「足下に気を付けてお降りください。ありがとうございましたぁ」
もう何回目か分からないグループを同じ笑顔と台詞で送り出していく。
こちらを見て、挨拶を返してくれる人はあまり居ないけれど。皆、幸せそうな笑顔で「楽しかったねぇ」とこの場を後にしていく。
だからちっとも気にしない。寧ろ、それぞれの世界で幸せが構築されていく一面を見られるから、無視されて嬉しい位だ。
崩れない笑顔と幸せが、ここにある。
私は手をひらひらと振りながら、乗り終えて出て行く人達の背を見送っていた。
その時だ、フッと脳内に私の幸せが映る。まるで、天使が「貴方にも、貴方の幸せがあるでしょう」と他人の幸せに笑みを広げるばかりの私に言ってきたみたいだ。
そう。今日も退勤したら、すぐに彼の家に飛び込むの。
何を作ろうかなぁ。昨日は鮭のカレーマヨ焼きだったから、今日はお肉かな? あ、ハンバーグとか良いかも。雨澤さん、トマトが好きだからソースはトマトをベースにしたやつにしようかな。うーん、でもデミグラス系も捨てがたい。
あぁ何にしよう、迷うなぁ。
浮かべる笑みの種類が、ニコニコと変わっていく。彼の部屋でご飯を作り食べるようになってから、いつもこうだ。
もう、一週間が経つって言うのに。
脳裏という映画館に、保管されている過去が映写機にセットされてガーッと放映され始めた。
三日間は、交互に部屋を行き来していたけれど。翌日に雨澤さんが「俺の部屋に固定しないか」と言ってきたので、雨澤さんの部屋が開催地として固定された。
多分、私の部屋に来るのが本当に嫌だったのだと思う。
そんなに嫌だったなんて。って、落ち込む自分は確かにいた。
それでも背にビシビシと容赦なく剣先を当ててくる時間が「そんな事で落ち込む暇なんてないから!」ってなよなよとする私をシャキッとさせ、好意を抱く自分と彼を繋ぎ止める事で必死になる自分の隣に立たせて、奮然とさせるのだ。
だからこそ「良いわよ!」と軽やかに言えたし、「好きな人の部屋で好きな人と過ごせるなんてラッキー!」にシフトチェンジ出来たのだ。
にへへと、だらしない笑みがまた零れる。
刹那、「あの」と前から声が貫いてきた。おずおずとしながらも、どこかハッキリと芯のある声だ。
ふにゃふにゃと止まらなかった柔い崩壊が、嘘みたいな速度で修復されていく。
そうして我に返った先に居たのは、男性のお客様だった。年は四十代前半か三十代後半くらいで、顔には柔和さが広がっている。
視認した瞬間、何もかもがキリッと「仕事」モードに切り替えられた。
「はい、すみません! 何でしょう?」
元気と明るさをニコッと咲かせて尋ねる。
すると男性は柔らかな笑みを返しながら「これ」と、私の方に向かって手を差し出した。
「さっき並んでいた時に拾ったんですけど。どうしたら良いですかね?」
物腰柔らかな口調で、パッと指を広げられる。
コロリと男性の掌で小さく傾いたのは、遊園地のメインキャラクターが小さなぬいぐるみとして付いたキーホルダーだった。
今の季節に限定の物であり、かなり綺麗な所を見るに、買って付けたらすぐにストンと落ちてしまったのかもしれない。それか、お土産袋からぴょいと抜け出してしまったのかもしれない。
あるあるは前者よね。と思いながら、私は目の前の男性に「拾っていただいてありがとうございます」と礼を述べた。
「私がお預かりしちゃいますね」
「お願いします」
コロリと、デフォルメされた可愛さが私の掌に移る。
お客様が落としたと分かってここに来てくれると良いけど。それも難しいだろうから、忘れ物センター行きが一番かな。
掌に乗った可愛さの行き先を考えていると、視界の端に見える足先がまだ固まっていた。
おやっ? と思うと同時に、「このアトラクション」と前から新しい話が始められる。
「楽しいですよね。僕、今日何回も乗ってるんですけど。分かりますか? 分かりますよね?」
ぶんっと急に投げられる疑問に、思わず「えっ」が飛び出てしまった。
何回も乗っているって事は、ここの出入り口を何度も通っているって事よね。ええぇ、居た? 居た、のかな?
