卒業アルバムのアイツが、頭から離れない‼

 授業終わりにデートをしようと言う媛守の横で授業を受ける。
 "好きになってもらう"ことの最短をデートすることだと考えているのは俺だけではなかったらしい。「色々聞きたいことあるでしょ」と付け加えた媛守の口ぶりに俺の考えが筒抜けになっていたようで、否定もできなかった。
 事実、初デートのあの日に何も聞けなかったから聞きたいことは山ほどある。
 ようやく終わった授業に背中の力が抜けた。腕を机と垂直に伸ばし集中もしてなかった授業の疲れを取りながら媛守に話しかける。

「どこ行く?」
「お祭り」
「この時期に⁇」
「この時期だからだよ」

 スマホで祭りのホームページを表示して見せてくれる。祭りの名前や概要の書かれた文字よりも小さな花の集合し、大きな花として成しているポスターの写真が真っ先に目に入った。

「紫陽花……のお祭り」
「そ。小さいお祭りにしては屋台も多いみたいだよ」

 複数の紫陽花の隙間から、祭り会場の屋台や行き交う人を覗く構図。屋台の提灯のオレンジ色に輝く光と主役である紫陽花が色の分かる程度に暗くされている。そのコントラストがあるポスターに俺の興味がそそられた。  
 6月というお祭りシーズンとは言い切れない季節。しかしながらポスターには浴衣を纏った人が多く見受けられた。
 興味津々のポスターから目を離せず、思わず声が漏れる。

「いいなぁ」
「何が?」

 それに即座に反応されたため、俺も媛守の声色が低くなっていたことには何とも思わず答えた。

「浴衣」

――媛守が着たら似合うんだろうな。
 媛守は長身でどんな服も絵になるほど着こなしてしまう。浴衣などの普段目にすることができないであろう特別感のある姿だったら尚更目に毒だ。もちろん惚れ直すという意味で。
 しかし媛守は全く別の方向にとらえていたらしい。

「……あぁ、浴衣着てる女の子のことか」
「いや、違うし‼ 媛守の浴衣姿想像とかしてないしっ……」

 俺に失言を訂正する余地はなく、媛守は悲しそうに眉を八の字にする。

「そっか。残念」

 媛守は感情の起伏の幅が小さいときはあまり大きな声も感情を表に出すこともない。あの初デートの日以来声を荒げたり必要以上の荒い言葉遣いは控えているように思える。それに、俺の言葉はまっすぐに受け取られる。それが時より俺の罪悪感を抉ってくるのだ。
――信用されてるのか。単純に素直なのか。

 学校を出発した俺たちは電車に揺られる。媛守曰く、3駅隣がお祭り会場だそうだ。だから心なしか乗車している人が多く、老若男女の顔には笑顔の花が咲いていた。しかし媛守はその一駅手前で下車した。もちろん俺もそれに続いた。
 何やら時間を気にして移動中に何度もスマホのロック画面を開いては閉じてを繰り返す媛守に置いて行かれないように歩く。

 程なくすると、媛守が立ち止まった。そこには毛筆で店名の看板がつけられている歴史を感じられる呉服店。平屋建ての入り口はガラス張りで着物や浴衣が展示されているショーケースを挟んで中央には自動ドア。自動ドアには【浴衣レンタル】 と手書きの張り紙と共にお祭りのポスターが張りつけられていた。出入口で開閉の多いためかところどころ破れている。
 店内に入ると町内会の知らせや地域独自のポイントカードのポスターの数々。地域密着型だと見て取れる。

「媛守、どうしてここに……」
「浴衣着たいんでしょ?」

 間髪入れずに答えていたが、入店した直後に媛守が店員さんに名前を伝えていたため予約していたことはバレバレだった。
――俺が今日予定あったら、ひとりで祭りのために浴衣を着ていたのか?
 ぐるぐる思考を巡らせながら媛守の動向を目で追っていると「これどう?」と、ラックに複数かけられている浴衣の真ん中あたりから適当に手に取ったものをこちらに見せてくる。

「へ―、いいじゃん」

 適当に返事する俺に、イメージの湧きやすいよう店員が気を使い媛守の手に持った浴衣を預かると肩に当てて見せる。
 どうせ媛守はどんな浴衣を着ても似合うんだからそこまでしなくていいのに。
――媛守に触らないでよ。
 媛守の隣にいすぎたせいか、最近の俺の我儘は目に余るほどになっていた。大きくなる気持ちから目をそらすように踵を返す。
――俺が何でもできるなら、媛守の浴衣は俺が着付けるのに。

