俺の書いたヒロインがAIに『ヤンデレ』と評される件を相談した後輩ちゃんがひょっとしたらヤンデレかもしれない

 元々、本を読むのが好きだ。自分で言うのもなんだかなだが、生涯で読んだ文字数は他の同い年の人間より多い、と思う。

 ランドセルを背負いながら本を読んでいて、通学路でわざわざ自転車を止めたおじさんに「現代の二宮金次郎だねえ!」と呼ばれ、学校でのあだ名がしばらく『金次郎』になったぐらいだ。この後、自転車で駆け抜けていったおじさんにはわからないだろうが、俺の名前は金次郎ではなく、太一である。一文字も合っていない。

 小学生の頃はお小遣いも少ないので足繁く図書館に通っていたが、中学生の頃に親に買ってもらった電子書籍リーダーで電子書籍を読むようになる。

 読書家の太一少年は高校生になり、小説投稿サイトのカキヨミで小説を読むのにハマりだした。
 きっかけは、参考書を買いに出向いた本屋で平積みにされていた文庫本の帯にある『カキヨミ発!』という文字列。

 これまで小説家の先生になるには、ナントカ文学賞や、ライトノベル系の公募などに応募しなければならないものだとばかり思っていた。調べてみると、アマチュアのユーザーでも、カキヨミ内で開催されているコンテストで大賞やら特別賞やらに選ばれたり、投稿されている作品を編集者が見つけて書籍化に至ったケースが出てくる。自分の作品にタグを付ければ、名の知れた賞にも応募できるらしい。

 とはいえ、さっそく小説を書き始めるのにはハードルが高いと思った。これまでヨミばかりで、カキはしたことがない。まずは投稿されている作品を読んでみることにして、気になるタイトルから何作品かピックアップして読み始める。それから、電子書籍派から小説投稿サイト派に転身してしまった。

 俺が小説を書き始めたのは、とある自主企画(※カキヨミの機能の一つで、ユーザーが自主的に開くことのできるコンテストのようなもの)のおかげだ。いろいろな作品を読んでみて「俺だったらこう書くのにな」という欲が芽生えてきたのもある。この自主企画では三人の人に読んでもらえて、三人の人から必ず感想がもらえる、というのも背中を押してくれた。

 カキヨミを眺めていてたまに流れてくる『読まれない』という嘆き。俺としても、せっかく時間をかけて書いたのだから、誰かしらには読まれたいと思う。この自主企画に合わせて書けば、必ず三人からは読んでいただけるらしい。読まなきゃ感想は書けない。

 この時は一万字ほどの短編を書いている。書き始めてみると意外と書けてしまったが、いろいろと書きたいことを詰め込んでいくと一万字を過ぎてしまったので、泣く泣く文字を削って、人生初の『小説』が完成し、公開ボタンを押した。

 初投稿の日から、もうすぐ一年が経つ。今、この時の短編を読むと、粗が目立つし、手直ししたい箇所もいくつかあるし、感想でも指摘された部分を直したいが、それはそれとして初めて完成させた『小説』だ。そのまま残してある。

 ――というのも、この『小説』のおかげで、俺に()()()()()ができた。記念碑的な意味で、手を加えてしまうのはもったいない気がしている。

「せんぱーい!」

 放課後。学校の談話室に元気な声が響いた。何人かが「おや?」という顔で入り口の方を見る。俺も手元のタブレット端末の画面に向けていた視線を上げて、声の主に「よっ!」と挨拶をした。

「今週の更新分は、公開予約してあるぜ」

 まっすぐに俺の席に近付いてくる執筆友だち――この高校の一年生・角川有珠(ありす)に、俺はタブレット端末の画面を見せる。ログインしている作者しか見られない、作品の管理ページだ。