私は慌てて、迎えては送り出してきた数々の人達の中から目の前の人を探していく。
けれど、なかなか合致しない。幸せそうな笑顔がサーッと通り過ぎていくだけだ。勿論と言うべきか、印象深いと言うカテゴライズの中にも居ない。
記憶フォルダのどこを漁っても、この目の前の男性は居ないのだ。
私は「何回も乗っちゃうの、分かります」と相槌を朗らかに打ってから、「お兄さんが来てくださった時は、私、居なかったかもしれないですねぇ」と笑みを浮かべた。申し訳なさを全面に押し出すだけじゃなく、たっぷりと「残念」も込めて。
すると「いや」と、乾いた否定が飛んできた。
「居ましたよ」
ちゃんと、ここに。と、目が細長く弧を描く。うっすらと歪む唇に、ヒタリと威圧が籠もっている様に見えてしまった。
スッと、冷や汗が背筋を駆ける。
純真さを感じさせる中に、ぞわりと粟立つ禍々しさが孕んでいる。
……違う。多分、私の気にしすぎ。こんなに優しそうな人なのだから、嫌な感じを覚えるなんて失礼よ。
ぞわりと震える内側をそう窘めるも、私の言葉は「えっ、あっ」と喉奥で絡まったままだった。
「そ、そうでしたか?」
ご、ごめんなさい。と、絞り出す様にして謝罪を返す。
眼前からの静かな威圧が私の言葉をドンドンと奪っていくせいで単調な言葉しか出せなかった、そんな時だった。
「パパ!」
四歳ほどの女の子がタタタッと勢いのある軽やかな足取りで、男性の横に突っ込んで来る。
「もう行こうよ、まだ駄目なの? !」
男性は奮然とする女の子を泰然と受け止めると「パパは落とし物をお姉さんに渡してくるからって言ったじゃないか」と、優しく宥めた。
それでも、キラキラとした楽しさと幸せに包まれているからか。女の子の耳にそんな宥めは少しも通らず、「もう次に行こうよ! ママもそろそろ違う所に行こうって! ほら、早く!」と父親を引っ張り始めた。
まだ小さな手だと言うのに、留まっている手に皺がピシッと入るまで掴み、ぐいぐいと自分の求める方へと進ませていく。
「ああ、もう。分かったから」
父親に変わった男性は大興奮の娘を抱きかかえると、「じゃあ、よろしくお願いします」と私にぺこりと一礼した。
私は驚き固まっていた口角を強引に動かして「はい」と、答えるしか出来なかったが。彼は、私の浮かべる困惑と驚きを一瞥する事もなく、家族の世界に溶け込んで行った。
今までの流れなんてなかったみたいに、あまりにも颯爽と。
パチパチと、不自然にさせられた驚きが瞬かれた。
一体、何だったんだろう。なんか、うん。変な人だった……のかも。
我に返ってから今までの一連と認識を噛みしめると同時に、ストンと目が掌へ落ちた。
パチリと開いたままの目とにこぉと固まった口元が、じわぁと留まる。
すると、ギュッと指が内側に丸まった。
動揺が抜けきらない瞳で見つめてしまったからだろう。可愛さが全く別の物に見えてしまったのだ。
笑っているのに笑っていない、あの男性が浮かべていたものと同じ恐ろしいナニカに。
一本ずつヒヤリと逆立っていくのを感じた私は、急いでバックヤードに飛び込み、内側にある物を全て手放した。
先輩が「オッケ~」と笑いながら受け取ってくれたばかりか、「結叶ちゃん、もう上がる時間だよね? そしたら、このまま退勤しちゃいな!」と、彼の待つ家へと快く送り出してくれたのが救いに感じたのだった。
もう何回目か分からないグループを同じ笑顔と台詞で送り出していく。
こちらを見て、挨拶を返してくれる人はあまり居ないけれど。皆、幸せそうな笑顔で「楽しかったねぇ」とこの場を後にしていく。
だからちっとも気にしない。寧ろ、それぞれの世界で幸せが構築されていく一面を見られるから、無視されて嬉しい位だ。
