蒼い椿椿と騎士科の少女

マインちゃんのおかげで、心は決まった。
だけど、決まったからといって、すぐに緊張が消えるわけじゃない。
(なんて言って返事をしよう……。そもそも、いつ、どうやって呼び出せばいいの!?)

翌日の放課後。私はどうやってシオンさんに声をかけるべきか一人でぐるぐると悩み続け、気づけば頭を冷やすために静かな図書室へと足を運んでいた。
重厚な木製の書架が並ぶ図書室は、放課後ということもあって生徒の姿もまばらで、ひんやりとした静寂に包まれている。
適当な戦術書を棚から抜き出し、パラパラとページをめくるものの、文字なんて全く頭に入ってこない。

(『この前の件ですが、喜んでお受けします』……固すぎる? じゃあ、『エスコート、よろしくお願いします』……あああ、もう、どう言っても恥ずかしい!)
「はぁ……」と小さくため息をつき、本を棚に戻そうとした、その時だった。
トントン、と書架の向こう側から、静かに本が詰め込まれる規則的な音が聞こえた。
何気なく、本が抜かれて空いた棚の隙間から向こう側を覗き見る。
──そこには、窓辺の夕日に照らされながら、真剣な横顔で魔導書をめくるシオンさんの姿があった。

「えっ……」
心臓が跳ね上がる。あまりのタイミングの良さに、心臓が口から飛び出すかと思った。
慌ててその場から逃げ出そうと一歩後ろに下がった瞬間、私の腰の騎士剣が、カチャリと小さな音を立ててしまった。
「……アイゼン?」
本棚の隙間から、あの鮮烈な蒼い瞳が真っ直ぐに私を捉える。
完全に目が合ってしまい、私は石のように硬直した。
シオンさんは静かに本を閉じると、書架を回り込んで、私のいる通路へと足音もなく歩いてきた。静かな図書室の中で、彼が近づいてくる気配だけで頭が真っ白になりそうになる。

「奇遇だね。君が図書室にいるなんて珍しい」
「あ、ええっと、シ、シオンさん……! こんにちは。その、代表戦の勉強を少しだけ……」
完全に不審者のような挙動になってしまう私を、シオンさんは責めることもなく、少しだけ目を細めて見つめていた。図書室の独特な静けさのせいで、お互いの距離がいつもよりずっと近くに感じられる。

「あの、エレナ」
シオンさんが、周囲に配慮するように少しだけ声を潜めて言った。
「この前の件だけど……。無理に今すぐ返事をしなくても大丈夫だよ。君が代表戦のことで頭がいっぱいなのは分かっているし、僕の誘いが負担になってほしくないから」
どこか自分に言い聞かせるような、少しだけ寂しげなシオンさんの声。
その瞬間、私の頭の中に、昨日のマインちゃんの言葉が、そして「シオンさんと一緒に踊りたい」という自分の本当の気持ちが、鮮明に蘇った。

(ここで逃げたら、絶対に後悔する……!)
私はぎゅっと拳を握りしめ、逃げそうになる勇気を総動員して、シオンさんの蒼い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「ふ、負担なんかじゃ、ありません!」
静かな図書室に、少しだけ大きな声が響いてしまい、私は慌てて両手で口を押さえた。
シオンさんが驚いたように少し目を見開く。
私は顔が耳まで真っ赤になっていくのを感じながら、精一杯の声を絞り出した。
「あの……この前の、エスコートとダンスの件……。私で良ければ、喜んで、お願いします……! シオンさんと、一緒に、後夜祭に行きたいです」
言い切った瞬間、恥ずかしさのあまり爆発してしまいそうで、私は思わず視線を床へと落とした。
心臓の音がうるさすぎて、静寂が痛い。
沈黙が数秒、いや、数十秒にも感じられた。断られたわけでもないのに、不安で泣きそうになったその時。
「……ありがとう、エレナ」
頭上から、これまで聞いたこともないような、心の底から嬉しそうな、甘く優しい声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには、いつものクールな仮面を完全に失くして、子供のように嬉しそうに、だけどどこか照れたように顔を綻ばせているシオンさんがいた。白い肌が、ほんのりと赤く染まっている。

「君に断られたらどうしようって……実は、すごく緊張していたんだ。返事をくれて、本当に嬉しい」
シオンさんはそう言って、愛おしそうな目で私を見つめた。その破壊力抜群の笑顔に、今度は私の心臓が別の意味で激しく鐘を打ち鳴らす。
「最高の後夜祭にしよう。……じゃあ、また当日にね」
そう言って、シオンさんは自分の熱を隠すように、少し早足で図書室を出て行ってしまった。
一人残された通路で、私はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。顔が熱くて、手足が震えている。
だけど、胸の奥には、今までにないほどの温かい幸福感が広がっていた。
(言えた……! 私、シオンさんと約束しちゃったんだ……!)