「おおーっ! ()()は筆が早いですなあ!」

 有珠とは、カキヨミ経由で知り合った。俺の処女作に有珠がコメントを残してくれたのが、交流の始まり。といっても、カキヨミでは個人情報のやりとりはできない。なんで有珠が俺のカキヨミでの活動名を知れたのかといえば、こうやって談話室でタブレット端末に無線のキーボードを接続して、俺のカキヨミでの連載作品の続きを書いていたからだ。有珠にはのぞき込むつもりはなかった(と本人は言っている)らしいが、つい見えてしまった画面で続きを書いているのを目撃すれば、声をかけたくなってしまう気持ちはわかる。

「先生はやめてくれ」

 てへへ、と笑う有珠はかわいい。草原で青草と共に揺れている小さな花のようだ。この有珠の笑顔を盗み見る男どもの視線は、俺にも浴びせられる。どうせ内心「ケッ」と思っているんだろう。

 残念だが、俺はお前たちの知らない有珠を知っている。有珠は俺が毎朝更新している連載作品の読者の一人なんだ。お前たちはカキヨミにユーザー登録もしていないだろうが、律儀に毎回コメントを送ってくれるし、こうして会ってからも「今日は神回でしたね!」と興奮気味に伝えてくれる。

「おっと。すみません。デビューしたら、っていう約束でしたね」

 俺はカキヨミで人気の作家先生ではないから、最新話を公開したとてせいぜいページ()ビュー()は『3』ぐらいだ。この大事な『3』の内の一つが有珠。物語の構想としてはまだ半分もいっていないのに、なんだかんだで百話を過ぎてしまっているから、新しい読者はなかなか増えない。たとえば俺が信頼できる友人から「面白いから読んで!」と作品を紹介されたとして、その作品が百話以上あったら「お、おう……」となってしまうから、読者がとっつきにくいのはわかる。読めば面白いっていうのは、有珠が証人だ。ありがたい。

「それに、学校だと紛らわしいからさ。ここに先生がいるのかと思われちゃう」

 お前たちはオーソドックス過ぎてなんだか地味なセーラー服姿の有珠しか知らないが、俺は休日のふわふわとした服にほんのり化粧をして髪型もお下げからハーフアップに変えてくるような女の子らしい有珠を知っている。さりげなくマウントを取るような発言になってしまっていたからか、他の男子生徒たちからまた「ケッ」という顔をされた。そのつもりはなかったんだが。

「えへへ。そうですね。……今日のせんぱい、悩んでます?」

 有珠が顔をぐぐっと近付けてきた。砂糖を焦がしたようなあまい香りが鼻をくすぐり、くしゃみが出そうになって顔を背ける。恥ずかしかったからじゃない。

「なんで?」
「顔に書いてあります」
「名探偵有珠にはお手上げだな」

 観念して、俺はタブレット端末の画面を切り替える。最近、カキヨミでは執筆活動に人工知能(AI)を取り入れて、執筆を手伝ってもらう作者が増えてきていて、俺も例に漏れず。とは言っても、まだまだ執筆に使うのには不向きではないか、と他の作者のAI利用作品を何作品か読んで思ったから、物は試しにと、連載作品の『感想』を聞く為に使ってみた。連載作品を第1話から読んでもらって、読者に意図が伝わっているかを確認する。作者は読者と違って、先の展開やまだ本文には出していないキャラクター設定が脳内にあるから、初見の読者の読み方はできない。その点、人工知能なら律儀に初見の感想を出力してくれる。

「あー、ジェミニですか!」
「チャッピーを使うか悩んだんだけど、ほら、ジェミニはCMも結構流れているし、グーグルだから」
「せんぱいもとうとうAIの軍門に(くだ)ってしまわれましたか……実に嘆かわしい……」
「あっ。もしかして、有珠はAI反対派だった?」
「いいえ? あたしという最高の読者がいますのに、と」

