「絶対に嫌」
「嫌じゃなくて、もうそうするしかないの!」
私は「いい加減にして」とばかりに扉の前でごね続ける雨澤さんの背を押し、なんとか内側に……私の部屋に押し込もうとする。
すると彼も「絶対に入らない」と、必死に抵抗してきた。勿論、私だって負ける気はない。
「野菜を扉の前に運ぶだけで良いからって言っただろ!」
「それだけで終わりとは言ってないでしょ!」
ぐいぐいと押す力と引く力が拮抗する、かなり良い勝負の具合だった……けれど。
「……クソ、意外と馬鹿力だな」
「もうっ、色々とうるさいっ!」
歯がみしながらボソッと漏れる苦言を契機に、ドンッとバランスが前のめりに崩れた。
バタンッ! と、私は勢いよく扉を閉ざし、雨澤さんはガバッと勢いよく振り返る。
けれど、彼の勢いが急激に弱くなった。
多分、というか、絶対に戦意喪失したんだ。「はい、もう諦めて」と、腰に両手を当てながら立ちはだかる私を前にしているから。
私はフフッと勝利の笑みを広げた。
「どうぞ、そのまま上がってください。ね?」
私の双眸に映る、美麗な顔がぐにゃあと不格好に歪んだのだった。
逃げ場なしと分かると、彼は意外と従順になる。それまでの頑なな拒絶はどこへやらって感じになるのだ。
まぁ、それでもずっと変わらないものもある。微塵も隠そうとしない「嫌」な顔と「めちゃくちゃ不満です」と訴えまくるオーラだ。
私は隣からビシビシと刺さる不満に気づかないフリをして、「さて、と。作り始めますかねぇ」と安穏な口調で告げる。
「雨澤さんはにんじん担当ね、私はタマネギとじゃがいもをやるから」
さっと腕まくりし、タマネギを切る準備にかかった。
雨澤さんは意気揚々と作り始めようとする私をジト目で射抜いてから、ストンと手元に目を落とす。
「あのさ。なんで、まな板と包丁が二個もある訳?」
「それは親友の為って言うか、親友のせいって言うか」
苦々しい問いかけに、トンッとタマネギを半分に切りながら朗らかに打ち返した。
「私の親友、壊滅的に料理が下手なのよ。それでも上達しようと必死だから、私の家で特訓するの。だから調理器具が、私が買った物と親友が買った物の二個になるって訳」
トントンッと、半月状になったタマネギの繊維を断ち切る様にして包丁を入れていく。
「成程」
雨澤さんは小さく頷いてから、また手元に目を落とした。
「あのさ、どうやるの?」
トントンッと、ミリ単位の薄さを意識しながら均等に刻んでいく手をピタッと止める。
「私的に、にんじんは食べやすい大きさになれば良いって思っているから。切り方はおまかせって感じかな。乱切りでも良いし、いちょう切りでも良いし。何なら輪切りでも良いし」
あ、乱切りとか分かる? と、横でがちっと固まる端正な横顔に向かって言った。
「まぁ、なんとなく」
なんとも心許ない答えが返されたけれど。まぁ、大丈夫よね。すぐ横に居るから、教えられもするし、止められもするし……。
私が若干の不安を覚えていると、「あと」と彼から言葉を続けられた。
「皮は?」
「剥いても良いけど、にんじんは皮に栄養がすごくあるから。私はそのまま使っちゃうかな」
「分かった」
雨澤さんは憮然と頷いてから、恐る恐ると言った手で包丁を握りしめる。そしてゆっくりとにんじんに左手を当て、ヒヤリとする刃をオレンジ色の側面に当て始めた。
瞼裏に蘇る、京子の姿。いや、雨澤さんの姿にピタリと京子が重なり始めたのだ。
うーん、結構ヒヤヒヤする手つきなのだけれど……って。
「待って、それじゃ危な……いっ!」
一歩遅かった注意、一歩早かった切れ込み。
サクッと切られた線から、直ぐさま鮮血がドプリと現れた。
ギョッとする私、イッと小さく呻く雨澤さん。
「来て!」
私は直ぐさま雨澤さんの手を引っ張り、鮮血がたらりと流れる指先の手当に走った。
くるんと巻かれた絆創膏から最後の白をピッと引き抜き、ピタッと指先に沿う様に貼る。
「雨澤さん、何でもそつなくこなしそうに見えるけど。意外と不器用なのね」
「いや、これは自炊しないだけだから」
ありがとうと述べられてから放たれた言葉に、私の口は「そうでしたねぇ」とぎこちない湾曲を描いた。
やっぱりこの人、意外と負けん気が強いわよね。所々でちょっと張り合ってくるって言うか、「独りでも出来るから」みたいな感じを出してくるって言うか。
新たに雨澤さんのデータを書き足してから、私は「まぁ、でも親友よりはマシな料理下手よ」と小さく笑った。
「切ってくれたにんじんも割と均等だし、まな板が無事なままだしね」
雨澤さんは手当された指先を軽く折り曲げながら「これより酷いって、どんな人だよ」と、ボソッと突っ込む。
「色々と勢いが凄い子なの」
だから結構大きくサクッとも行くし、ゴウッとも行くし、ギャアッてもなるの。と、小さく肩を竦めて言った。
「念の為に言っとくけど、俺はそんなじゃないから」
「そりゃそうじゃないと困るわよ。あんな規格外は一人で充分」
京子がどこかで大きなくしゃみをしている事を感じながら、私は「じゃあ、続きに取りかかっちゃうね。雨澤さんは、そこでくつろいでて」と、彼を身近に残してから、続きに取りかかったのだった。
