俺の書いたヒロインがAIに『ヤンデレ』と評される件を相談した後輩ちゃんがひょっとしたらヤンデレかもしれない

 あたしは幼稚園の頃から、せんぱいを見てきました。せんぱいは覚えていないみたいだけど、幼稚園で、からだの大きな子たちにいじめられていたあたしを助けてくれたのが、せんぱいです。

 せんぱいが『金次郎』として持てはやされていた頃、あたしはじっと耐えていました。せんぱいはあんな不格好な銅像じゃなくて、かっこいいヒーローです。我慢できなくなって、せんぱいの同級生の男の子を椅子で殴ってしまってから、せんぱいを『金次郎』と呼ぶ人はいなくなりました。このときの先生が優しい人でよかったと思います。あたしがきちんと順序立てて説明したら理解していただけました。

 人にケガをさせてはいけない。絶対に。あたしは優しい人間に生まれ変わるべく、心を入れ替えて、いろんな本を読むようになりました。昔の人たちがどうやってこういう怒りをコントロールしていたのかを学習すれば、間違いは繰り返さないと思ったからです。あとは、せんぱいとの共通点が欲しかった。特に、中学生になってから、たくさんの本を読むようになっています。読める漢字や意味のわかる言葉が増えて、賢くなった気がしたのもよかったですね。

 本を読むようになったあたしに、友だちができました。同じクラスの愛子ちゃんです。愛子ちゃんはあたしに小説投稿サイトのカキヨミを教えてくれました。今思えばこれが地獄の始まりです。

有珠(ありす)ちゃんも、お話を書いてみたら?」

 気軽に勧められて、あたしはお話を書いてみました。それから、愛子ちゃんにやり方を教えてもらって、初めてのお話をカキヨミで投稿しています。新規ユーザーで初心者のあたしが書いたお話はそう簡単には読まれません。毎日新しいお話が公開されているカキヨミで、無名なあたしは埋もれるだけでした。

 愛子ちゃんの「読んだ読んだ!」という言葉と、たった一つのPVとハート。この為に、あたしは何作品か書いてみました。せんぱいの書く最高に面白くて元気の出るお話と比べると、暗いし、救いようがないし、Web小説で流行るような要素は一切ありません。それでも、愛子ちゃんが読んでくれているのなら、まあいっか、と思えるのでした。この時は。

「うっわ、何これ」
「これって、先輩がモデルぢゃね?」
「イタいわー」

 ある日、あたしが登校すると、愛子ちゃんと陽キャの女の子たちが話していました。あたしは、愛子ちゃんしか話し相手がいませんが、陽キャの女の子たちとの輪には入っていけません。

「おっ! ()()()()()()の登場だ!」
「――えっ?」

 愛子ちゃんがあたしを『アイリちゃん』と言っていて、あたしは耳を疑いました。昨晩公開した新作は、初めて書いた恋愛もの。主人公のアイリちゃんは、先輩の銀次郎に片思い中。第1話は、アイリちゃんの生い立ちから、アイリちゃんが意を決して、銀次郎に告白するシーン。

「ねーねー、この銀次郎って、あの()()()()()っしょ?」
「妄想でかーなーり盛られちゃってんね」
「実物はあんな根暗っぽいのにさ」

 キャハキャハと笑う陽キャの女の子たちのスマホの画面には、第1話が表示されています。あたしは、

「いや、さ、面白かったから、みんなに『読んで』ってオススメしたの! ネットに公開されているものだから、誰だって読んでもいいのよね?」

 嫌でした。あたしは、とっても嫌でした。教室から出て、通学路を逆走し、家に帰りました。ママは「どうしたの?」と驚いて、理由を聞いてきましたが、あたしは答えませんでした。部屋に閉じこもって、毛布をかぶって、カキヨミで公開していた全部の作品を非公開にします。

 冷静になって考えてみれば、愛子ちゃんの言うとおりです。カキヨミで公開したからには、誰だって読める状態にありました。せんぱいが読む可能性だってあります。あたしは軽率な行動を恥じたが、再公開しようとは思えませんでした。

 あんな風に笑われるのが嫌だ。
 いずれにせよ、愛子ちゃんぐらいしか読んでいなかったので、もういいです。

(カキヨミだ!)

 あたしはカキヨミをログアウトし、中学校は保健室登校になりました。せんぱいの後を追いかけて、同じ高校に入学しています。愛子ちゃんとも、陽キャの女の子たちとも離れられることを思えば、受験勉強は頑張れました。何より、せんぱいとまた会えますから。

(せんぱいが、カキヨミをしている!)