崩れない笑顔と幸せが、ここにある。
私は手をひらひらと振りながら、乗り終えて出て行く人達の背を見送っていた。
その時だ、フッと脳内に私の幸せが映る。まるで、天使が「貴方にも、貴方の幸せがあるでしょう」と他人の幸せに笑みを広げるばかりの私に言ってきたみたいだ。
そう。今日も退勤したら、すぐに彼の家に飛び込むの。
何を作ろうかなぁ。昨日は鮭のカレーマヨ焼きだったから、今日はお肉かな? あ、ハンバーグとか良いかも。雨澤さん、トマトが好きだからソースはトマトをベースにしたやつにしようかな。うーん、でもデミグラス系も捨てがたい。
あぁ何にしよう、迷うなぁ。
浮かべる笑みの種類が、ニコニコと変わっていく。彼の部屋でご飯を作り食べるようになってから、いつもこうだ。
もう、一週間が経つって言うのに。
脳裏という映画館に、保管されている過去が映写機にセットされてガーッと放映され始めた。
三日間は、交互に部屋を行き来していたけれど。翌日に雨澤さんが「俺の部屋に固定しないか」と言ってきたので、雨澤さんの部屋が開催地として固定された。
多分、私の部屋に来るのが本当に嫌だったのだと思う。
そんなに嫌だったなんて。って、落ち込む自分は確かにいた。
それでも背にビシビシと容赦なく剣先を当ててくる時間が「そんな事で落ち込む暇なんてないから!」ってなよなよとする私をシャキッとさせ、好意を抱く自分と彼を繋ぎ止める事で必死になる自分の隣に立たせて、奮然とさせるのだ。
だからこそ「良いわよ!」と軽やかに言えたし、「好きな人の部屋で好きな人と過ごせるなんてラッキー!」にシフトチェンジ出来たのだ。
にへへと、だらしない笑みがまた零れる。
刹那、「あの」と前から声が貫いてきた。おずおずとしながらも、どこかハッキリと芯のある声だ。
ふにゃふにゃと止まらなかった柔い崩壊が、嘘みたいな速度で修復されていく。
そうして我に返った先に居たのは、男性のお客様だった。年は四十代前半か三十代後半くらいで、顔には柔和さが広がっている。
視認した瞬間、何もかもがキリッと「仕事」モードに切り替えられた。
「はい、すみません! 何でしょう?」
元気と明るさをニコッと咲かせて尋ねる。
すると男性は柔らかな笑みを返しながら「これ」と、私の方に向かって手を差し出した。
「さっき並んでいた時に拾ったんですけど。どうしたら良いですかね?」
物腰柔らかな口調で、パッと指を広げられる。
コロリと男性の掌で小さく傾いたのは、遊園地のメインキャラクターが小さなぬいぐるみとして付いたキーホルダーだった。
今の季節に限定の物であり、かなり綺麗な所を見るに、買って付けたらすぐにストンと落ちてしまったのかもしれない。それか、お土産袋からぴょいと抜け出してしまったのかもしれない。
あるあるは前者よね。と思いながら、私は目の前の男性に「拾っていただいてありがとうございます」と礼を述べた。
「私がお預かりしちゃいますね」
「お願いします」
コロリと、デフォルメされた可愛さが私の掌に移る。
お客様が落としたと分かってここに来てくれると良いけど。それも難しいだろうから、忘れ物センター行きが一番かな。
掌に乗った可愛さの行き先を考えていると、視界の端に見える足先がまだ固まっていた。
おやっ? と思うと同時に、「このアトラクション」と前から新しい話が始められる。
「楽しいですよね。僕、今日何回も乗ってるんですけど。分かりますか? 分かりますよね?」
ぶんっと急に投げられる疑問に、思わず「えっ」が飛び出てしまった。
何回も乗っているって事は、ここの出入り口を何度も通っているって事よね。ええぇ、居た? 居た、のかな?
