日食が終わるまで、あと××時間

あんな事があった後は、これまで通りではいられない。



 俺は、彼女に負担を強いる立場で居続けちゃいけないんだ。必死に元通りにならなきゃと気負う彼女の負担にだって、なりたくもない。



 そんなやる気に満ちている俺に、俺はいつも驚いてしまう。

 ちょっと前まで、こんな風にすら思う事はなかったのだ。



 彼女に任せよう、何だって良い。いつだって無気力で他力本願、そんなスタンスだった。

 でも、今はもう違う。



 ふと、思う訳だ。嗚呼、これが本当の恋心かって。

 そんな邪な納得が落ちる。と同時に、俺はぞわりと恐ろしくなってしまうのだ。

 いつの間にか、自分が変わってしまっている事に。

 そんな自分をパッと消せない事に、ただ恐ろしく思うのだ。






 結叶はしっかりした表情ばかり見せてくる様で、意外と、間が抜けた表情を浮かべる時が多い。

 結叶本人は多分、こんな顔したくないって思っているのだろう。だからすぐに引っ込めようとして、慌てて笑みを浮かべたり、元の表情をパッと取り繕うのだ。

 俺としては、「別にそんな風にならなくても」って思う。

 だって、可愛らしいから。好きな人の、好きな瞬間を見ていたいと思う男の馬鹿なやり口に走ってしまう位に。



 今だって



「え?」

 結叶のぽかぁんとしている顔に、俺の心は満足げにクッと唸った。

 勿論、その勝ちをおくびにも出さず、表の俺は「どう?」と平然と言葉を重ねている。

「どう……って、え、良いの? 逆に、良いの? 今から散歩に行こうか、なんて」

 結叶はパチパチと目を瞬き、信じられないと言わんばかりに俺を見つめていた。

 それでいて、「ちゃんと元に戻さなきゃ」って言う愛らしい努力も垣間見えるのだから、まさに狙い通り。



 俺、自分の好きな事に対しては計算高いタイプだったんだよなぁ。



「俺は別に良い。君と違って朝早くもないし」

 どうする? と、汚さばかりが募る裏側を必死に隠しながら問いかける。



 すると俺の好きな表情がパッと消え、パッとまた別の表情が浮かべられた。

「行きたい! 今からすぐにでも!」

 太陽の如く、キラキラと輝かしい笑み。



 俺が好きな表情から、また、俺の好きな表情を浮かべてくれる彼女を前に、俺は「じゃあ」と立ち上がった。

「コート取ってきた方が良いな。そのままの格好だと風邪引くだろ」

 くるっと背を向けて、崩れそうな表を彼女から遠ざける。

 けれど、俺はすぐにパッと振り返った。「あ、うん……」と、すぐ後ろで結叶の笑みが曇る気配を感じ取ったから。



「大丈夫、俺もそっちについて行くから」

 俺は彼女の不安をまっすぐ受け止めながら言った。

 あれから、彼女は自分の部屋にいる事・俺の部屋から戻る事を嫌う様になった。逮捕されたとは言え、まだ植え付けられた恐怖が奥底に残っているのだろう。それも当然と言えば当然の事だ。



「ごめんね、蓮斗。ありがとう」

 結叶はすぐに謝ってくる。

 本当に不思議だ。

 なんで、真っ先に「ごめんね」って言えるんだ。君が「ごめんね」なんて言う必要あるか? ないだろ、そんな必要微塵も。一人きりの夜を無理に延ばさなきゃいけない羽目になっているのは、俺と同じ傲慢な恋心を勝手に抱いた男が君を貶めたせいじゃないか。君が悪い所なんて何もない。



 それに俺だって、君から「ごめんね」を貰うべき存在でもないんだよ。



 俺の心に、沸々と苛立ちが煮え始める。

 けれど情けない事に、俺はその苛立ちを上手く言葉に変換出来ないのだ。



 伝えられない。「いや、別に。君が気負う事ない」と、端的な言葉しか吐き出せない。

 それでまた、彼女の温かい優しさだけがちゃんと返ってくる。

「ありがとう、蓮斗。本当に助かる」って。だから心が、こんな嫌気で満ちるのだ。



「いや、別に。良いよ」

「じゃあ、コートを取りに行ってから散歩に行きましょ!」

 夜の散歩って、なんだかわくわくしない? 

 彼女は、一人、フフッと楽しそうに笑った。俺の「汚さ」には全く気付かずに。



 いや、気づかないままで良いんだ。

 俺は「まぁ、ちょっとは」と端的に打ち返してから、前を歩き出す彼女の後ろをついて行く。



 この眩い光があれば、どれほど夜が濃くとも迷う事はないのだろう。この温かい道を歩けるなら、どれほど寒くとも寒さは感じないだろう。



 そんな予想が自然と確信の近くで抱かれる。

 すぐにソレが確信の中で落ち着く事は言うまでもない、か。