日食が終わるまで、あと××時間

夕飯の後に、ゲームをやる様になってからは会話が紡がれる事が多くなってきた頃の事だ。



「えっ、そうだったの?」

 私はピッピッとボタンを押して、画面上に並ぶカードを中央に出した。

 サッと進み出る、四枚のクイーン。



「ここで革命かよ」

 出せるか。と、雨澤さんは苦々しい呻きを零してから「うん」と頷いた。画面上も、「貴方のターンです」と淡々とした一言が並んでいる。



「ええぇ、全く分からなかった。言葉だって、ちっとも訛ってないし」

 まさか広島県の出身だったなんて、本当に驚き。と、私は華麗にサッと渡されたパスを先に繋げた。



 画面上に、サッと現れるスペードの四。

 雨澤さんは「うわ、四か」と苦い顔で呻いてから、「生まれはってだけだよ」とまた軽やかにパスを繋げてくれる。

「訛りが染みつく前に、東京の方に引っ越してきたんだ」

 まぁ、ばあちゃんがバリバリ使うせいで偶に移ってたけど。と、ポンと続きを放った。



 画面上に現れる、ハートの三。



「えっ、出せちゃうの?」

 私は二つの驚きを同時にパッと出す。



 彼は「まぁね」と、ふわっと少し口角を上げた。

 私の目が「あっ」とばかりに、キラッと光る。そして

「ねぇ、雨澤さん。私、雨澤さんの広島弁、すっごく聞きたい」

「いや、俺のなんてエセと変わらないから」

 当然の如く、私の好奇心が直ぐさまピシャッと払いのけられる。

 それでも当然、私も引き下がらなかった。



 好きな人が、滅多に付けない訛りって言う属性を付けた姿なんて見たくて当然じゃない? 



「お願い! なんか一言で良いから、雨澤さんの広島弁聞きたいの!」

 恋する乙女わたしは、ギャップ萌えを狙って全力で食い下がりだす。



「今、君のターンなんだけど」

 パスならパスしてくれ。と、キラキラと切望する私を歯牙にもかけない彼。

 三回目の「お願い!」を重ねてみても、「出せるカードあるの? ないの?」と素っ気ない。



 うーん、これは本当に駄目そうな時かも。嫌と言いつつ、やってくれる時はお願いの時に顔が少し柔らかくなるものね。



 私は、聞きたいと騒ぐ自分を「今回は諦めましょ、それに今は楽しい時間なんだし」と宥めかけるしかなかった。



 はぁ、本当に残念だわ。

「……聞きたいのになぁ」

 悔しさを滲ませながら、パスをゆっくりと出した。



 雨澤さんは出されたパスを静かに受け取り、ピピッと操作する。



 そして画面に現れた、新たなカードはダイヤのキング。

「これで上がり、わしの勝ちじゃけぇ」

 咄嗟に出る訛り、画面上ですらも「ゲーム終了、セカンドプレイヤーの勝利です」がキラキラッと現れた。



 私は唐突に起きた出来事に「あぁぁっ!」と面食らい、大絶叫してしまう。「うるさ」と心の底からのクレームを隣から貰っても尚、「待って、待って? !」と声高な言葉が飛びかかっていた。

