私は、久しぶりに戻ってきた家の廊下を歩く。
(思ったよりも、懐かしさとか、ないんだな…)
それだけ入学の時につけられた心の傷は深かったということだろう。
そして、私たちは応接間の扉の前にきた。
「ふぅ…」
「大丈夫かい?」
シオンさんが、心配そうにみてくる。
「…大丈夫です。いきましょう。」
私は、なにを言われるかという恐怖を自分の気持ちを抑えるように、シオンさんと握る手に少し力を込める。
すると、シオンさんが握り返してくれる。
まるで、「大丈夫、僕もいる」というように。
手の温もりを力に、私は勇気を出して応接間の扉を開けた。
ガチャリ、と重厚な扉が開く。
部屋の奥、豪華な革張りのソファにふんぞり返っていた父親は、私たちが部屋に入ってきたというのに、手元の書類から目を離そうともしなかった。
「……何の用だ。学園の長期休暇だからと、いちいちこの屋敷に泥をつけに戻ってこなくていいと言ったはずだが」
低く、突き放すような声。
ようやく上げた父親の目は、信じられないほど冷ややかで、実の娘をゴミか何かのように見つめていた。
「相変わらず身体強化の気配すらまともに纏えん無能の分際で、エストレア公爵家のご令息を金魚のフンのように連れ回すとはな。アイゼン家の恥晒しが」
父親は鼻で笑い、私を完全に無視してシオン様に視線を移すと、これ見よがしに顔を綻ばせた。
「これはシオン様、このようなむさ苦しい場所へよくぞおいでくださいました。……しかし、その隣にいる『粗大ゴミ』には困ったものです。お前、どんな卑怯な手を使ってシオン様を騙し、ここまでついてこさせた?」
向けられる言葉の暴力に、私の身体が一瞬、小さく強張る。
でも、繋いだ手から伝わってくるシオン様の温もりが、私をしっかりと支えてくれていた。
その時、シオン様の周囲の空気が、ピキッと凍りつくような音を立てた。
「──騙した? どこの誰が、誰をですか?」
シオン様が、底冷えするような冷徹な声で言った。その綺麗な顔からは完全に笑みが消え、瞳には見たこともないような深い怒りが宿っている。
部屋の温度が本当に数度下がったのではないかと思うほどの凄まじい魔圧がピリピリと空気を震わせ、父親の言葉を力尽くで遮った。
「し、シオン様……?」
あまりの気迫に、父親が引きつった笑みを浮かべたまま硬直する。
シオン様は私を背中に隠すように一歩前に出ると、冷徹な瞳で父親を真っ向から見下ろした。
「勘違いしないでいただきたい。エレナが僕を騙したのではない。僕が、彼女に拒まれるかもしれないと怯えながら、必死に乞い願って、ようやく僕の唯一無二の番(パートナー)になってもらったんだ」
「な……っ、何を仰って……!?」
「耳が悪いのですか? 僕が彼女に惚れ込んでいると言ったんです」
シオン様は容赦なく言葉の追撃を浴びせる。
驚愕のあまり、父親の顔からサーッと血の気が引いていくのがわかった。
「アイゼン伯爵。あなたが『無能』『粗大ゴミ』と呼んだ彼女は、僕の膨大な魔力をすべて受け止め、完璧に同調できる、歴史上類を見ない最高の器の持ち主だ。……それを無能としか見抜けなかったあなたの目は、節穴どころの騒ぎではありませんね」
「そ、そんな馬鹿なことが……!現にその女は、我が家では一度だって身体強化を成功させたことなど──」
「それは、あなた方の魔力が低すぎて、彼女の大きな器を満たせなかったからですよ。要するに、あなたが無能だっただけだ」
「ぐ、くっ……!」
『無能』という言葉をそのまま熨斗(のし)をつけて返され、父親が屈辱に顔を真っ赤に染める。
シオン様はフッと冷たい笑みを浮かべると、懐からあの魔力の光を帯びた書面を取り出し、机の上に叩きつけるように置いた。
「すでに学園には、正式に受理されています。──『契約者:シオン・エストレア』、そして『被契約者:エレナ・アイゼン』。もうエレナは、あなたの所有物ではない」
父親の目が、書類に記された国認可のスタンプと、そこに並ぶ【シオン・エストレア】の聖なる名を見て、これ以上ないほど見開かれた。
「嘘だ……こんなこと、認めん……! 認めんぞ!!」
現実を受け入れられず、父親が狂ったように叫び声を上げる。
そんな父親を、私はシオン様の背中の後ろから、冷ややかな目で見つめ返した。
(──さあ、お父様。次は私の番よ)
私の首元で、シオン様の魔力に応じるように、淡い蒼色の椿が静かに、だけど激しく光を放ち始めていた。
