日食が終わるまで、あと××時間

「いただきます!」



 いつも元気な声が今日は一段と大きい。それに、いつもより一段と一口も大きいし、美味しそうに頬張る姿も一段と輝いている。



 高級料理を食べているとしか思えない食べ方だが。何度見ても彼女が食べているのは、俺が豪快に火を通したおかげで黒炭が多い豚丼だ。

 彼女が作ってくれたポテサラや大根のつまみの方が、見栄えも味も、うんと良い。同じ食卓に並べられているから、天と地の差が殊更明確に出ている位だ。



 だから俺の作ったエセ豚丼の方ばかりを「美味しいっ」と言って食べてくれるのが、不思議で仕方ない。



 俺は箸先をぐっと押し込み、白米に肉を巻き付ける様にして掬い上げてから、パクリと頬張った。



 焦げ付いた苦みと白米の甘さ、そのシーソーはぐらぐらとひどく揺らぎっぱなし。挙げ句、全体をキリッと引き締めるはずの焼き肉のタレも「ちょっとお手上げ」と言わんばかりの広がり方になっているので最悪だ。



 嗚呼うん、本当におかしい。なんでコレに、そんな風になれるのか。全く分からない。



 俺はバランスの悪い味を深く噛みしめずに、作ってくれたポテサラにサッと移行する。



 マヨネーズと粒マスタードでコーティングされた柔らかなポテトと、シャキシャキとみずみずしいキュウリが、口の中に広げられている苦味を薄めてくれる。



 やっぱり、本物の方がうんと旨い。

 俺はもごもごと噛みしめながら、彼女をチラと伺った。「やっぱり、大仰過ぎやしないか」と。



 彼女は、俺の視線に直ぐさま気ついた。

 星が瞬く煌めきが彼女の瞳から飛ばされた様に感じて、思わず視線をサッと逸らしかけたが。ふわっと朗らかに綻ぶ顔にパッと捉えられてしまった。



「豚丼、本当に凄く美味しい」

 ありがとう、雨澤さん。と、彼女は喜色を浮かべてまた一口を頬張る。

「本当に美味しいわ」

 咀嚼が終わっても尚、味を深く噛みしめていた。



 やっぱりお世辞だとしても、本音だとしても、言い過ぎだ。コレがそんなに旨い訳ないだろ。



 頭の中で淡々と言葉が羅列されていく。

 けれど、どうしてか。それはいつもみたいに外に向かって歩き出そうとせず、その場でガチリと突っ立っていた。



 俺は「おい、どうした」と、固まる言葉をぐいぐいと押し始める。



 ……気がつかなかった。その横をほわぁと穏やかに進む別物が通っている事に。

 あまりにも形がなかったからか、あまりにも自分の世界と外れていたからか。それとも、彼女の笑みばかりが眼前でくっきりと映っていたからか。

 理由はどうあれ、俺は外に出て行かれるまで全く気がつけなかった。



「また、作るよ」

 ハッと伸ばした制止の手は、ソレの温かみが残る虚空を掴んだだけ。

 俺は思いがけず零れてしまった一言にギョッとした。



 なんでそんな事を言ってしまったのだろうか。料理上手に振る舞える物なんて、料理下手では何一つ作れやしない。にも関わらず「また作る」なんて宣言、おかしすぎるだろう。今みたいに恥を晒し、彼女の大仰な感想で羞恥に塗れるだけだ。



 掴んだ温かさにわたわたと驚き、「訂正しろ、訂正しろ」と内側の自分がえらく喚き立てる。

 そんな喧しさに押されて、彼女に向き直ると。彼女も、また、ギョッと固まっている事に気がついた。

 だからだろう。俺は自分の驚きよりも、彼女の驚きを解すべくすっ飛んでいた。

「いや、また作るって言うのはコレと同じ物を作るって事じゃなくて。今度はもっとちゃんとしたやつを作ろうと思ってるからって話で。いや違う。そもそも君が」

「嬉しい」

 つらつらとした早口が、ピタッと止まる。



 その一言にハッとして彼女を見ると、広げられていた驚きがいつの間にか消えていた。



 柔らかな微笑を浮かべてまっすぐ射抜いている。

 俺を、俺だけを。



「楽しみにしてるね」

 柔らかな微笑の音が鼓膜を震わせた刹那、意識も、言葉も、取られてしまった。

 彼女一人だけに。



 だからまた、思いがけない言葉を返してしまうのだ。

「……期待はしないでくれ」



 自分を制御出来ていない心地悪さと嫌悪があるはずなのに、それを感じないのはどうしてなのか。



「大した物は作れないし、旨さだって保証出来ない物ばかりになるから」

「雨澤さんはそう思っていても、私にとっては何であれ幸せなごちそうに変わるの。だから作って欲しいな」



 ほわりと広がる笑みを見る度に「これで良いか」と思えてしまうのは、どうしてなのか。



 彼女と出会ってから、本当に訳が分からない事が多い。

 全て、自分の事のはずなのに。



 俺は「ん」と弱々しく頷いた。



 目の前の太陽には敵わない、ただそれだけは分かっていたから。