始まりは君にある。けれど、緞帳の綱を引く手は君じゃない。
理不尽だけれど、俺の方にあるんだ。
だから「今から出よう」と言った。
分からなくても良い。
でも、知って欲しいと思う。
俺が、どれほど君の涙を止めたいと思っているか。
俺が、どれほど君の想いに応えたいと思っているか。
俺が、どれほど君の隣に焦がれているか。
……分かって欲しいんだ。例え、星の輝きが地球に届くのと同じ時をかけても。
やはり物事は自分の思い通りになんて進まない。
分かっている事ではあったが、こんな時にでも平然と道理を敷かれるとキツい。
ポツポツと容赦なく当たっては、つうっと流れていく雨雫。ただでさえ一部しか切り取れない車窓からの景色を歪ませ、「美しい」を遠のかせている。
山麓に向かって車を進めた瞬間、あれだけ晴れていた空が急に悪天候と化したのだ。ここは山岳地方だから、急変もよくある事の部類に入るのかもしれない。けれど、場面と場所の上に「大切」が来る今だからこそ、この雨には失望がどんよりと広がっていった。
「上手くいかないな」
俺は、雨がぼやかせる景色を見つめながら呟いてしまう。
すると、助手席と言う近さに居た結叶から「そんな事ないわよ」と軽やかに弾けた。
「通り雨っぽいから、もう少ししたら止むと思う。あ、ほら。天気予報では、あと十分で晴れるって」
無理に明るい声を出して、真っ赤な目をギュッと細めている姿がズキッと心に刺さった。これ以上、自分が暗くなったらいけない。と、気負わせている自覚があるから殊更。
俺は「そっか」と小さく首を縦に振った。
つくづく思い知る。俺は他人の温情ばかりに甘えて傷だけを返していく奴だ、と。
「……本当に、俺は君を傷つけてばかりだな」
静かに零れる本音に、結叶の顔がピシッと引き攣った。
「そんな」
「いや、本当の事だ」
そう思い知っている。
けれど、今はそこでしみじみと止まっている場合ではない。
「それでも、結叶はずっと隣に居てくれるだろ。いつ離されてもおかしくなかったのに、君だけが今も俺を掴んでいてくれているだろ」
空は見えないが、輝きはここから見える。
だからまっすぐ言えるのだ。
「……結叶と出会う前までは、太陽が昇ってくる時が憂鬱だった。月が沈む時が辛かった。明日は何をしようなんて言う楽しみもなくて、お腹がすいて何かを食べるって言う当たり前の事さえも放棄していた。けど、今は違う」
君が隣に居るから。
じわぁと透明な雫が震え始めた大きな目を見つめながら、俺は力強く告げた。
「結叶が隣に居続けてくれたから、明日は君が来るっていう楽しみが出来た。朝日を迎える心地よさを思い出した。月の美しさに想いを抱ける様になった。美味しいって噛みしめる幸せを思い出した。俺自身が「もういらない」って切り捨てた自分が、ドンドンと帰ってきたんだ。君のおかげだよ、結叶のおかげで俺はこうして生きられているんだよ」
結叶の顔がハッと嬉しさに引っ張られるが、すぐにぐにゃっと苦しげに歪んだ。
「私のせいで、嫌な事ばかりをして嫌な思いばかりをする羽目になったんじゃないの?」
ふるふると小さく震える唇が、ギュッと胸元で掴んでいる辛さを語る。
俺は「そんな時もあった」と淡々と頷いてから、「でも」とすぐに否定を飛ばした。
「嫌な思いだって何だって、君がくれる温かさに溶けていくんだ。だから俺は、嫌な想い以上に、幸せな想いばかりをさせてもらっているよ」
「……私は、蓮斗を傷つけているんじゃないの?」
少しの間を置いて、恐る恐る紡がれた疑問に、俺は小さく目を丸くしてしまう。
あり得ない質問だ。いつだって加害者は俺で、被害者は結叶だから。
「ない」
俺は食い気味に答えてから、「君は温かい光を注ぎ続けてくれるだけだよ」と宥める様に言った。
「自分自身の事だし、こんなの当たり前って思われているからちっとも分かっていないんだなってのが、今よく分かったけど。俺はね、結叶。君がずっと隣で照ってくれるから、生きられているんだ。君の力で、ここに居るんだよ」
太陽を覆う雨を晴らせる力が俺にあるのか。分からないけれど、自分が持てる精一杯の強さで伝える。
「ありがとう、結叶。手を離さないで、俺の隣に居続けてくれて……俺と出逢ってくれて、本当にありがとう」
感謝を伝えた瞬間、ガバッと結叶が飛んできた。顔が見えなくなったから、何事かと面食らってしまったが。首元がギュッと温かくなり、遠くに感じていた吐息が首元に当たる事で理解が走った。
「蓮斗に、生きようって思ってもらえたって事で良いの?」
信じられないと言外の言葉が、俺の鼓膜を優しく震わせる。
「今はそう思えるよ」
震える可憐を潰さない様に、柔らかく答えた。
「《《今は》》って事は、変わる可能性があるの?」
