日食が終わるまで、あと××時間

 虹しかり、清々しい天色の空しかり、雨後に現れる物は美しい。



 ぐるりと取り囲む様に現れた星々の輝きのなかで、私は息を呑んだ。



 スウッと流れ落ちていくのは、星か。私の涙か。



「待って」

 小さくしゃくりあげて、涙と嗚咽に一区切りをつけようとした。

 それでも、やっぱり止められない。



 だって、蓮斗から「結叶と出逢った時が幸せ」と貰えたのだから。

 たった一言だけでも、コレにどれほどの力があるか。どれほどの幸福を私にもたらしてくれるのか。



 きっと、私の力じゃ蓮斗の闇を完璧に晴らす事は出来ない。これから先も、蓮斗に空いた穴を埋める事は出来ないと思っているから殊更だ。



 うううと奥歯を噛みしめ、貰えた幸せを奥にしまい込む様にして私は胸元を押さえた。

 すると「いや、あのさ」と、恐る恐るが露わになった前置きで言われる。

「俺、君には笑っていて欲しいんだけど」

 遠回しに訴えられる「泣くなよ」に、私は「今は無理だからぁ」と指先で何度も目元を擦って反論した。



 蓮斗は分かっていない。

 色々と自覚がない人だから仕方ない所はあるかもしれないけれど。今、この時、この場所で伝えてくれる心には、涙腺なんて崩壊してしまうものだ。

 勿論、あれだけ「ちょっとはキュンとして欲しい」だとか、「トキメキの時間」とか騒いでいた乙女心とかなんとかも消えてしまう。



 今はただ、蓮斗が幸せを感じてくれる事が特別嬉しい。



 私はギュッと目元を強く押さえてから「私も」と、想いを溢れさせた。

「蓮斗に出逢えて幸せ。蓮斗が生きてくれて、本当に嬉しいの。ありがとう、蓮斗」

 ぐずぐずとした涙声の告白に、蓮斗はフッと柔らかく相好を崩す。



「礼を言うのは、俺の方だよ。俺が生きている事を含めて今日までの事は全部、結叶が居てくれたからこそのものだ。君が居なかったら、こうして星空の下に居る事も出来なかったし、生きていて良かったとすら思わないよ」

 本当に、生きていて良かったよ。



 しみじみと吐き出される心に、私の心は更にわっと泣き出した。

「結叶の涙を見る事も出来なかっただろうからさ」

 静寂を震えさせ、わあわあと騒がせる私を慮ってなのか。蓮斗は柔らかく崩した口のまま淡々と軽口を突っ込んだ。



 蓮斗らしくない突っ込みに、私は「何それ」と笑ってしまう。けれど、上手く笑い声が喉を通ってくれなくて「げほっ」とむせてしまった。



 あまりにも可愛くない返しを繕いたくて、私はすぐに大きくしゃくり上げて呼吸を整える。



 そして私だけに優しい眼差しをくれる人に、まっすぐ返すのだ。

 流れる涙を拭った、笑顔の私を。



「蓮斗のばか」

「ん、そうだな」

 どこか満足げな笑みで、蓮斗は優しく肯定する。



 そうしてようやく晴れた天を見上げた。



 二人だけの世界として閉ざしてくれる星の帳は、ゆっくりと傾いでいる。変わっていない様で変わっているのだ。



 それでも、変わらないものもある。

 どこに居ても、自分の色をキラキラと放ち続ける事。



 見る場所が違えば、その輝きもくすんで見えてしまう事もあるけれど。見上げる時間を変えてみれば良い。見上げる時間を変えてもくすんでいるのなら、立つ場所を変えてみたら良い。

 そうしたらきっと、星が持つ変わらない輝きに辿り着けるから。



 見上げた先にある白い星に、私は顔を綻ばせた。

 すると、その隣からスウッと雫が駆け抜ける。「あっ」と、小さな驚嘆が弾ける。

「流れ星!」

「結叶」

 私の驚嘆に、静かな声が重なった。

 私の顔がスッとそちらに導かれる。



「明日は、どこに行こうか」

 彼からの「提案」に、私の驚嘆が驚愕にスッと切り替わった。



「えっ?」

 信じられないからこそ、もう一度彼からの言葉を待ってしまう。



 蓮斗は淡々と「折角一日早く来たんだから」と、続きを紡いでくれた。



「夜に星を見に行くだけの旅行じゃなくて、普通に色々な所に行こう。勿論、君の行きたい所で」

 だからどこに行きたい? 



 蓮斗は、私をまっすぐ見つめながら尋ねた。



 嘘じゃない、確かな明日への一歩。

 愕然で留まっていた口角が、ドンドンと上がっていく。



「蓮斗と一緒なら、どこでも良い!」

「そ。なら、俺のオススメルートってやつだな。まぁ君ほど上手には回れないだろうから、期待はしないでくれよ」

 彼がくれる言葉で、ぐるぐると好意の中を駆け上がっていく明日の楽しみ。



 ぱぁんっ



「大好き!」

 辛抱なんて出来ずに噴水の如く想いが吹きだし、私は蓮斗をギュッと抱きしめていた。



 蓮斗は何も言わず、隣から与えられる力から逃れようともしなかった。



 蓮斗は、浮かべていた。

 嬉しそうで、満足そうで、でもどこか苦しそうで……触ったら、周囲に溶けてしまいそうな柔さも感じてしまう笑顔を。



 私の双眸は、その微笑をくっきりと焼き付けていた。

 どうしても薄れていく記憶だけに留めず、確かを持つ心にまでずっと残る様に。