「直子。君のためなら、俺は鬼の一族を捨てられる。この屋敷も、血も、名もすべて捨てて二人で逃げよう」
低く抑えた声が、夜の帳の下りた座敷に滲んだ。
障子越しに射し込む月明かりが、磨き上げられた床板に淡く反射し、静まり返った空気の中で二人の吐息だけが微かに揺れている。
直子は、その言葉を受け止めきれず、しばし瞬きも忘れて立ち尽くしていた。
虐げられて生きてきた人生の果てに、これほどまでに深く、重く、甘美な愛の告白を受ける日が来るなど、かつて想像したこともない。
鬼神影一郎(きしんえいいちろう)。
鬼の名門・鬼神家の次期当主。
本来ならば、直子は彼に喰われ、毒となって命を奪う存在だった。
妖狐一族が仕込んだ「毒餌」――それが、彼女に与えられた役目だったのだから。
(どうして⋯⋯)
なぜ影一郎が、ここまで自分を想ってくれているのか、直子には分からない。
それ以上に、彼がすでに自分の正体に気付いているはずなのに、なぜ何も言わず何も問いたださないのか――その理由が分からなかった。
胸の奥に静かで確かな熱が灯る。
(私は、もう弱い私ではない)
低く抑えた声が、夜の帳の下りた座敷に滲んだ。
障子越しに射し込む月明かりが、磨き上げられた床板に淡く反射し、静まり返った空気の中で二人の吐息だけが微かに揺れている。
直子は、その言葉を受け止めきれず、しばし瞬きも忘れて立ち尽くしていた。
虐げられて生きてきた人生の果てに、これほどまでに深く、重く、甘美な愛の告白を受ける日が来るなど、かつて想像したこともない。
鬼神影一郎(きしんえいいちろう)。
鬼の名門・鬼神家の次期当主。
本来ならば、直子は彼に喰われ、毒となって命を奪う存在だった。
妖狐一族が仕込んだ「毒餌」――それが、彼女に与えられた役目だったのだから。
(どうして⋯⋯)
なぜ影一郎が、ここまで自分を想ってくれているのか、直子には分からない。
それ以上に、彼がすでに自分の正体に気付いているはずなのに、なぜ何も言わず何も問いたださないのか――その理由が分からなかった。
胸の奥に静かで確かな熱が灯る。
(私は、もう弱い私ではない)

