蒼い椿椿と騎士科の少女

【八章】
「ちょっとエレナちゃん! 昨日の後夜祭、シオン様といい雰囲気だったじゃない!」

翌日の放課後、食堂のいつもの席につくなり、マインちゃんが身を乗り出してニヤニヤと私を突きつついてきた。
「も、もう、マインちゃん声が大きいってば……!」
私は慌てて周囲を見回しながら、赤くなる顔を隠すようにスープを口に運んだ。

「でも、マインちゃんこそ! ルカくんとダンス踊ったんでしょ? 桃色のドレス、ルカくんの瞳の色にぴったりで、私まですごく嬉しくなっちゃった」
お返しとばかりに私がそう言うと、今度はマインちゃんが「ひゃっ!?」と変な声を上げて真っ赤になった。
「な、なによもう! ルカくんったら、『……すごく似合ってる』って、あのぶっきらぼうな感じで言ってくれてさぁ……!」

幸せそうに両頬を押さえる親友が眩しくて、私もつられて笑顔になる。
そこへ、頭の後ろで手を組んだレインが「よお」と呆れた顔でやってきた。
「お前ら、昼間っから色恋沙汰で盛り上がってんな。エレナ、昨日はあの天才様(シオン)にちゃんとエスコートしてもらったのか?」
「レインくん!……うん、とっても紳士的にしてもらったよ。怪我の方はもういいの?」
「おう、救護班の回復魔法のおかげでピンピンしてるぜ。次の実戦テストじゃ、またお前と競い合うからな!」
「ふふ、負けないよ」
他愛のない会話で笑い合う、いつもと変わらない平和な放課後。
テラスでのシオンさんとの『約束』を胸に、もっともっと強くなろうと、私は心に誓っていた。


──しかし、そんな幸せな日常は、あまりにも唐突に、無慈悲に引き裂かれることになる。
数日後の、ひどく月が昏い夜のことだった。
「──ッ!?」
深夜、寮の自室で眠っていた私は、鼓膜を激しく突き刺すような異様な音で跳ね起きた。
ウゥゥゥゥン──!! と、今まで聞いたこともないような、地響きを伴う禍々しい警報魔法の音が学園中に鳴り響いている。

「エレナ!?」
隣のベッドから、マインちゃんが恐怖に顔を強張らせて飛び起きてきた。
次の瞬間、ドカン!!! と、寮の建物を大きく揺らすほどの凄まじい爆発音が遠くから響き渡る。窓の外を見ると、学園を囲む強固な結界が、毒々しい紫色の光を放ってバリバリと割れていくのが見えた。
「結界が……破られた……!?」

『──全生徒に告ぐ! 騎士科・魔術科の全員、ただちに武器を手に取り、防衛の配置につけ! 繰り返す、学園内に大量の狂暴な魔獣が侵入した! これは訓練ではない、繰り返す──』
拡声の魔法に乗った先生の緊迫した声が、夜の闇に消えていく。
「マインちゃん、騎士服を着て! 武器を持って急ぐよ!」
「う、うん……っ!」
私たちは震える手で、慣れ親しんだ制服に大急ぎで着替え、剣を掴んで部屋を飛び出した。

外に出ると、学園はすでに地獄絵図と化していた。
闇の奥から、無数の赤い眼光がこちらを睨んでいる。見たこともないほど巨大で凶悪な魔獣の群れが、咆哮を上げながら生徒たちへと襲いかかっていた。
「うわあああ!」
「魔術班、障壁を急げ!」
悲鳴と怒号、そして飛び交う魔法の光。
「マインちゃん、離れないで──」
そう叫び、迫り来る魔獣の一体を斬り伏せたその時だった。
凄まじい風圧と共に、私たちのすぐ近くに巨大な雷撃が落ちた。
「きゃあああ!?」
「くっ……マインちゃん!?」
激しい爆風と煙に巻かれ、視界が完全に遮られる。
爆発の衝撃で後ろへと激しく吹き飛ばされ、私は冷たい地面を何度も転がった。

「がはっ……、ゲホッ、ゲホッ……!」
何とか咳き込みながら立ち上がり、周囲を見回す。けれど、あたりは立ち込める黒煙と闇に包まれており、一緒にいたはずのマインちゃんや、戦っていた生徒たちの姿はどこにもなかった。
私は、完全に一人で、学園の暗い裏庭の林へと分断されてしまっていた。
(嘘……みんなは……!?)
その時、背後の藪が、ガサリと不気味に揺れた。
ゆっくりと振り返った私の紫紺の瞳が、絶望に大きく見開かれる。
そこにいたのは、家一軒分ほどもある、圧倒的な威圧感を放つ超大型の魔物だった。獰猛な牙からヨダレを垂らし、その昏い瞳が、はっきりと私を「獲物」として捉えていた。