「なんで今言うの? !」

「いや、君が言えって言ったんだろ」

 ぐにゃりと嫌に歪めていながらも、眉目秀麗が全く崩れない顔をこちらに向けて言う。



「言ったけど、不意打ちはずるいわよ! ちゃんと顔を見て聞きたかったの、私は!」

 私は露骨にぶつけられる嫌気にがうっと応戦した。広島弁と言うギャップ萌えに浸りたいが故に「お願い、もう一回!」も、ちゃんと重ねる。



 けれど、彼は「いや」と冷徹に打ち返してきた。

「俺のなんてエセも良い所だし、ゲームも終わった。それに丁度、ほら、君は帰る時間だろ」

 もう九時近い、だから今日は充分だ。



 会話にも、終止符がガツンッと打たれてしまう。

 数分前は彼の方から先に観念され、白旗が挙げられた。だから今度は私が白旗を挙げて、観念するしかなかったのだった。






 今の私は、幸せを纏っている。ふわふわ、ほわほわと温かな幸せに。

 だからこそ、この扉を開けたくはない。この幸せをバチンと途切れさせたくないから。



 私は目の前のクリーム色からサッと目を逸らし、今出てきたばかりのクリーム色を見つめてしまう。



 駄目、駄目。もうあっちにはいけない。終わりの合図が、私が扉を出たすぐ後に聞こえたんだもの。ガチャって……。



 私はキュッと唇を結び、その場に立ち尽くした。



 いつまでもこうしていたい。けれど、いつまでもこうしてはいられない。今は十二月、濃藍が強まると共にゾクッと突き刺してくる寒さも強さを増してくるからだ。



「……入らなきゃ」

 私はボソッと勇気を吐き出してから、鍵穴に鍵を差し込む。

 ガチャリと、解錠の音が物々しく弾けた。



 そうして扉がゆったりと外側に開かれていくと同時に、秘めていた内側をじわじわと露わにする。



 纏っていた幸せが、ぞわぁっと前からやってくる恐怖によってかき消され始めた。



 玄関に広がっている、数々の不気味。

 しゃがみ込んでみると、それらには全て悍ましい想いが孕んでいた。

「なんで隣に行くんだ」「浮気は許せないよ」「君の部屋はここだろう?」「どこまで許してくれるか、それを試しているのだろう?」「大丈夫、君を愛しているからどこまでも許せるよ」「君を愛しているからこそ耐えられるんだよ、分かる?」「近々夫婦になるのだから、今のうちにしっかりと互いを尊重し、思い合おうよ」

 そして「愛している」と誇るかの様に添えられた一輪差しのバラたち。花弁を美麗に彩るのは深紅色のはずだけれど、どうにも黒がぶわりと強まったダークローズにしか見えない。



 嗚呼、もう本当に怖い。あれから毎日の様に入っているし、メッセージは増えてくるし。でも依然として、バラだけは一本ずつなのがなんだか気持ち悪い。



 悍ましい恐怖がこれ以上広がらない様にするべく、私はサッとかき集めてゴミ箱へと直行した。



 腕の中に抱え込んでいた物を全て、ボンッと乱暴に突き放す。

 それでも腕の中には、いや、心の中には抱え込んでしまった恐怖がぞわぁと入り込んでしまっていた。



 心地悪い何かが、ぞわぞわと蠢動し続ける。

 気にしないとそっぽを向き続けているのに。私の顎を掴んで、ぐいと強引に向かせてくるのだ。「無視をするな、俺を見ろ」と。

 だから安心出来るはずの我が家でも、べたぁとした恐怖に竦んで動けなくなってしまう。



 もうこれは警察に相談するべき? でも、相手が分からないし、直接何かをされたって訳でもないから「無理です」ってなりそうよね。

 そうだ、京子に……いや、絶対に駄目。あの子の事だから、無理して事に当たる。仕事を平気で放り投げてくるだろうし、不明な相手に向かって真っ向からぶつかっていく。それが一番怖いし、嫌だもの。だから京子は絶対に駄目よ。



 と来れば、親に相談となるけれど。そうなったら、間違いなくここは退居させられる。父さんなんて鬼の首を取った様に言ってくるわ。「だから俺の勧めた所にしておけば良かったんだよ!」って。母さんも「退居は嫌」って言う私に「危ないと分かった所に娘を一人残しておける親は居ませんからね」って、正論を交えて窘めてくるはず。



 ここは自分で選んで、自分で見つけた所。それに運命を手にできた所なの、だから絶対退居は嫌。

 そうなれば、残る手は自分だ。私自身で、なんとかする。



 京子の様な腕力もなく、ずば抜けて頭が良い訳でもない私がとれる手段は……無視だ。

 これらの相手をせず、無視をし続ける。うんうん、そうよ。それが一番良いわ。ふんって無視していたら、相手も「なぁんだ」って諦めるだろうし、私も怖い怖いって固まる事がなくなるものね。



 自分の内側で「無視」と言う決意を堅く結ぶ。

 刹那、フッと彼の姿が脳裏に現れた。



 私は自分りせいが出してきた策に、ギョッとしてしまう。



 まさか、雨澤さんに言えって言うの? そんなの、絶対に駄目!



 ふっと出された次策に、ぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。



 雨澤さんにはこんな事が起きているなんて言いたくないし、知られたくないわ。それに、彼はきっとこんな事に巻き込まれたくないはず。



 私はつらつらっと口早に反論を並べ立て、現れた雨澤さんに「大丈夫、私一人でなんとか出来るから!」と笑顔で外へ送り出す。



 そう、大丈夫。自分一人で、きっとなんとか出来る。

 私はギュッと奥歯を噛みしめた。今はこんな事に気を取られている場合じゃないのに、と。



 タイムリミットが近づいているのだ。

 私達の間に残された時間は、あと、一ヶ月。彼の心を幸せに包めてもいないし、彼の意識だって「生きたい」に振り向かせられないままだと言うのに。



「大丈夫、大丈夫」

 私は弱々しく縮こまる自分の背をトンッと叩き、ぞわぞわと這い上がってくる魔の手からパッと離れたのだった。