 せんぱいはあたしのことを忘れていたけど、あたしはせんぱいのことを覚えています。せんぱいが放課後に談話室に行くことは、入学の次の日から把握していました。せんぱいの席の後ろを陣取って、視界に入ってくるタブレット端末の画面を見ましたら、かつてあたしが見ていた画面を開いていまして、あたしは絶句しました。

(これは、せんぱいに近付くチャンス……!)

 あたしはトラウマを乗り越えて、カキヨミにログインし、せんぱいの短編を読みました。せんぱいの紡ぐ物語は、せんぱいの人柄のように優しさに満ちあふれています。あたしは一万字近いレビューを、一心不乱に打ち込んでいました。

 それからです。
 あたしとせんぱいとのお付き合いが始まったのは。

 あたしはせんぱいのような人にこそ、報われてほしい。かつてあたしがせんぱいに救われたように、今度はあたしが、身を尽くして、せんぱいの努力を実らせたい!

「……カキヨミ甲子園、かあ」

 せんぱいと別れた帰りの電車の中で、呟きます。せんぱいが本気を出せばカキヨミ甲子園も優秀賞間違いなしですが、せんぱいの作品の良さを見抜けるような選考員がいらっしゃ――うわ。この人って『AIが書いたほうがまだマシな、読解力皆無のレビューを送られて萎えた』って言っている人がいらっしゃったような。選考員を書籍化作家でも編集者でもないど素人なユーザーからピックアップするなんて、カキヨミ運営は何を考えていらっしゃるのやら。レビューコメントをたくさん送った人が偉いわけなくないですか? しかも内容がうっすいやつ。

 おっと。
 失礼。

 カキヨミは承認欲求の人外魔境だから、今日も今日とて小競り合いが発生しています。カキヨミの主戦場はカキヨミじゃありません。匿名の掲示板やSNS、招待制のサーバーなのです。コメントは他のユーザーに見えてしまいますからね。表向きは仲良しごっこの馴れ合い三昧、裏の見えないところでは悪口大会。せんぱいが有名になっていくには、まずは読まれる作品を執筆していくことが大事です。人を作るのは環境。周りの人間関係ですからね。悪い勢力に振り回されて、モチベーションを下げないように、あたしがせんぱいを守らねば。

『がんばって書いたのにぜんぜん読まれない😭』

 はい、出ました。見てください、大先生の新鮮な嘆きです。SNSを開いてすぐに流れてくるこの手の嘆き。大先生はご存じないのかもしれませんが、カキヨミでは、作者以外のユーザーでも、その作品のPVが見られます。さて、見ていきましょう。

 なんと!
 5000()あるではありませんか。

 この5000という数字がどのぐらい読まれているのかといいますと、せんぱいの公開している百話超えの大長編のPVが500なことを考えれば、明らかに読まれています。なのに、この大先生にとっては5000なんて読まれていないの範囲なのですね。こういうことは人の目につく場所で言わない方がいいですよ。あたしみたいなへそ曲がりのユーザーがいますから。

「うわ……」

 お次はコンテストの結果。二次選考の中に、嫌な名前を見てしまって、即ブラウザバックしました。この人、自主企画で『みなさんの作品にアドバイスを送ります!』を開いて、せんぱいの大長編を貶した人ですね。この『アドバイス』が書き連ねられたエッセイは現在非公開になっていますが、非公開になった直後にこの人の作品の書籍化が発表されて、あたし、何か察しちゃいました。

「はあ」

 カキヨミのトップページに表示される人気ランキングの一位の人、短時間で他の作者にポイントを送りまくってアカウントを削除された人じゃありませんか。アカウントを作り直して出直したら、読み返しを期待するポイントを送らなくても人気になれてよかったですね。流行りの作品が書ければ、過去に何をしていても、読者は評価してくれるのでしょう。

 あーあ。
 やだやだ。

(そういえば、……あっ、来てる来てる)

 こういうものばかり見ていると気分も沈んできます。依頼していた感想が届いていたので回復です。あたしはあたしのお小遣いで、感想サービスの方に感想を書いてもらっています。もちろん、せんぱいの作品です。

 せんぱいの作品の感想を書いていただいて、せんぱいの嫌がりそうな箇所は修正して、せんぱいに「友だちに読んでもらいました!」と感想を送ると、せんぱいは喜んでくれます。せんぱいには、折れない心で執筆活動を続けてほしいです。

 あたしはあたしで、イラストの勉強を始めました。あたしが表紙と挿絵を描いて、せんぱいの書籍化に花を添えます。まだ下手なので、せんぱいには内緒にしていますが……神絵師になってみせます。今日も帰ってから、練習です!