俺に触れた頬を撫でる叶南はやけに静かで、俺の首に手を回し肩になだれ込む。
「何?」
「名前呼んでくれた」
「うん。呼んだ」
「うれしい。うれしすぎて放したくない」
俺の腰を引きよせて身体を密着させるようにハグし直されたため、足が浮きかける。
「わっ……」
つま先立ちになったまま、力強く抱きしめられ息苦しいほどだ。それに浴衣のせいで、いつもよりくっついているという感覚が強く、俺の心臓が大きく脈打つ。
叶南に伝わってしまう……。身動きができないままの俺は、叶南の袖を軽く握る。
――もういっそのこと伝わってしまえ!
ギュッと目を瞑ると、俺の耳にはもっと早く音がなる心臓の音を拾っていた。
「早く例の好きな人忘れて俺のこと好きになってよ……!」
ここまでわかりやすいというのに、自分のことを好きかもしれないとは思わないらしい。
俺はその質問には答えず、「行こ」と淡泊な言い方をすると渋々腕を首から離す。
――俺だって離れてほしくて言ったんじゃないんだ……。
むしろ嫌だ。首の後ろまで熱く赤くなってることは鏡を見なくたってわかる。しかし裏道とはいえ、この近くで祭りがあるからか人通りは疎らにあった。通り過ぎて行く人にただ見られてるだけだと思ってた。
でもチラチラ見られていた視線が、叶南に向けられた色目だと気づいてしまったから。
――照れて緩んだ叶南の顔、誰にも見せたくないんだよ。
祭り会場の周辺には紫陽花が咲き誇り、多くの人で賑わっている。まだ日は落ちていないからか地元の高校生と思しき制服姿の子も多い。
歩行者天国にされた車道と道幅がは広いとは言い切れない歩道に人が溢れ、屋台の活気が祭りを一層明るくする。
俺たちは空いた腹を満たすために屋台を見て回ることにした。
叶南のテンションは上がりはしゃぐ子供みたいに屋台を指さしてはその感想を俺に言う。しかしその内容が俺を困らせるには十分だった。
「なんかりんご飴ってかわいいよね」
「そう? わからなくはないけど声に出すほどかわいいとは思ったことはないかな」
俺の適当な返事で、会話が途切れたら目に入った屋台の売り物を口に出す。
「あっ! あのお面かわいい」
「……そうだな」
――始まったよ。
何でもかわいいと言う叶南は、いつも人物ではなくモノばかり。本当にかわいいと思っているのか真偽のわからない口調は俺を苛立たせる。
――俺のことは……。
思考を遮るように、また叶南が口を開いた。
「提灯もかわいいね」
――提灯? どれも変わらないだろ……!
植木と植木の間の紐に等間隔で吊るされている祭りの名前が書いてあるだけの、よくある提灯にまでかわいいと言い出した叶南に堪忍袋の緒が切れる。
「さっきから何!?」
「え? 何が?」
純粋な目でこちらを見つめてくる叶南に、眉を顰める。
「普通の祭りでもあるものをかわいいかわいいって……‼ 俺のことは……!」
勢いのまま羅列した言葉を止め、否定しようとしても遅かった。
「違う。なんでもない」
「……かわいいって言われたかったの?」
当然見抜かれる。
「なんでもないって!」
「はぁぁぁ」
声を上げた俺に対して怒ったのかと、長い溜息が空気をひりつかせ、また乱暴な言葉を言われるのではないかと身構える。ところが、その緊張はすぐに解かれた。
「かわいいって言っていいの?」
「……叶南に言われるのは別にいいけど」
別にいいどころじゃない。本当は言われたい。
優しい声の叶南に甘えたくなる気持ちを抑え、目線を逸らす。
この曖昧な返事のせいで言ってくれないかもしれないという俺の心配は一瞬にして杞憂で終える。
「かわいすぎ」
「……っ」
俺の髪の毛をかすめる程度に柔らかく撫でられる。
「かわいいよ、怜也」
一言で上半身をカッと熱くさせる。
噛みしめるように言う叶南の言葉が見つけられなかったパズルのピースをどんどん埋めていく。
――かわいいって好きな人に言われるだけで、意味が変わるみたいだ……。
「……どうして言わなかったんだ?」
「俺はかわいいって言われるがの嫌だったんだ。だから無意識に避けてたんだと思う」
ずっと俺にかわいいって言いたくて仕方なかったということか? 今日だけじゃなくて、付き合った日からずっと……。
――なんだよ……そんなの嫉妬するにできなくなっただろうが。
「それに、怜也もかわいいて言われるの嫌がるって聞いてたし……」
「俺が? 言ったっけ?」
パッと顔を上げる。
俺がかわいいと言われて小言で言い返したのは、一度だけだ。高校生の頃に貫太が冗談交じりにクラスメイトたちの前で言って揶揄われたときくらい。
「ううん。なんでもない」
――まただ。また隠された。
きっと聞いたところでごまかされるのは目に見えている。短くため息をつくと「まさか指摘されるとは思わなかったな」と、頬をツンツンと突かれた。
「叶南はかわいいって言われるの嫌いなんだよな?」
「んー。そうだったよ」
「今はいいのか?」
「そうだねー……」
何かを思い出してるように左上へ視線をずらす叶南は、口角を上げると、胸に響く低音で出して言う。
「俺は怜也の言葉以外信じてないしいらないから」
「何だ、それ」
一つ解決したと思ったらまた一つ増える疑問は、一体いつになったら完成するのか分からない勢いで購入した真っ白なパズルみたいで気が遠くなる。そんな思考をめぐらせていると腹の虫が何も満たされていないと言わんばかりに鳴るのだった。
「何?」
「名前呼んでくれた」
「うん。呼んだ」
「うれしい。うれしすぎて放したくない」
俺の腰を引きよせて身体を密着させるようにハグし直されたため、足が浮きかける。
「わっ……」
つま先立ちになったまま、力強く抱きしめられ息苦しいほどだ。それに浴衣のせいで、いつもよりくっついているという感覚が強く、俺の心臓が大きく脈打つ。
叶南に伝わってしまう……。身動きができないままの俺は、叶南の袖を軽く握る。
――もういっそのこと伝わってしまえ!
