローディングが止まってしまうこと、数分。ようやく再起動するも全く開かれない世界に佇むこと、数分。そうしてやっとの想いで繋がり、私は「待って」と吐き出せた。



「あの。それって、つまり……」

「結婚しませんか、って事なんだけど」

 淡々と言葉を並べているけれど、蓮斗のクールな顔がじわじわと強張っていく。しかも、頬を見れば桃色が差し込まれ始めていた。



 大きく開かれていく私の目が、確かな現実としてソレを捉えた。



 そして、彼の強張りに反して私の顔はドンドンと綻んでいく。



「勿論、喜んで!」

                                   完