 有珠が妬いている。俺に初めて見せる表情だ。ぷっくりと膨らませた頬を突きたくなって、ぐっとこらえる。

「本当にそうだよ。やっぱり人間の感想が一番だな。改めて、有珠に感謝したくなった。いつも読んでくれて、ありがとう」

 俺が頭を下げると、有珠は「ちょっと! やめてください!」と慌てふためく。感謝の気持ちを忘れていたわけではない。書きたくて書き始めた物語だが、今では、俺の為でもあり、有珠を始めとした読者の為に書いている。作者と読者の二人三脚――いや、二人はおかしいか。みんなで一つの作品を創り上げているような感覚だ。この『みんな』に、人工知能は入れられないと思った。

「ジェミニが、俺の書いたヒロインを『ヤンデレ』だって言うんだ」

 解せない。俺は『ヤンデレ』を書くつもりで書いていない。デレてはいるが、病んでないのに『ヤンデレ』扱いは問題がある。それこそ『ヤンデレ』が好きな人に怒られてしまうだろう。

 俺の書いている連載作品には、主人公のことが大好きな幼なじみのヒロインのパメラちゃんが登場する。このパメラちゃんがジェミニには『ヤンデレ』に見えるらしい。

 中世ヨーロッパ風の異世界(本当はゲーム世界なのだが、ゲーム世界だと発覚するシーンまで書けていない)の赤ん坊に転生した主人公のジャックは、小さい頃から努力を積み重ね、気まぐれに道場へ見学に来ていた第二王子に剣術の腕が認められて王宮入りする。この王宮入りを知ったパメラちゃんが、ジャックの後を追いかけるようにして王宮入りし、転生者だからこの世界の常識を知らずに危なっかしい行動を取ってしまうジャックを手助けしていき、二人の距離感が『世間知らずの剣術バカと世話焼きの幼なじみ』から『心技体と成長した王宮最強の剣士と彼を支え続ける献身的な彼女』に変わっていく。

 この流れのどこに『ヤンデレ』要素がある?

 有珠ではない別の読者から、パメラちゃんに対して「ジャックへの愛が重たい」と指摘されたことはある。これを、ジェミニは『ヤンデレ』と一括りにしてはいないか。

「あたしは、パメラちゃんのこと、大好きですよ! ヤンデレじゃありません! パメラちゃんは、一途で、健気で、ジャックのことを真っ直ぐに愛してくれている。けれども、ジャックは鈍感だからか、幼なじみとして仲良くしてきたからか、ちっとも気付いてくれない……このじれったさ、もどかしさがいいんじゃないですか!」

 俺はパメラちゃんだとは言っていないが、有珠はパメラちゃんだと気付いてくれた。そしてこの熱弁である。

「そう言ってくれると、作者冥利に尽きるぜ」
「Web小説たるもの、性癖で読者の心を撃ち抜かないといけませんからね。その点、せんぱいは見事にあたしの心をバーンと撃ち抜いていったのです」

 この場合の性癖は誤用の方だが、言いたいことはわかった。俺もパメラちゃんはかわいいと思う。作者だけでなく読者もかわいいと思ってくれているのが嬉しい。

「ジェミニにはわかりませんか。Web小説たるもの、周りを刺し殺してランキング上位を狙わねばなりません。文学フリマで、せんぱいも見たじゃないですか。たくさんの作者たち。あの人たちの首を吹っ飛ばして、頂点に立ちましょうよ。せんぱいならいけます!」

 有珠は興奮すると言葉遣いが物騒になる。有珠の主張は、俺に伝わった。俺がカキヨミのランキング一位を獲って、書籍化する。有珠は出会った頃からずっとこの『書籍化』を俺の目標として掲げていた。

 俺はその、実のところ、有珠が読んでくれているだけで満足している。本にしていただけるのならすごいことだが、現状この状態では厳しいだろう。拾い上げがあるとはいえ、水底から砂金を掬い上げるよりは、金脈に出向いてピッケルで掘った方がいいに決まっている。