「嫌じゃなくて、もうそうするしかないの!」
私は「いい加減にして」とばかりに扉の前でごね続ける雨澤さんの背を押し、なんとか内側に……私の部屋に押し込もうとする。
すると彼も「絶対に入らない」と、必死に抵抗してきた。勿論、私だって負ける気はない。
「野菜を扉の前に運ぶだけで良いからって言っただろ!」
「それだけで終わりとは言ってないでしょ!」
ぐいぐいと押す力と引く力が拮抗する、かなり良い勝負の具合だった……けれど。
「……クソ、意外と馬鹿力だな」
「もうっ、色々とうるさいっ!」
歯がみしながらボソッと漏れる苦言を契機に、ドンッとバランスが前のめりに崩れた。
バタンッ! と、私は勢いよく扉を閉ざし、雨澤さんはガバッと勢いよく振り返る。
けれど、彼の勢いが急激に弱くなった。
多分、というか、絶対に戦意喪失したんだ。「はい、もう諦めて」と、腰に両手を当てながら立ちはだかる私を前にしているから。
私はフフッと勝利の笑みを広げた。
「どうぞ、そのまま上がってください。ね?」
私の双眸に映る、美麗な顔がぐにゃあと不格好に歪んだのだった。
逃げ場なしと分かると、彼は意外と従順になる。それまでの頑なな拒絶はどこへやらって感じになるのだ。
まぁ、それでもずっと変わらないものもある。微塵も隠そうとしない「嫌」な顔と「めちゃくちゃ不満です」と訴えまくるオーラだ。
私は隣からビシビシと刺さる不満に気づかないフリをして、「さて、と。作り始めますかねぇ」と安穏な口調で告げる。
「雨澤さんはにんじん担当ね、私はタマネギとじゃがいもをやるから」
さっと腕まくりし、タマネギを切る準備にかかった。
雨澤さんは意気揚々と作り始めようとする私をジト目で射抜いてから、ストンと手元に目を落とす。
「あのさ。なんで、まな板と包丁が二個もある訳?」
「それは親友の為って言うか、親友のせいって言うか」
苦々しい問いかけに、トンッとタマネギを半分に切りながら朗らかに打ち返した。
「私の親友、壊滅的に料理が下手なのよ。それでも上達しようと必死だから、私の家で特訓するの。だから調理器具が、私が買った物と親友が買った物の二個になるって訳」
トントンッと、半月状になったタマネギの繊維を断ち切る様にして包丁を入れていく。
「成程」
雨澤さんは小さく頷いてから、また手元に目を落とした。
「あのさ、どうやるの?」
トントンッと、ミリ単位の薄さを意識しながら均等に刻んでいく手をピタッと止める。
「私的に、にんじんは食べやすい大きさになれば良いって思っているから。切り方はおまかせって感じかな。乱切りでも良いし、いちょう切りでも良いし。何なら輪切りでも良いし」
あ、乱切りとか分かる? と、横でがちっと固まる端正な横顔に向かって言った。
「まぁ、なんとなく」
なんとも心許ない答えが返されたけれど。まぁ、大丈夫よね。すぐ横に居るから、教えられもするし、止められもするし……。
私が若干の不安を覚えていると、「あと」と彼から言葉を続けられた。
「皮は?」
「剥いても良いけど、にんじんは皮に栄養がすごくあるから。私はそのまま使っちゃうかな」
「分かった」
雨澤さんは憮然と頷いてから、恐る恐ると言った手で包丁を握りしめる。そしてゆっくりとにんじんに左手を当て、ヒヤリとする刃をオレンジ色の側面に当て始めた。
瞼裏に蘇る、京子の姿。いや、雨澤さんの姿にピタリと京子が重なり始めたのだ。
うーん、結構ヒヤヒヤする手つきなのだけれど……って。
「待って、それじゃ危な……いっ!」
一歩遅かった注意、一歩早かった切れ込み。
サクッと切られた線から、直ぐさま鮮血がドプリと現れた。
ギョッとする私、イッと小さく呻く雨澤さん。
「来て!」
私は直ぐさま雨澤さんの手を引っ張り、鮮血がたらりと流れる指先の手当に走った。
くるんと巻かれた絆創膏から最後の白をピッと引き抜き、ピタッと指先に沿う様に貼る。
「雨澤さん、何でもそつなくこなしそうに見えるけど。意外と不器用なのね」
「いや、これは自炊しないだけだから」
ありがとうと述べられてから放たれた言葉に、私の口は「そうでしたねぇ」とぎこちない湾曲を描いた。
やっぱりこの人、意外と負けん気が強いわよね。所々でちょっと張り合ってくるって言うか、「独りでも出来るから」みたいな感じを出してくるって言うか。
新たに雨澤さんのデータを書き足してから、私は「まぁ、でも親友よりはマシな料理下手よ」と小さく笑った。
「切ってくれたにんじんも割と均等だし、まな板が無事なままだしね」
雨澤さんは手当された指先を軽く折り曲げながら「これより酷いって、どんな人だよ」と、ボソッと突っ込む。
「色々と勢いが凄い子なの」
だから結構大きくサクッとも行くし、ゴウッとも行くし、ギャアッてもなるの。と、小さく肩を竦めて言った。
「念の為に言っとくけど、俺はそんなじゃないから」
「そりゃそうじゃないと困るわよ。あんな規格外は一人で充分」
京子がどこかで大きなくしゃみをしている事を感じながら、私は「じゃあ、続きに取りかかっちゃうね。雨澤さんは、そこでくつろいでて」と、彼を身近に残してから、続きに取りかかったのだった。