 店内のスタイルの良いマネキンと媛守を重ねてしまう。浴衣だと露になる鎖骨と袖からちらりと見えるであろう手首が容易に想像できてしまった。
――何でもかんでも媛守のことばかりだ……。
 高まる感情を落ち着かせるために媛守が店員さんと話している間、店内の浴衣コーナーで物色する。流し見していると一着の浴衣が目に留まる。
 深紅の浴衣。腕の途中から大きくメッシュになっており所々素肌が見える作りになっている。
――これを媛守が着たら……
 正気ではいられなくなりそうだ。結局媛守のことだと、顔が熱くなるのは感じながらも浴衣の全貌を見てみたいと欲が出る。
 つい手が伸びたハンガーに一回り大きな手が重なった。

「……探さなくていいんだよ。先に言っておけばよかったね」

 振り返るとまだ着付けが全く進んでない媛守がいた。 どうやら俺が着るものだと勘違いされているらしい。

「いや、俺が着るんじゃなくて媛守に似合いそうだなーって」

 媛守の垂れた目尻が上がり、瞳が倍になる。

「俺のために選んでくれてたの?」
「え? まぁ。でもさっき決めてたからまた今度(・・)だな」
 
 「これで無意識なの……? 反則だろ……」と視線を逸らされたので「何の話だ」と笑う。
 すると長くため息を吐かれ、何か気に障ったのかと焦り謝罪を口に使用とした時だった。

「怜也の浴衣はあれだよ」

 指さされた先を追うと、衣桁に広げられてかけてある紺色に水紋と金魚が織り込まれた立派な浴衣が目に入る。店員は、着物のディスプレイをこの時期だけ浴衣にしていると言う。

「俺も着るの?」
「あたりまえだよ。てか怜也に着てもらうためのものだよ」
「いや、こんな高そうな浴衣……」
「レンタルだよ、買うわけじゃあるまいし。何も気にしなくていいから着て?」

 半ば強引に、着替えるように促される。
 先ほどまで媛守に浴衣を当てていた店員が俺の方へ来ると、奥へどうぞと俺だけが案内された。
 特に会話という会話はなく、テキパキと着付けさせられる。
 さっきこの手で媛守に浴衣合わせてたんだよな。身体に触れでもしたのだろうか。
――だとしたら、嫌だ。
 仕事をしている人に対して、こんなことを連想させるのは俺は相当拗らせている。
 気を紛らわせないとと、ムシャクシャする気持ちに堪えていると店員が口を開いた。

「この浴衣、お連れ様がご来店のご予約時に選ばれたものなんですよ」
「え?」
「いくらディスプレイされてて人目に付きやすいとはいえ、中々レンタルもされるものでもないのです」

 やはり高価なものなのだと推測できる。この浴衣だけ値札が付いていなかったのが何よりも理由だ。
 いくらレンタルとはいえ、他とは明らかに異彩を放っていた。思考をめぐらせている間にも店員の話は続く。

「……ですのでご予約は不要な浴衣だとお伝えしましたが、他ではよろしくないそうで、どうしてもということでした。しかもご予約されたの4月の初旬ですの。愛されておられますね」

――4月?
 不審がる俺の気持ちは知らない店員が「浴衣キツいですか?」と心配の声をかけてくれたのに対し、「随分前から予約されていたこと初めて知ったので驚きました」と、当たり障りのない言葉を選ぶ。

「浴衣もほとんど展示していない時期のご予約でしたのでどんな方がお召しになるのか、私共楽しみにしておりました。こんな素敵な方がお召しになられて浴衣も嬉しいと思いますよ」

 流石にお世辞だと受け取る。
 それでも優しい笑みを見せる店員の笑顔が、俺の素直になれない気持ちに刺さり先ほど使途したことを心の中でで謝った。

 着付けを終え、部屋から出る。先に着替え終わっていた媛守が視界を奪った。
――深紅の浴衣だ……。
 そこには先ほど俺が見ていた浴衣を纏った媛守だ。腕を覗かせるメッシュ素材は、媛守の程よくついた筋肉の凹凸をちらつかせる。
 やはりかっこいい。
――でもこの媛守を最初に見たの俺じゃないんだよな。
 硬直する俺を媛守の前へ誘導し紹介するように「お連れ様にお似合いですよ!! もちろん媛守様もすごくかっこいいです!」と言う。俺が言えなかった言葉を平然と口に出したのも媛守より先に店員が俺のことを褒めたのも気に入らない。
 他意はないと理解しても納得はできなかった。
――媛守が選んだ浴衣なんだから当たり前だろ。

 下駄に履き替え店を後にする。
 祭り会場までの1駅は時間にして徒歩で20分しなかったため、地図アプリ片手に歩いて向かう。
 隣を歩く媛守が俺の選んだ浴衣を着ているのも俺が媛守が選んだ浴衣に身を包まれているのも、俺をふわふわした気分にさせ胸がいっぱいだ。
 ゆったりとした歩幅で歩く度に揺れる媛守の裾と俺の裾がかすめる、この距離がもどかしい。
 それと同時に4月に予約されたんですよ、という店員の言葉が頭から離れない。
――なんで4月なんだ……?
 俺の持ち合わせた要素をパズルのピースをはめ込むように考察すると、まだ足りないピースは無視をしてひとつの予想にたどり着いた。

