卒業アルバムのアイツが、頭から離れない‼

 昨晩クローゼットを漁り、決めておいた洋服をハンガーにかけて皴にならないよう丁寧に扱った、ベッドの上から眺める。余裕をもってかけておいたアラームは未だ鳴っていない。遠足が楽しみで眠れない小学生かよ、と心の中で自分にツッコミを入れた。
 眠れなかった? 当然のことだ。俺が小学生で恋をした本人と恋人になって、初めてデートに行くのだから。小学生の俺からしたら想像もしていなかったことだろう。俺だって信じ切れていない。
 結局、両思いになって恋人になるということは叶わなかった。それどころか他の男に取られたくないなんて理由で付き合うことになったのだ。我ながら意思が弱いと思う反面、媛守叶南と付き合えた事実が俺の中でお祭り騒ぎになるほどには嬉しかった。
 しかし恋人らしいことはない。好きになってもらうことはミッションとして掲げていたが、それに加えて恋愛を知りたいと言うのにそれらしい動きを見せない媛守が気がかりで今日のデートに誘った。
 そして、俺にはもう一つあった。小学校の時に同じ学校どころか同じクラスメイトだったと言って驚かせてやること。俺だけ気づいていて媛守が気づいていないことに釈然としない。
――卒業アルバムとか見なかったのかよ……!
 写真を見なかった俺のことを棚に上げる。再会した際に気づかれない程度には俺の事が眼中になかったと、頭では理解しているつもりなのに、それだけでは満足できなくなってしまった。
 知ってもらってどうするかなんて決めていない。この心のモヤモヤを解決するには、知ってもらうことで解決できると根拠のない確信を得ていた。
――まぁ、目に入ってなかったのは俺も同じか。

「あー。早く俺の事好きになってしまわねーかなぁ……」

 消していなかったアラームが鳴り響く。邪な考えるのを止めるような警告音にも感じさせノロノロと準備を始める。
 膝が隠れるほどの七分丈のパンツにポロシャツを合わせる。アクセントにベルトを巻いた。ナイロン生地で、柔らかい雰囲気に仕上げてくれるこのベルトを重宝している。そのお気に入りを今日は、しっかりとコーデに取り入れた。

「よし。これでいいだろ」

 自室の全身鏡でバランスを確認し、起きてから何も口にしていなかったためリビングに向かう。
 リビングのドアを開けた途端パンの焼けた香りが鼻に抜ける。それに応えるように腹の虫が鳴いた。ダイニングテーブルの上に置かれたバスケットには多種多様なパンが並べられている。

「うまそう」

 思わず口からこぼれた言葉に、母さんが反応する。

「そうでしょ~‼ 朝早くに近所のパン屋さんでパパが買ってきてくれたの‼」

 嬉しそうに話す母さんは、パンに対してではなく父さんが買ってきてくれたことに喜びを感じているように感じとる。
 そんな母に、俺は「そう」と不愛想に放つ。その瞬間に後悔した。
――今の俺、最低だ。
 何も知らない母さんに八つ当たりをした。好きあって付き合ったごく普通の母さんに嫉妬したんだ。
 俺がそうではないから。俺がそうなりたいと思っているから、余計に羨望を抱いてしまった。
 短くため息を吐き、椅子に腰かける。
 
 家を出発するまで残り1時間以上も余らせた。
 自分では緊張していないつもりでも身体は正直らしい。「美味しそう」と感想まで言ったばかりの用意された朝ごはんはほとんど喉に通らず、母さんに心配される始末。

「大丈夫?」
「大丈夫だよ。多分夏バテ」

 とってつけたような理由を疑いもせず、「最近暑くなってきたものねぇ」と言い残しキッチンの奥へ消えていった。
 夏バテなんて嘘だ。息子が恋の悩みだとは考えもしないだろう。好きな人の話はもちろん友人関係でもあまり情が移ることのない俺にこれといって浮いた話は一回もしたことがない。
 唯一あるとするならば幼稚園のとき、近所の公園でよく遊んでいた子が引っ越して遠くに行ってしまうということがあった。
 正直顔は思い出すことができない。よく遊んでた子がいたなぁくらいのものだ。その時は、母さんに抱き付き泣きわめいた。後に、母さんから「あなたの初恋はあの時よ‼」だとか勝手に感情を決めつけられたが、単純に寂しかっただけだと自身の気持ちに片を付けた。
 媛守への好きという感情を除いて幼稚園の1件以外、人に自身の感情を乗せたことがないのかと悟り、自分の人情の薄さに苦笑いする。

「久々に思い出したな」

 顔も思い出せないその子がどこで何をしているのかなど知る機会はなく、俺の記憶の片隅に追いやられた思い出。なんだか落ち着かなくなり、約束の時間まで余裕はあったが家を出発することにした。