サッと舞い戻る冷静が、俺を正面からビシッと射抜く。
ずるいって思われるだろうけれど、色々な感情が広がる今なら。と、差し込んだ汚さを見事に看破された。
俺は、小さく息を吐き出す。
「この世に絶対はないから、絶対に変わらないとは言えない。今はそう言える、けどって感じ」
自分の汚さを擁護する事もなく、絶対を欲する瞳にまっすぐ打ち返す。
案の定だ。結叶の顔に失望が広がりだす。
それでも、俺はその失望を拭いはしない。絶対はどこまで行っても曖昧な物だから、約束なんて出来る事じゃないから。
「ごめん。でも、これが今の自分の中にある確かな本音。前までは絶対に持てなかった明日の希望だよ。今はただ、君の隣に居続けたい。約束の期日よりも先を一緒に描いていきたいって。それだけじゃダメかな?」
どうか、叶えさせて欲しい。あれから何も望んでいなかったから、今この願いだけは許して欲しい。
目を逸らす事なく、自分の甘えに対して結叶に許しを請うた。
キュッと結ばれている結叶の唇をが、ゆっくりと離れて行く。
「……じゃあ。それじゃあ、私の隣には居てくれるの?」
「君が隣に居てくれるならね」
「私は居るわよ! 絶対に離れないわよ! 貴方が嫌に思っても、ずっと!」
食い気味に打ち返される答えに、俺の顔は綻ぶ。
「嫌なんて思う訳ないだろ。君なんだから」
それに、今更だろ。と、結叶の涙を人差し指で軽く掬い取ってから「君の代わりはどこにも居ないよ」と告げた。
「結叶が、ここに居て欲しい」
少し濡れた指先が自然と動きだし、温かさを求める。
俺が求める先にあるのは、いつだって温かい光だ。
辿り着いた先に、「離れたくない」がギュッと高じていく。
俺の力が強くてまた傷つけられるかもしれないのに、結叶は振りほどかなかった。そればかりか、内側から強く絡めてくれる。
「蓮斗の代わりも、どこにも居ないから」
想いが一つに溶け合っていく幸せに、俺はドンドンと綻んでいった。
こんなに心地よく打たれる日向雨は、きっとない。
あんまりにも心地よいからこそ、外にホロリと飛び出してしまいそうになる。
たった四文字、されどそれ以上の含みがある四文字。
好きだよ。
俺はギュッと唇を強く結ぶと同時に、絡み合う手を少し引き寄せた。
これが、精一杯だ。抱える想いを全て渡す強さも持てない自分の、精一杯の強さなのだ。
理不尽だけれど、俺の方にあるんだ。
だから「今から出よう」と言った。
分からなくても良い。
でも、知って欲しいと思う。
俺が、どれほど君の涙を止めたいと思っているか。
俺が、どれほど君の想いに応えたいと思っているか。
俺が、どれほど君の隣に焦がれているか。
……分かって欲しいんだ。例え、星の輝きが地球に届くのと同じ時をかけても。
やはり物事は自分の思い通りになんて進まない。
分かっている事ではあったが、こんな時にでも平然と道理を敷かれるとキツい。
ポツポツと容赦なく当たっては、つうっと流れていく雨雫。ただでさえ一部しか切り取れない車窓からの景色を歪ませ、「美しい」を遠のかせている。
山麓に向かって車を進めた瞬間、あれだけ晴れていた空が急に悪天候と化したのだ。ここは山岳地方だから、急変もよくある事の部類に入るのかもしれない。けれど、場面と場所の上に「大切」が来る今だからこそ、この雨には失望がどんよりと広がっていった。
「上手くいかないな」
俺は、雨がぼやかせる景色を見つめながら呟いてしまう。
すると、助手席と言う近さに居た結叶から「そんな事ないわよ」と軽やかに弾けた。
「通り雨っぽいから、もう少ししたら止むと思う。あ、ほら。天気予報では、あと十分で晴れるって」
無理に明るい声を出して、真っ赤な目をギュッと細めている姿がズキッと心に刺さった。これ以上、自分が暗くなったらいけない。と、気負わせている自覚があるから殊更。
俺は「そっか」と小さく首を縦に振った。
つくづく思い知る。俺は他人の温情ばかりに甘えて傷だけを返していく奴だ、と。
「……本当に、俺は君を傷つけてばかりだな」
静かに零れる本音に、結叶の顔がピシッと引き攣った。
「そんな」
「いや、本当の事だ」
そう思い知っている。
けれど、今はそこでしみじみと止まっている場合ではない。
「それでも、結叶はずっと隣に居てくれるだろ。いつ離されてもおかしくなかったのに、君だけが今も俺を掴んでいてくれているだろ」
空は見えないが、輝きはここから見える。
だからまっすぐ言えるのだ。
「……結叶と出会う前までは、太陽が昇ってくる時が憂鬱だった。月が沈む時が辛かった。明日は何をしようなんて言う楽しみもなくて、お腹がすいて何かを食べるって言う当たり前の事さえも放棄していた。けど、今は違う」
