国道十七号を南下する車内は、つい三十分前とは様相を変えいてた。軽い冗談すら許されないような、厳かな空気が漂っている。風通しが悪い状況に、息が詰まりそうになった。
堪えきれず、赤信号に捕まったタイミングで「大平さん」と声をかける。
「マル害のこと、知ってたんですか」
――答えは返ってこない。
大平は、流れが止まっている前方をただ見据えているだけだった。
「誰ですか、ソワハラアクタって。南波主任も、一色さんも、青柳さんも、秦野さんも――みんな、マル害のこと知ってたってことですよね」
「いや、秦野は知らんと思う。知ってて、一色までやろ。あとは、俺と布施も」
「……過去の事件の関係者、とかですか」
「調べたほうが早いんちゃうか。ソワハラアクタでググれば、一発で出てくる」
大平は、自分から話すつもりはなさそうだ。
藍はスマホを取り出して、言われた通りの名前を検索エンジンに打ち込む。「そわはら」まで打ったところで、ソワハラアクタに続く予測変換まで出てきた。
【岨原空汰 現在】【岨原空汰 事件】【岨原空汰 何した】
予測変換の上から三番目のものを押し、検索をかける。
AIにより出された概要に、藍は言葉を失った。
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岨原空汰(そわはら・あくた)は、二〇一六年八月二日に東京都墨田区で発生した「墨田区業平民家立てこもり事件」の犯人です。当時高校一年生の女子高生と、六歳の少年を人質に民家に立てこもり、最終的には所持していたナイフで女子高生を負傷、説得に当たっていた女性警察官を刺殺するなどして、住居侵入罪、逮捕監禁罪、傷害罪、公務執行妨害罪、殺人罪などで起訴され、第一審では死刑判決。被告側はこれを控訴し、高等裁判所によって原判決破棄自判され、殺人罪が過失致死罪へと切り替えられました。結果、二〇一八年二月に下された第二審の判決では懲役十年が言い渡され、被告側は上告権を放棄し、刑が確定しました。
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南波班が躍起になっている理由は、これだろう。
――説得に当たっていた女性警察官を刺殺。
警官殺しは、縦割り社会である警察組織の団結力が一気に高まる着火剤だ。当時の警察も、最も量刑の重い殺人罪で岨原が裁かれることを望んだはずだ。実際に、検察側は第一審で死刑判決を勝ち取っている。送検までの四十八時間、警察組織が全勢力を上げて捜査をした賜物だろう。
しかし、それが第二審では破棄される。
どれほどの警察官が唇を噛んだのか。そこが、血の海になるほどだったかもしれない。
何年経っても傷が染みて、その話をするのも憚られていたのだろう。
大平の傷は、どれほど深かったのだろうか――。
青信号に変わると、少々荒く車が発進した。
いつもの藍だったら、小言を言っていたかもしれない。
歯を食いしばる大平の横顔を見て、口を噤んだ。
「許さへん。――絶対に、俺は許さへん」
怒りを孕んだその声に、藍は目を瞑った。