(思ったよりも、懐かしさとか、ないんだな…)
それだけ入学の時につけられた心の傷は深かったということだろう。
そして、私たちは応接間の扉の前にきた。
「ふぅ…」
「大丈夫かい?」
シオンさんが、心配そうにみてくる。
「…大丈夫です。いきましょう。」
私は、なにを言われるかという恐怖を自分の気持ちを抑えるように、シオンさんと握る手に少し力を込める。
すると、シオンさんが握り返してくれる。
まるで、「大丈夫、僕もいる」というように。
手の温もりを力に、私は勇気を出して応接間の扉を開けた。
ガチャリ、と重厚な扉が開く。
部屋の奥、豪華な革張りのソファにふんぞり返っていた父親は、私たちが部屋に入ってきたというのに、手元の書類から目を離そうともしなかった。
「……何の用だ。学園の長期休暇だからと、いちいちこの屋敷に泥をつけに戻ってこなくていいと言ったはずだが」
低く、突き放すような声。
ようやく上げた父親の目は、信じられないほど冷ややかで、実の娘をゴミか何かのように見つめていた。
「相変わらず身体強化の気配すらまともに纏えん無能の分際で、エストレア公爵家のご令息を金魚のフンのように連れ回すとはな。アイゼン家の恥晒しが」
父親は鼻で笑い、私を完全に無視してシオン様に視線を移すと、これ見よがしに顔を綻ばせた。
「これはシオン様、このようなむさ苦しい場所へよくぞおいでくださいました。……しかし、その隣にいる『粗大ゴミ』には困ったものです。お前、どんな卑怯な手を使ってシオン様を騙し、ここまでついてこさせた?」
向けられる言葉の暴力に、私の身体が一瞬、小さく強張る。
でも、繋いだ手から伝わってくるシオン様の温もりが、私をしっかりと支えてくれていた。
その時、シオン様の周囲の空気が、ピキッと凍りつくような音を立てた。
「──騙した? どこの誰が、誰をですか?」
シオン様が、底冷えするような冷徹な声で言った。その綺麗な顔からは完全に笑みが消え、瞳には見たこともないような深い怒りが宿っている。
部屋の温度が本当に数度下がったのではないかと思うほどの凄まじい魔圧がピリピリと空気を震わせ、父親の言葉を力尽くで遮った。
「し、シオン様……?」
あまりの気迫に、父親が引きつった笑みを浮かべたまま硬直する。
シオン様は私を背中に隠すように一歩前に出ると、冷徹な瞳で父親を真っ向から見下ろした。
「勘違いしないでいただきたい。エレナが僕を騙したのではない。僕が、彼女に拒まれるかもしれないと怯えながら、必死に乞い願って、ようやく僕の唯一無二の番(パートナー)になってもらったんだ」
「な……っ、何を仰って……!?」
「耳が悪いのですか? 僕が彼女に惚れ込んでいると言ったんです」
シオン様は容赦なく言葉の追撃を浴びせる。
驚愕のあまり、父親の顔からサーッと血の気が引いていくのがわかった。
「アイゼン伯爵。あなたが『無能』『粗大ゴミ』と呼んだ彼女は、僕の膨大な魔力をすべて受け止め、完璧に同調できる、歴史上類を見ない最高の器の持ち主だ。……それを無能としか見抜けなかったあなたの目は、節穴どころの騒ぎではありませんね」
「そ、そんな馬鹿なことが……!現にその女は、我が家では一度だって身体強化を成功させたことなど──」
「それは、あなた方の魔力が低すぎて、彼女の大きな器を満たせなかったからですよ。要するに、あなたが無能だっただけだ」
「ぐ、くっ……!」
『無能』という言葉をそのまま熨斗(のし)をつけて返され、父親が屈辱に顔を真っ赤に染める。
シオン様はフッと冷たい笑みを浮かべると、懐からあの魔力の光を帯びた書面を取り出し、机の上に叩きつけるように置いた。
「すでに学園には、正式に受理されています。──『契約者:シオン・エストレア』、そして『被契約者:エレナ・アイゼン』。もうエレナは、あなたの所有物ではない」
父親の目が、書類に記された国認可のスタンプと、そこに並ぶ【シオン・エストレア】の聖なる名を見て、これ以上ないほど見開かれた。
「嘘だ……こんなこと、認めん……! 認めんぞ!!」
現実を受け入れられず、父親が狂ったように叫び声を上げる。
そんな父親を、私はシオン様の背中の後ろから、冷ややかな目で見つめ返した。
(──さあ、お父様。次は私の番よ)
私の首元で、シオン様の魔力に応じるように、淡い蒼色の椿が静かに、だけど激しく光を放ち始めていた。