「その話だけど、俺、カキヨミ甲子園に参加しようかと思っていて」

 カキヨミ甲子園は、中高生限定のカキヨミのコンテストだ。どうやって中高生と判断するのかと、過去の結果に飛ぶと、在籍している学校名が載せられていた。プロの作家先生とアマチュアの上手い人たちに揉まれてランキングで争うよりは、同年代のみの戦いの方がまだ可能性があるような気がする。消極的な理由だから、有珠には言えない。

「カキヨミ甲子園! いいですね! いいと思います! 賛成です!」

 有珠が食いついてきた。俺の手を、両手で包むように握っている。

「どういう話を書けば審査員にウケそうかを、相談したいなと」
「いいでしょう! あたしはせんぱいの新作が読めて、せんぱいはカキヨミ甲子園からの書籍化! 夢が広がりますね! ワナビーどもを蹴散らしましょう!」

 カキヨミのアカウントは、有珠の方が先輩だ。カキヨミの使い方は有珠の方が詳しい。最新の流行りも有珠から教えてもらっている。

 ただ、有珠は作品を何も公開していない。昔は公開していたそうだが、全部非公開にしてしまったのだとか。どれでもいいから読ませてほしい、と頼むと「せんぱいの作品の方が一千億倍は面白いので、ダメです」と断られた。

「今のトレンドって、モキュメンタリーやNTRだと思うんですよ。この二つのどちらかでもタグに入っていれば、結構読まれるって聞きました」

 有珠は俺の横に椅子を持ってきて、座る。俺はタブレット端末で応募要項を開いた。

「モキュメンタリーかあ……」
「せんぱい、ホラー苦手でしたっけ」
「流行っているのは知っていて、書こうとしたけど、あんまり怖くならなくてさ」
「消す前に読ませてくださいよ!」
「ああ、うん。ごめん」

 俺はホラー作品が苦手だ。小さい頃に姉ちゃんが家のテレビでホラーゲームをやっているのを見かけてから、映像作品は軒並み見られなくなってしまった。小説はなおさら無理だ。文章から情景を想像するだけで背筋が凍る。背後に誰か立っているのではないかと振り返ってしまう。当たり前だが、誰もいない。

「苦手なりに克服しようと読んでみたんだが」
「えらいです! 偉大な第一歩ですね!」
「現実味がありすぎて、ノンフィクションなのかと思ったらぞっとして、読めなくなってしまった」
「なるほど?」

 俺が読めないものは書けないと思う。俺はルポライターでもなければ、エッセイストでもない。ニュースサイトの記事風や掲示板風も、そういう文化に慣れ親しんでいないとそれっぽくはならないだろう。

「NTRの方は、主人公が可哀想で」
「せんぱいは純愛派ですものね! わかります!」

 わかります、と言われてしまったが、俺は自分の『こうだったらいいのにな』の願望を作品に混ぜ込んではいない、と思う。パメラちゃんのような幼なじみはいないが、いなくても、まあ、有珠がいるから……。

「無理して書いても、好きな人にはバレると思う。浅くなるし、書いていても楽しくないだろうし。さっき有珠が言った『性癖で読者の心を撃ち抜け』に近いかな。撃ち抜く為の弾が弱くなるぜ?」
「ふーむ」
「甲子園やめようかな……」

 流行りのジャンルというのは、本を作って売る側の編集部だって注目しているだろう。流行りに乗れない俺は、参加しない方が身のためか。コンテストに参加して、もし選ばれなかったら、選ばれた作品よりも()ということにもなる。熱意を込めて書いた作品が上か下かを比較されるのは、正直つらい。

「やめないでください! あたしは先輩の新作が読みたいので、ぜひお願いします! 連載の続きも、完結まで書いてくださいよ! ねっ?」
「もうちょっと考えてみる。相談に乗ってくれてありがとうな」

 こうして励ましてくれる後輩ちゃんも『ヤンデレ』ってことになるのかな。俺のモチベーションを支えてくれている存在ではあるが。