ギュッと目を瞑ると、俺の耳にはもっと早く音がなる心臓の音を拾っていた。
「早く例の好きな人忘れて俺のこと好きになってよ……!」
ここまでわかりやすいというのに、自分のことを好きかもしれないとは思わないらしい。
俺はその質問には答えず、「行こ」と淡泊な言い方をすると渋々腕を首から離す。
――俺だって離れてほしくて言ったんじゃないんだ……。
むしろ嫌だ。首の後ろまで熱く赤くなってることは鏡を見なくたってわかる。しかし裏道とはいえ、この近くで祭りがあるからか人通りは疎らにあった。通り過ぎて行く人にただ見られてるだけだと思ってた。
でもチラチラ見られていた視線が、叶南に向けられた色目だと気づいてしまったから。
――照れて緩んだ叶南の顔、誰にも見せたくないんだよ。
祭り会場の周辺には紫陽花が咲き誇り、多くの人で賑わっている。まだ日は落ちていないからか地元の高校生と思しき制服姿の子も多い。
歩行者天国にされた車道と道幅がは広いとは言い切れない歩道に人が溢れ、屋台の活気が祭りを一層明るくする。
俺たちは空いた腹を満たすために屋台を見て回ることにした。
叶南のテンションは上がりはしゃぐ子供みたいに屋台を指さしてはその感想を俺に言う。しかしその内容が俺を困らせるには十分だった。
「なんかりんご飴ってかわいいよね」
「そう? わからなくはないけど声に出すほどかわいいとは思ったことはないかな」
俺の適当な返事で、会話が途切れたら目に入った屋台の売り物を口に出す。
「あっ! あのお面かわいい」
「……そうだな」
――始まったよ。
何でもかわいいと言う叶南は、いつも人物ではなくモノばかり。本当にかわいいと思っているのか真偽のわからない口調は俺を苛立たせる。
――俺のことは……。
思考を遮るように、また叶南が口を開いた。
「提灯もかわいいね」
――提灯? どれも変わらないだろ……!
植木と植木の間の紐に等間隔で吊るされている祭りの名前が書いてあるだけの、よくある提灯にまでかわいいと言い出した叶南に堪忍袋の緒が切れる。
「さっきから何!?」
「え? 何が?」
純粋な目でこちらを見つめてくる叶南に、眉を顰める。
「普通の祭りでもあるものをかわいいかわいいって……‼ 俺のことは……!」
勢いのまま羅列した言葉を止め、否定しようとしても遅かった。
「違う。なんでもない」
「……かわいいって言われたかったの?」
当然見抜かれる。
「なんでもないって!」
「はぁぁぁ」
声を上げた俺に対して怒ったのかと、長い溜息が空気をひりつかせ、また乱暴な言葉を言われるのではないかと身構える。ところが、その緊張はすぐに解かれた。
「かわいいって言っていいの?」
「……叶南に言われるのは別にいいけど」
別にいいどころじゃない。本当は言われたい。
優しい声の叶南に甘えたくなる気持ちを抑え、目線を逸らす。
この曖昧な返事のせいで言ってくれないかもしれないという俺の心配は一瞬にして杞憂で終える。
「かわいすぎ」
「……っ」
俺の髪の毛をかすめる程度に柔らかく撫でられる。
「かわいいよ、怜也」
一言で上半身をカッと熱くさせる。
噛みしめるように言う叶南の言葉が見つけられなかったパズルのピースをどんどん埋めていく。
――かわいいって好きな人に言われるだけで、意味が変わるみたいだ……。
「……どうして言わなかったんだ?」
「俺はかわいいって言われるがの嫌だったんだ。だから無意識に避けてたんだと思う」
ずっと俺にかわいいって言いたくて仕方なかったということか? 今日だけじゃなくて、付き合った日からずっと……。
――なんだよ……そんなの嫉妬するにできなくなっただろうが。
「それに、怜也もかわいいて言われるの嫌がるって聞いてたし……」
「俺が? 言ったっけ?」
パッと顔を上げる。
俺がかわいいと言われて小言で言い返したのは、一度だけだ。高校生の頃に貫太が冗談交じりにクラスメイトたちの前で言って揶揄われたときくらい。
「ううん。なんでもない」
――まただ。また隠された。
きっと聞いたところでごまかされるのは目に見えている。短くため息をつくと「まさか指摘されるとは思わなかったな」と、頬をツンツンと突かれた。
「叶南はかわいいって言われるの嫌いなんだよな?」
「んー。そうだったよ」
「今はいいのか?」
「そうだねー……」
何かを思い出してるように左上へ視線をずらす叶南は、口角を上げると、胸に響く低音で出して言う。
「俺は怜也の言葉以外信じてないしいらないから」
「何だ、それ」
一つ解決したと思ったらまた一つ増える疑問は、一体いつになったら完成するのか分からない勢いで購入した真っ白なパズルみたいで気が遠くなる。そんな思考をめぐらせていると腹の虫が何も満たされていないと言わんばかりに鳴るのだった。
