鬼神様は女狐がお好き!

 空気そのものが重く、妖であるはずの直子の喉さえ、きゅうと締めつけた。

 今日、正式に直子の夫となる鬼神影一郎はそこにいた。
 三十年後に自分を喰らい、そして死ぬ存在。

 直子は深く息を吸い、ゆっくりと膝を折った。
 震えそうになる心を必死で押さえ込む。

「今宵より、よろしくお願いします」
 声は、うまく出ただろうか。
 十六歳の娘の声に、聞こえただろうか。

 沈黙が落ちる。

 そして、影一郎は小さく呟く。
「三十年、か」

 直子は一瞬だけ顔を上げてしまった。
 影一郎の紫水晶の眼が真っ直ぐにじっとこちらを見ている。

「影一郎様、私の顔に何かついてますか?」
「いや、本当の直子とはいつ会えるのかと考えていただけだ」

(気づかれている?)
 そう直感した瞬間、血の気が引いた。

 けれど、彼は何も言わなかった。
 ただ、静かに微笑む。

「長いようで、短いな。先を考えると寂しくなる」
 その言葉が、なぜか胸に刺さる。

 障子越しの淡い光が影一郎の横顔を白く縁取っていた。
 その表情は穏やかで、からかう色も試す色もない。

(だめだ)
 情が移ってはいけない。