「初夜に、他の男の名を呼ぶとは⋯⋯」
影一郎の声音は低く、静かだった。
怒気を孕んでいるはずなのに声そのものは凪いでいる。
それがかえって直子の背筋を粟立たせた。
紫水晶の眼が闇の中で鋭く光る。
獲物を見据える、鬼の眼。
直子は凛介の正体を指摘されなかったことに遅れて気づく。
――狐神凛介は妖狐の頂点である狐神家の次期当主だ。
その名を出せば全てが露見してもおかしくない存在である。
(私は三十年心に他の男を住まわしたまま、この男の妻として生きるのか⋯⋯)
直子は胸の奥のざわつきを埋めるように口を開いた。
沈黙が恐ろしく何も言わなければ、鬼の瞳に心の奥まで覗かれてしまいそうだった。
「でも、影一郎様は、元より私を抱くおつもりなどなかったのではありませんか?」
言ってしまった瞬間、後悔が波のように押し寄せる。
これは問いではなく、自分が失言してしまったことへの拙い言い訳だ。
そして同時に、直子が鬼の一族の元に来てから気づいてしまった鬼の花嫁制度の実態だった。
「⋯⋯気が付いていたのか」
影一郎の声は低く感情を読ませない。
影一郎の声音は低く、静かだった。
怒気を孕んでいるはずなのに声そのものは凪いでいる。
それがかえって直子の背筋を粟立たせた。
紫水晶の眼が闇の中で鋭く光る。
獲物を見据える、鬼の眼。
直子は凛介の正体を指摘されなかったことに遅れて気づく。
――狐神凛介は妖狐の頂点である狐神家の次期当主だ。
その名を出せば全てが露見してもおかしくない存在である。
(私は三十年心に他の男を住まわしたまま、この男の妻として生きるのか⋯⋯)
直子は胸の奥のざわつきを埋めるように口を開いた。
沈黙が恐ろしく何も言わなければ、鬼の瞳に心の奥まで覗かれてしまいそうだった。
「でも、影一郎様は、元より私を抱くおつもりなどなかったのではありませんか?」
言ってしまった瞬間、後悔が波のように押し寄せる。
これは問いではなく、自分が失言してしまったことへの拙い言い訳だ。
そして同時に、直子が鬼の一族の元に来てから気づいてしまった鬼の花嫁制度の実態だった。
「⋯⋯気が付いていたのか」
影一郎の声は低く感情を読ませない。