私は慌てて、迎えては送り出してきた数々の人達の中から目の前の人を探していく。
けれど、なかなか合致しない。幸せそうな笑顔がサーッと通り過ぎていくだけだ。勿論と言うべきか、印象深いと言うカテゴライズの中にも居ない。
記憶フォルダのどこを漁っても、この目の前の男性は居ないのだ。
私は「何回も乗っちゃうの、分かります」と相槌を朗らかに打ってから、「お兄さんが来てくださった時は、私、居なかったかもしれないですねぇ」と笑みを浮かべた。申し訳なさを全面に押し出すだけじゃなく、たっぷりと「残念」も込めて。
すると「いや」と、乾いた否定が飛んできた。
「居ましたよ」
ちゃんと、ここに。と、目が細長く弧を描く。うっすらと歪む唇に、ヒタリと威圧が籠もっている様に見えてしまった。
スッと、冷や汗が背筋を駆ける。
純真さを感じさせる中に、ぞわりと粟立つ禍々しさが孕んでいる。
……違う。多分、私の気にしすぎ。こんなに優しそうな人なのだから、嫌な感じを覚えるなんて失礼よ。
ぞわりと震える内側をそう窘めるも、私の言葉は「えっ、あっ」と喉奥で絡まったままだった。
「そ、そうでしたか?」
ご、ごめんなさい。と、絞り出す様にして謝罪を返す。
眼前からの静かな威圧が私の言葉をドンドンと奪っていくせいで単調な言葉しか出せなかった、そんな時だった。
「パパ!」
四歳ほどの女の子がタタタッと勢いのある軽やかな足取りで、男性の横に突っ込んで来る。
「もう行こうよ、まだ駄目なの? !」
男性は奮然とする女の子を泰然と受け止めると「パパは落とし物をお姉さんに渡してくるからって言ったじゃないか」と、優しく宥めた。
それでも、キラキラとした楽しさと幸せに包まれているからか。女の子の耳にそんな宥めは少しも通らず、「もう次に行こうよ! ママもそろそろ違う所に行こうって! ほら、早く!」と父親を引っ張り始めた。
まだ小さな手だと言うのに、留まっている手に皺がピシッと入るまで掴み、ぐいぐいと自分の求める方へと進ませていく。
「ああ、もう。分かったから」
父親に変わった男性は大興奮の娘を抱きかかえると、「じゃあ、よろしくお願いします」と私にぺこりと一礼した。
私は驚き固まっていた口角を強引に動かして「はい」と、答えるしか出来なかったが。彼は、私の浮かべる困惑と驚きを一瞥する事もなく、家族の世界に溶け込んで行った。
今までの流れなんてなかったみたいに、あまりにも颯爽と。
パチパチと、不自然にさせられた驚きが瞬かれた。
一体、何だったんだろう。なんか、うん。変な人だった……のかも。
我に返ってから今までの一連と認識を噛みしめると同時に、ストンと目が掌へ落ちた。
パチリと開いたままの目とにこぉと固まった口元が、じわぁと留まる。
すると、ギュッと指が内側に丸まった。
動揺が抜けきらない瞳で見つめてしまったからだろう。可愛さが全く別の物に見えてしまったのだ。
笑っているのに笑っていない、あの男性が浮かべていたものと同じ恐ろしいナニカに。
一本ずつヒヤリと逆立っていくのを感じた私は、急いでバックヤードに飛び込み、内側にある物を全て手放した。
先輩が「オッケ~」と笑いながら受け取ってくれたばかりか、「結叶ちゃん、もう上がる時間だよね? そしたら、このまま退勤しちゃいな!」と、彼の待つ家へと快く送り出してくれたのが救いに感じたのだった。



