蒼い椿椿と騎士科の少女

薄暗い通路を抜けた瞬間、鼓膜を震わせるほどの凄まじい地鳴りが、私たちの全身を包み込んだ。
「うわあ……っ!」

思わず足がすくみそうになる。円形の巨大な特設リングを見下ろすように、すり鉢状の観客席が天井までぎっしりと全校生徒や外部の観客で埋め尽くされていた。
魔術科の放ったきらびやかな光の粒子が宙を舞い、お祭りムードを最高潮に盛り上げている。

『──さあ、お待たせいたしました! 文化祭のメインイベント、代表者によるエキシビションマッチの開幕です! 騎士科対魔術科、2対2のタッグバトル!まずは、一年生です!』
実況の魔法拡声器の声が響き渡ると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。

リングの最前列をパッと見ると、マインちゃんが身を乗り出して「エレナ! レイン! 頑張ってーー!」と、千切れるほど大きく手を振ってくれているのが見えた。
その姿に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

対戦相手の入場口からは、白いローブをなびかせたシオンさんと、もう一人の魔術科の男子──確かディルクくんという精鋭が、静かにリングへと上がってきた。
シオンさんの鮮烈な蒼い瞳が、まっすぐに私を捉える。

先ほどの廊下での、耳元での甘い囁きが脳裏をよぎり、心臓が跳ねた。だけど同時に、剣を握る右手にグッと力がこもる。
(恥ずかしい試合は絶対にしない。今の私の全力を見せるんだ)
「おい、エレナ。合図と同時に突っ込むぞ。最初の仕掛けは俺が引き受ける」
隣でレインが、腰の剣を引き抜きながら不敵に笑った。

「了解。背後は任せて、レイン!」
私も愛用の騎士剣をスラリと引き抜く。
まだ、身体強化のリミッターは外れていない。生身の、ただの人間としての身体能力。だけど、この数ヶ月間、泥にまみれて磨き上げてきた技術が私たちにはある。

『それでは──試合、開始!!』
パァン! と、開始を告げる魔術花火が空ではじけた。
「行くぜぇ!」
レインが地を蹴り、凄まじい瞬発力で前方へと飛び出した。
それと同時に、魔術科のディルクくんが不敵な笑みを浮かべ、杖を天に掲げる。

「甘いよ騎士科! ──『フレイム・サーペント』!」
ディルクくんの足元から、ゴオオオッ! と爆音を立てて、数匹の巨大な炎の蛇がうねりながら飛び出してきた。それだけじゃない。特設リングのギミックが発動し、私たちの足元の地面がぐらりと揺れ、行く手を阻むように激しい突風が吹き荒れる。
普通の一年生なら、この魔術とステージギミックの複合攻撃にパニックを起こしていただろう。

だけど、私たちは違う。身体強化の底上げがない分、五感を極限まで研ぎ澄ます特訓を重ねてきたのだ。
「風の向きは左から右……足場の傾きは三度! レイン、右へ跳んで!」
「おうよ!」

私の叫び声と同時に、レインは突風を逆手に取るように右側へと鋭くステップを踏み、炎の蛇の牙を紙一重でかわした。
私もまた、炎の熱風を肌で感じながら、最小限の動きで蛇の死角へと滑り込む。

「な、に……っ!? 身体強化の魔力反応がないのに、あの速度の魔術を避けた……!?」
ディルクくんの驚愕の表情が目に入った。
観客席からも「おい、今の身のこなし見たか!?」「魔法を使ってないぞ!?」と、どよめきが広がる。
「驚くのはまだ早いぜ!」
炎を切り抜けたレインが、一一瞬でディルクくんの間合いへと肉薄し、上段から鋭い一撃を振り下ろした。
勝負あったか、と思ったその時──。

キィィィン──!!
鼓膜を刺すような、美しくも鋭い金属音がリングに響き渡った。
レインの剣を受け止めたのは、ディルクくんの前に滑り込んできたシオンさんだった。彼は杖ではなく、魔力を帯びた美しい細身の魔術剣で、レインの一撃を完璧に受け止めていたのだ。
「さすがだね、二人とも。生身の動体視力だけで僕たちの先手を打つなんて」
シオンさんは涼しい顔でレインの剣を押し返すと、その蒼い瞳をゆっくりと私へと向けた。
その瞳の奥には、優しさだけではない、一人の好敵手として私を認める、熱い闘志が宿っていた。
「だけど、僕も手加減はしないよ。──いくよ、エレナ」
シオンさんの周囲の空気が、ピキピキと凍りつくように冷えていく。圧倒的な魔力の高まりを感じて、私は剣を構え直した。