何万人の光の中でも、私はすぐに君を見つけられた。
東京ドームを埋め尽くす白いペンライトが、波のように揺れている。
見上げた天井には、星空のような光が散りばめられていて。
この場所だけが現実から切り離された別世界のようだった。
ステージの中央。
そこに立つ君は、眩しいほどの光を浴びながら歌っている。
佐伯 紫音《さえきしおん》
国民的アイドルグループ・LUMiAのセンター。
そして――。
私の、初恋の人。
スクリーンいっぱいに映し出された笑顔を見つめながら、澪
は胸の奥で小さく名前を呼ぶ。
――紫音。
その名前を、直接口にできるのはこういう時だけだ。
ステージの上で輝く君を見上げている時だけ。
本人を前にすると、どうしても昔のままになってしまう。
佐伯くん。
その呼び名が唇からこぼれるたび、 放課後の夕焼けが胸の奥で鮮やかによみがえる。
窓際の席で、 逆光を背負って悪戯っぽく笑った、あの日の君。
遠くにいるはずなのに、誰よりも近く感じてしまう。
それが嬉しくて、少しだけ苦しかった。
ステージの上の紫音が、最後の曲を歌い終える。
銀テープが夜空のようなドームに舞い上がる。
白い光の海の中で、紫音は静かに息を整え、マイクを握り直した。
「みんなー!」
その一言だけで、歓声が少しずつ静まっていく。
紫音はゆっくりと客席を見渡した。
何万人もの光を、一つひとつ確かめるように。
「俺たちがこうして輝けるのは、ミアーズのみんなが照らしてくれるからです」
あたたかい拍手が広がる。
紫音は少しだけ笑って、続けた。
「もし、光が消えたあとでも――」
一瞬、 言葉を探すように視線が揺れた。
そして。
ほんのわずかに、澪のいる方向で目を留めた。
「……たまにでいいから、 思い出してくれたら嬉しいです」
その瞬間、胸の奥が、きゅっと痛んだ。
どうしてだろう。ただの挨拶のはずなのに。
どうして、こんなに泣きたくなるんだろう。
気づけば、紫音の視線がこちらに向いていた。
ほんの一瞬。でも確かに、目が合った気がした。
そして君は、学生時代と同じように、少しだけ悪戯っぽく笑う。
――見つけてよ。
そんな声が聞こえた気がした。
澪は涙をこらえながら、小さく頷く。
もちろん。
何万人の光の中でも、私はいつだって君を見つけられる。
君がどこにいても。どんなに遠くへ行ってしまっても。
ステージの中央で、紫音は誰よりも眩しく笑っていた。
眩しいほどの笑顔も。
揺れるライトの海も。
……もう、夢のよう。
それでも、 あの夜の光だけは……今もまだ、胸の中で消えない。
◇ ◇ ◇
帰り道。
イヤホンから、LUMiAの曲が流れている。
SNSには、LIVEの感想が溢れていた。
【#LUMiA最高】
【#紫音くんビジュ神】
【#LUMiAは永遠に5人】
澪はスマホを見ながら、小さく笑う。
“永遠に。”
どうしてかその夜は、胸がざわついて眠れなかった。
翌朝。
鳴り続けるスマートフォンの通知音で目を覚ました。
ぼんやり画面を開く。
表示されたニュースの文字を見た瞬間、息が止まった。
【速報】 人気アイドルグループ・LUMiA 佐伯 紫音さん、急逝。都内の自宅で発見。
一瞬、文字の意味が脳を通り抜けていった。
指先が凍りついたように動かない。
肺から酸素が消え、呼吸の仕方を忘れてしまう。
これは悪い夢だ。
縋るようにテレビをつける。
そこにはニュースキャスターが、淡々と原稿を読み上げていた。
「人気アイドルグループLUMiAのメンバー、佐伯 紫音さんが昨夜——」
“自殺とみられています。”
自殺。
「……うそだ」
その瞬間、世界からすべての色が消え、音が遠のいた。
昨日まで、あんなに眩しい光の真ん中にいたのに。
誰よりも強く、明日を信じさせてくれる笑顔だったのに。
速報後、SNSが更新され続けていた。
【病んでたの?】
【最近様子おかしかったよね】
【アイドルって大変なんだな】
【気づいてあげられなかった】
などと憶測が飛び交っていた。
「紫音……」
好きだと言えなかった。
伝えられなかった。
もう、何も間に合わない。
そう思った。
――あの日までは。
