蒼い椿椿と騎士科の少女

【九章】
事件の翌日、私とシオン様は、学園の最高責任者である教頭先生の執務室を訪れていた。
「──失礼します」
シオン様が落ち着いた声で告げ、ドアを開ける。デスクに座っていた教頭先生は、書類から顔を上げると、驚いたように眼鏡の縁を触った。

「おお、エストレア君か。昨日の防衛戦での君の活躍、理事会でも話題になっていてね。……ん? 隣にいるのは、たしか騎士科の……アイゼン家の娘だったかね?」
教頭先生は私を見て、露骨に眉をひそめた。
「身体強化が使えない無能」として、アイゼン家の面汚しだと噂されている私の正体を知っているのだろう。その目は、エリートを呼ぶ時とは違う、侮蔑を含んだものだった。
シオン様は表情ひとつ変えず、懐から一通の、洗練された魔力の光を帯びた書面を机の上に置いた。

「『番契約』の正式な受理をお願いしたく、参りました」
「ほう、番契約か!ついに君も騎士を……!」
教頭先生は相好を崩し、急いで書類を手に取った。学園一の天才、シオン・エストレアが誰をパートナーに選んだのか、確認したくてたまらない様子だ。
けれど、書面に並んだ二人の名を目にした瞬間、教頭先生の動きが凍りついた。
「……契約者、シオン・エストレア。……被契約者、エレナ・アイゼン……?」
教頭先生は何度も眼鏡を押し上げ、私と書類を何度も往復させた。

「な、何かの間違いかね、エストレア君!? 君ほどの魔導師が、なぜわざわざ、よりによってこの『身体強化もまともに使えない』アイゼン家の出来損ないと──!」
「教頭先生」
その言葉が終わるより早く、部屋の温度が氷点下まで下がったかと思うほどの凄まじい魔圧が、シオン様から放たれた。
「僕の選んだ唯一の騎士を、これ以上侮辱することは許しません。たとえあなたであっても、です」
「ヒッ……!」
圧倒的な天才の怒りに、教頭先生は椅子ごと後ろにのけぞり、ガタガタと震え出した。
「そ、しかし、彼女には魔導師の魔力を受け止める器が──」
「それなら、ご自身の目で確かめてはいかがですか?」
シオン様が私に目配せをする。
私は深く息を吸い、首元の『蒼い椿』の刻印に意識を集中させた。シオン様の膨大な魔力が、私の魂の奥底と繋がるのを感じる。

(──覚醒せよ)

「くっ……!?」
その瞬間、私の身体から激しい蒼色のオーラが噴き出した。
部屋中の書類が舞い上がり、窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げる。生身の人間では決して出し得ない、高密度の身体強化の気配。
「なっ……なんだね、この凄まじい魔力反応は!? 騎士科の主席ですら、ここまでの強化は……!」
腰を抜かした教頭先生は、開いた口が塞がらないまま、震える手で受理の魔力スタンプを押した。

「……確かに、受理いたしました。エレナ・アイゼン君。君を、シオン・エストレア君の正式な騎士として認めよう」
執務室を出て、廊下を歩きながらシオン様が満足げに微笑んだ。
「お疲れ様、エレナ。これで正式に、君は僕のものだ」
「シオン様……。ふふ、あの教頭の顔、最高だったわ」
私は首元の『蒼い椿』をそっと指でなぞる。
書類に刻まれた、『エレナ・アイゼン』と『シオン・エストレア』の名前。

「さあ、学園の報告は終わった。次は……君を出来損ないと呼んだ、あの『アイゼン家』の面々に、今の君を見せに行こうか」
シオン様のどこか楽しげな言葉に、私は力強く頷いた。