君が隣に居るから。
じわぁと透明な雫が震え始めた大きな目を見つめながら、俺は力強く告げた。
「結叶が隣に居続けてくれたから、明日は君が来るっていう楽しみが出来た。朝日を迎える心地よさを思い出した。月の美しさに想いを抱ける様になった。美味しいって噛みしめる幸せを思い出した。俺自身が「もういらない」って切り捨てた自分が、ドンドンと帰ってきたんだ。君のおかげだよ、結叶のおかげで俺はこうして生きられているんだよ」
結叶の顔がハッと嬉しさに引っ張られるが、すぐにぐにゃっと苦しげに歪んだ。
「私のせいで、嫌な事ばかりをして嫌な思いばかりをする羽目になったんじゃないの?」
ふるふると小さく震える唇が、ギュッと胸元で掴んでいる辛さを語る。
俺は「そんな時もあった」と淡々と頷いてから、「でも」とすぐに否定を飛ばした。
「嫌な思いだって何だって、君がくれる温かさに溶けていくんだ。だから俺は、嫌な想い以上に、幸せな想いばかりをさせてもらっているよ」
「……私は、蓮斗を傷つけているんじゃないの?」
少しの間を置いて、恐る恐る紡がれた疑問に、俺は小さく目を丸くしてしまう。
あり得ない質問だ。いつだって加害者は俺で、被害者は結叶だから。
「ない」
俺は食い気味に答えてから、「君は温かい光を注ぎ続けてくれるだけだよ」と宥める様に言った。
「自分自身の事だし、こんなの当たり前って思われているからちっとも分かっていないんだなってのが、今よく分かったけど。俺はね、結叶。君がずっと隣で照ってくれるから、生きられているんだ。君の力で、ここに居るんだよ」
太陽を覆う雨を晴らせる力が俺にあるのか。分からないけれど、自分が持てる精一杯の強さで伝える。
「ありがとう、結叶。手を離さないで、俺の隣に居続けてくれて……俺と出逢ってくれて、本当にありがとう」
感謝を伝えた瞬間、ガバッと結叶が飛んできた。顔が見えなくなったから、何事かと面食らってしまったが。首元がギュッと温かくなり、遠くに感じていた吐息が首元に当たる事で理解が走った。
「蓮斗に、生きようって思ってもらえたって事で良いの?」
信じられないと言外の言葉が、俺の鼓膜を優しく震わせる。
「今はそう思えるよ」
震える可憐を潰さない様に、柔らかく答えた。
「《《今は》》って事は、変わる可能性があるの?」
サッと舞い戻る冷静が、俺を正面からビシッと射抜く。
ずるいって思われるだろうけれど、色々な感情が広がる今なら。と、差し込んだ汚さを見事に看破された。
俺は、小さく息を吐き出す。
「この世に絶対はないから、絶対に変わらないとは言えない。今はそう言える、けどって感じ」
自分の汚さを擁護する事もなく、絶対を欲する瞳にまっすぐ打ち返す。
案の定だ。結叶の顔に失望が広がりだす。
それでも、俺はその失望を拭いはしない。絶対はどこまで行っても曖昧な物だから、約束なんて出来る事じゃないから。
「ごめん。でも、これが今の自分の中にある確かな本音。前までは絶対に持てなかった明日の希望だよ。今はただ、君の隣に居続けたい。約束の期日よりも先を一緒に描いていきたいって。それだけじゃダメかな?」
どうか、叶えさせて欲しい。あれから何も望んでいなかったから、今この願いだけは許して欲しい。
目を逸らす事なく、自分の甘えに対して結叶に許しを請うた。
キュッと結ばれている結叶の唇をが、ゆっくりと離れて行く。
「……じゃあ。それじゃあ、私の隣には居てくれるの?」
「君が隣に居てくれるならね」
「私は居るわよ! 絶対に離れないわよ! 貴方が嫌に思っても、ずっと!」
食い気味に打ち返される答えに、俺の顔は綻ぶ。
「嫌なんて思う訳ないだろ。君なんだから」
それに、今更だろ。と、結叶の涙を人差し指で軽く掬い取ってから「君の代わりはどこにも居ないよ」と告げた。
「結叶が、ここに居て欲しい」
少し濡れた指先が自然と動きだし、温かさを求める。
俺が求める先にあるのは、いつだって温かい光だ。
辿り着いた先に、「離れたくない」がギュッと高じていく。
俺の力が強くてまた傷つけられるかもしれないのに、結叶は振りほどかなかった。そればかりか、内側から強く絡めてくれる。
「蓮斗の代わりも、どこにも居ないから」
想いが一つに溶け合っていく幸せに、俺はドンドンと綻んでいった。
こんなに心地よく打たれる日向雨は、きっとない。
あんまりにも心地よいからこそ、外にホロリと飛び出してしまいそうになる。
たった四文字、されどそれ以上の含みがある四文字。
好きだよ。
俺はギュッと唇を強く結ぶと同時に、絡み合う手を少し引き寄せた。
これが、精一杯だ。抱える想いを全て渡す強さも持てない自分の、精一杯の強さなのだ。