「なぁ……今日別の人と来るつもりだったのか?」
「は? なんで?」

 別の人と約束していたかまでは知らないが、予約時期があまりにも早く他の人がいたとしか考えられない。
 そうだとしたら男物の俺が着ている浴衣だけ予約されていたのは納得できる。媛守が着れば俺の何倍も着こなせたことだろう。
――俺のために選んだと、自惚れていたのが恥ずかしい。
 そんな惨めな思いを押し殺して言葉を口にする。

「4月に予約してたって言ってた。後悔とかしてない? 本当は媛守が着るつもりだったんだろ?」
「……これを俺が着るなんて誰がそんなこと言ったの⁇」

 歩く浴衣の袖を摘ままれ、その場に向き合うように静止する。
 この逃げ場がなくなる感覚は嫌いじゃない。

「言われてないけど、4月の最初なんて会ったばかりで俺が着る未来が確定してたわけじゃないのに予約までしてるのはおかしいだろ?」

 袖に力が入るのを感じる。

「浮かれてたんだよ……!」
「ん⁈」

 力強い声を出す媛守から出た言葉に素っ頓狂な声を上げた。そして媛守の口が速くなる。

「付き合った日だよ‼ 本当に付き合えたわけじゃないのにデート先を親指が痛くなるまで調べて……花見もいいなとかショッピングもしたいと思ったし、それで祭りで浴衣見てみたいって思ったときには今度は祭りめっちゃ検索した。それで一番日にちが近い祭りが今日だったから、あの浴衣をホームページで見てその日中に予約した。この浴衣、絶対似合うと思って値段なんて関係なく怜也がこれを着てる姿が見たかった。実際めっちゃ似合ってるし、後悔ねぇし‼ それだけだよ‼ ……文句ある?」

 開き直ったツンと口を尖らせる。いつもクールな媛守のギャップに胸がキュウと鳴る。そして何よりもこの選び抜かれた浴衣ひとつで底抜けなうれしさを感じる。
 高価だからではない。少なくともあの店員はこんなにお金を掛けられてることも含め愛されていると言ったことだろう。しかし俺が嬉しいのは媛守が選んでいた時間までずっと俺の事を考えていたというところ。今日着るまで浴衣を着る姿を想像してきたと思うと胸が張り裂けそうだ。
――俺も何か喜ばせたいな。
 とはいえ、すぐ思いつくものはない。今俺ができることなんて……あ……。
 本当は一番最初に言いたかった言葉を思い出す。でも媛守がそれを望んでいるのかはわからない。けど、今言わなきゃと心の奥が騒ぎ、媛守の顔を見上げ覗くように言う。

「媛守、浴衣かっこいいよ。似合ってる」

 何気ない言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされる。

「何、それ」

 手で顔を覆う仕草をする媛守は耳まで真っ赤にしている。
――あぁ。俺の言葉でこんなに喜んでくれるんだ……。
 好きにさせて見せると豪語し、告白までされたのに素直になれずにそれどころか反抗を繰り返すせいで、いつ愛想をつかされてもおかしくない。
 本当は騙されたのが悔しいから言わないようにしていたのが馬鹿らしいくらいに媛守が好きだ。
 でもまだ言えない。媛守のことも自分のことも知らないことが多すぎるんだ。
 いつか俺から言うからもう少し待ってて? パズルのピースの最後のひとつまでゆっくりでも、知っていきたい。
 だからまずは俺の知らない――その顔、見せてよ。
 包む両手を俺の両手で顔が見える位置へ誘導するように左右にずらす。力が抜け赤面し、整った顔をゆがませていた。

――なぁ、媛守叶南。その表情も全部嘘でしたって言わないよな?
 その表情をさせたのは俺だって、自惚れじゃないよな?

 もっと媛守の表情が見たい。
 握る手の甲に浮き出る骨が動き内側に力が入るのを感じ、また顔を隠そうと抵抗をされる。それを無言で阻止した。
 離さないよ? 媛守が俺をこうしたんだ。
 重ねた手を俺の顔にそのまま移す。媛守の頬で熱くなった熱を感じ俺の顔まで火照る。
――あーあ。こんなので驚いちゃって……もう知らないから。

 俺はわずかに口角を上げ、声を発する。

「早く祭り行こうよ、――」

 もう卒業アルバムの名前をなぞるのではない。本人を前にして大好きな名前を、一音一音に心を込めて呼ぶ。

叶南(かなん)

 初めて下の名前で呼んで驚いた表情も照れた表情も俺だけのモノにさせてね。